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第1話

 9月下旬、1人の少女が大和川で溺れているところを、誰かが助ける。

 そして、少女は気が付けば、堤防で横たわっているところを母に抱き留められていた。

 そんな懐かしい夢を見ていた宮原千歳は、親友である端本愛希に叩き起こされる。

 彼女たちは現在、中学3年の修学旅行中である。

 大阪府から佐賀県に渡り、最終日。


 千歳が寝坊した所為で朝食の席に遅刻しそうになった愛希は、千歳を置いて先に向かった。だが、それが間違いだと後に気付く。

 千歳がホテルのルームキーを失くしてしまい、愛希は懸命に探し出そうとするも出て来ず、ホテルのチェックアウトを向かえた。


 ルームキーを失くしたことで叱られ、彼女たち2組の生徒を乗せたバスは、最終日の予定を実行すべく酒造屋に向かう。

 伝説好きの担任教師、藤沢美優によって半ば強制的に決まった、河童のミイラが安置されている酒造屋。そこへ到着して、千歳は冷や汗を流しながらポケットの中にあるモノの形を確かめていた。だが、愛希に手を引き抜かれ、ルームキーが愛希の前に出された。


 ルームキーの所在が分かり、河童のミイラ見物は早めに切りあげることとなって、ホテルへルームキーを返しにいく。

 千歳は、河童のミイラから発せられる不思議な気配に首を傾げながらも、その謎を解くようなことは出来ず、佐賀県を飛び立つ頃にはすっかり忘れ去っていた。


 大阪に戻って来た次の日。


 大阪府は雨に見舞われ、クラスメイトともども家の中に足止めを余儀なくされてしまう。

 けれど、次の日は晴れるとの天気予報があり、クラスメイトである森本美紀から電話がかかってきた。

 その内容は、次の日遊べないか、というもので、千歳はすぐに了承すると、愛希も誘うことにした。

 千歳と愛希は一緒に大和川へ行く。


 そこで何をして遊ぶかという話になり、ドッジボールをすることになった。

 千歳と愛希はコンビネーションを発揮したものの、愛希の暴投によってボールが川の方へ飛んでいった。それを追いかけ追いついた千歳は、川の中へ落ちた。

 千歳は気を失った後、気付けば知らないところにいた。そして、聞いたことがあるような声が聞こえ、目の前が真っ暗になったかと思えば、数百メートル流された場所にいた。


 そして、彼女は知る。自分を助けてくれたのは河童だったと。


 河童に助けられ、河童に興味を持つ。大和川に行けば姿を見せず、言葉を交わさなくとも、身近に存在を感じる。千歳にとって河童とは、親友となった。

 まだ夏の熱気が残る9月下旬。しかし、今日は台風の接近に伴って暴風雨が吹き荒れている。大阪府内全域に暴風警報が発令され、外出も出来ないほどの嵐のただなか、1人の少女が大和川に飲み込まれていた。

 暴風警報が発令される前の午前。彼女は外出し、帰路についているところ、急激な天候の変化に見舞われてしまい現在に至る。


 泳げない彼女は必至に手で水をかき分け、がむしゃらに岸へ戻ろうとするも、その努力は報われない。

 どんどん下流に流されていく。

 服が水を吸い、体が重い。

 少しずつ水面から遠ざかった。

 何も見えない、目を瞑った状態で水面があるだろう方向に手を伸ばす。

 当然、何も掴めない――はずだった。


 何かが彼女を引っ張る。


 力強く、けれど、彼女は意識を失いかけていた。

「全く、こんな日に川へ近づくのは感心しないなぁ。次はちゃんと、気を付けるんだよ」

 まだ小学生ほどの、男の子の声。

 遠ざかる意識の中、彼女は聞こえた気がした。



 雨が上がり、晴れ間が差し込む。

 すっかり嵐の去った大和川の堤防に、1人の少女が横たわっていた。

 彼女を見て、雨が上がったのを確認してから家を飛び出した女性は声を上げる。


「千歳……!」


 横たわる少女――宮原千歳みやはら ちとせは呻き声を漏らした。

 それを聞き、女性――母親である真美まみは安堵の息を吐き出す。

 本当に、無事でよかった。


「んんっ……」


 身じろぎをして、千歳はゆっくり瞼を持ち上げる。


「起きて! もう時間ないで!」


 千歳は耳元で叫ぶ声に堪らず、体を起こす。何か、懐かしい夢を見たような気がするけれど、親友の慌ただしい様子を見て怪訝な表情を浮かべた。

 彼女を起こそうと奮闘していた親友は、ようやく起きたことに呆れたように目を向ける。


「愛希ちゃん?」


「なに」


「そんな怒らんといて。ていうか、いま何時?」


「いま7時半やな」


 親友――端本愛希はたもと あきに言われ、千歳はふかふかのベッドから足を出すと慌てたように立ち上がる。


「もう10分しかないやん!」


「しゃーないやろ。千歳が起きやんかったんが悪いねん」


「それはまぁ、そうやけど……」


 納得いかない。

 それなら、もう少しはやく起こしてくれてもよかったのではないか。

 千歳は口を尖らせながらも、素早く支度を始める。

 10月中旬、中学校の修学旅行で大阪府から佐賀県に来ている彼女たちは、7時45分に宿泊しているホテルでの朝食会が行われる。その集合時間が7時40分であり、現在は7時30分。残り10分で支度しろ、というのは、年頃の少女にとってはなんとも厳しいものだった。


