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行き先を探る

 ぼんやりと光る画面から目を逸らし、目を瞬く。

 このPCというもの、遠くに居る人々に連絡を取ったり調べ物をしたりするには便利だが、ずっと触っていると目や肩が疲れるのが玉に瑕。再び、光る画面に目を移し、蘭は大仰に息を吐いた。

 ちゃぶ台に置いた小さめのノートPCとにらめっこをしている蘭の側では、桃が、蘭がもう一体作成して二体になったうさぎの縫いぐるみでままごとらしきことをしている。猫背になった蘭の背にもたれてきた桃の、温かい身体に、蘭は桃の方へと伸ばしかけた腕をかろうじて止めた。まだ、もう少し、考えなければならないことがある。

 もう一度、画面の中の文字列に目を向ける。先日、蔵の中の本と着物の内容について、遠くの都会で仕事をしているこの家の所有者義春にメールを打った。その返信が、画面に映っている。「本も着物も自由に処分してくれ」。それが、義春の希望。

 楓の成人式の着付けは、着付けをしてくれる写真館へ楓自身が予約を入れた。だから、蘭がこの家で行う仕事は、蔵の中に残っている本と着物の整理のみ。

 着物は、蘭の身内に欲しがる人が居るだろう。蔵に一つしかなかった桐箪笥の中身と、一族の着物好きの顔を同時に脳裏に浮かべる。二枚の振袖と、おそらくこの家の娘、楓が着たらしい七五三用の小さな着物一セットの他に桐箪笥に入っていたのは、楓の祖母、楓の母苑の母が着ていた訪問着だけ。赤地に御所車と花を散らした小さな着物を着せ掛けたときの、桃の激しい拒絶の様を思い出し、蘭は再び振り返り、蘭の横で丸くなった桃の小さな背を眺めた。

 しかしながら。蔵の中にあった古い本の方は、……欲しい人が現れるだろうか? 蘭の乏しい知識でも貴重だと思えるものが幾つかあったが、現在のこの世界では、古い書物を引き取って保管する場所もお金も、誰も持っていないらしい。PCから調べて得た、廃棄される物品の様子や、その廃棄に悔しさを滲ませる人々の文章を思い出し、蘭は小さく首を横に振った。忘れたくないと思っていても、想いはいつか消えてしまう。……人の死と共に。

 そういえば。今度は大きく首を横に振り、PCのブラウザを立ち上げる。食料が尽きている。学業とアルバイトで忙しそうな楓に買い出しを頼むのも気が引けるから、雨の降らないうちにあのショッピングモール群へ買い物をしに行こう。外に出たがらない桃を置いていくのが心配だし、家の敷地から外に出る時は普段着である直垂と四幅袴から一張羅の洋服に着替えなければならないのが面倒だが、背に腹は代えられない。ブラウザからショッピングモール群内にあるお店の広告チラシを検索しながら、しかし蘭の思考は別の部分へと飛んでいた。

 あの、桜色の振袖は、誰のものだろう? 色味が多いチラシに目を瞬かせながら、穏やかな色の着物を脳裏に浮かべる。お宮参り、七五三、学校の入学式に卒業式。子供に対する成長儀礼が多いこの場所だが、振袖を着る機会は、おそらく成人式と、大学の卒業式と、結婚式の時だけだろう。苑は大学には行っていないし、結婚式も身内だけで済ませているから、友人の結婚式に着ていかない限り、振袖は一枚で良い、はず。と、すると、桜色の振袖は、苑のものではおそらくないだろう。苑の母のものだろうか? いや、彼女は、苑が成人式の時に着ていた紺地の着物の方が似合うし、彼女もそちらを選ぶ。桃が蔵で見つけた、おそらく唯一残っていたアルバムにも、桜色の振袖を着た人物は居なかった。本当に、なぜ桐箪笥の中にあるのか分からない着物だ。PCを閉じ、凝った肩をほぐすために、蘭は首をあちこちに傾けた。

 その時。蘭の目の端に、古ぼけた封筒が映る。ついさっきまでは、ちゃぶ台の上にはPCと、蘭が淹れた冷めたお茶しかなかったはずなのに。不審を覚えながら、蘭は自分の小さな手の倍はある、埃っぽい茶封筒へと手を伸ばした。

 封が外れた茶封筒からさらさらと、厚みのある紙が蘭の手の中へと落ちる。全く古ぼけてはいないその紙は、写真用紙。その中に映っていた桜色に、蘭は瞳を大きく見開いた。この、振袖は。そしてここに映っているのは。

 大きめに見える写真用紙を、まじまじと見つめる。カラー写真ではなく、グレーの濃淡しかないので分かりづらいが、桜柄の振袖を着た人物の周りに、年齢は様々な女性が何人か映っている。背後にあるのは、雪と、山茶花の垣根と、蘭が何度も眺めている土壁の蔵。確か、苑とその夫義春がここに越してくる前は、この家の周りには山茶花が植えられていた。と、すると、この写真はこの家の前で撮られたもの。そして、写真