「先行ってんで」


「え、ちょ待って愛希ちゃん!」


 薄情者――心の中で絶叫する千歳。愛希はそんな千歳に、哀れみの視線を寄越した。

 2人一部屋。それが今回の割り当てである。ルームキーは一つしかなく、愛希は万が一にも失くすことはない。だが、千歳が管理するとなれば別だ。


 先に扉を開けて出て行った親友を見て、千歳は泣きそうになりながらも、寝ぐせのついた髪を整えてポニーテールを慣れた手つきで作る。

 着替えてる時間ない! と判断し、彼女はルームキーを失くさないよう強く握りしめ、廊下に出る。鍵を回し、閉まったことを確認してから、クマ柄のパジャマを着た140センチメートル程度の小柄な少女が、ポニーテールを揺らしながら集合場所に向かった。


 道中、誰に会うこともなく朝食の席に着いた千歳。


 しかし、食事の開始時刻には間に合ったのだが、集合時間にはぎりぎり間に合わなかった。

 結局、担任教師――藤沢美優ふじさわ みゆに叱られ、クラスメイトからはパジャマでいることをバカにされたり、少しだけ直っていない寝ぐせに突っ込みを入れられたり。


 散々な朝食を終えた千歳は、愛希とその他の女生徒と割り当てられている部屋に戻る。

 修学旅行最終日のため、今日の出発は早い。8時50分にロビー集合となっており、昨夜の内に片付けていなければ、間違いなく遅刻していただろう。


 愛希ちゃんの言う通りにしておいてよかった。と、千歳は一息つく。


「千歳、はよ着替えだけしいや」


「わかってるって。そんなん言うたら余計やる気なくすやん」


「やる気なくすって……着替えにやる気も何もないやろ?」


(なんでわからんのかなぁ。着替えるだけやからこそめんどいってことが)


 千歳はため息を吐くと、大人しくパジャマを脱ぎ去り、持ってきていた、最終日用の袋に詰め込んであった衣服を身に纏う。

 千歳は尿意を感じて、一度トイレへ向かう。その間に、愛希は部屋の中を出来るだけ綺麗にしていく。綺麗にして出て行けば、この後ホテルの人が来た時少しでも楽になるだろうと思っての事。


 愛希は知らない。


 一度使われたシーツや布団などは全て洗濯されるため、適当に回収されることを……。

 2人は準備を整えると、ルームキーの所在を確認した。室内に入れているからには、千歳は失くすことなく部屋まで戻ってきていることを示している。だが、その先――、


「千歳、鍵どこ置いたん?」


「えー? そこらへんに置いたと思うけど?」


(そこらへんってどこやねん)


 アバウトな物言いに若干イライラするが、この程度で怒っていては千歳という忘れん坊少女と付き合うことは出来ない。


 愛希は冷静に、千歳にもう一度問いかけた。


「だから、そこらへんにあるやろ? 知らんけど」


「千歳が置いたんやろ? それでなんで知らんの!」


 突然怒りを露にする愛希に驚く。

 千歳は適当にパッと周囲を見回すと、苦い顔になった。


「どこ置いたっけ……」


 愛希が額に手を置いて「やっぱり」と呟いた。


「私が鍵預かっとけばよかった」


 悔しそうに歯噛みする。

 実際、千歳に任せず、朝食の席に着いた時点でルームキーを預かっていれば、こんなことにはならなかっただろう。愛希自身、物を失くすことはあまりないし、何より、失くしたとしてもすぐに見つけられる。

 確実に手元にあった場所から記憶を頼りに現実をトレースしていくと、自然に見つかるからだ。


「もう10分しかない……」


「あはは、今度は愛希も一緒に怒られるんやなー」


 能天気な千歳を人睨みして、愛希は時計を見やる。短針は9時に近づいており、長針は10を指している。このままだと、本当に遅刻してしまいかねない。それに――、


「もし鍵見つからんかったら怒られるんちゃうん」


 そう思うと、お気楽な千歳とは違い、真面目なクラス委員長のイメージを持たれている愛希は心苦しい。先生の期待に応えられないことを意味するのだから。というより、鍵を失くすということ自体、普通では考えられない。


「愛希ちゃん、そんなに散らかしたら怒られんで?」


 千歳がトイレに行っている間に綺麗に片付けた部屋を、自らの手で散らかしていく。

 千歳は既に小さめのキャリーケースの取っ手を掴み、いつでもロビーに行ける恰好をしていた。

 それを見て、愛希は内心毒づく。


 千歳は諦めの境地に達し、後は全てホテルの人に任せようと考えていた。いつも彼女はこうで、それに振り回される愛希を見てクラスメイトたちは言う。


「よく付き合ってられんなぁ」


 実際、愛希自身どうしてこれほど正面から向き合っているのかわからない。

 全て、幼馴染みということがいけないのだろう。


「もうえっかぁ……」


 ベッドの下、布団の中、ベッド横にある各部屋に取り付けられている固定電話の側、それが置かれている小さな机の引き出し、少し離れた位置にあるローテーブルの上や下、また椅子の上など。

 どれだけ探しても出て来ず、どこへ行ったのか見当もつかない。失くした当人は全て諦め、藤沢先生に叱られることを享受する予定だ。

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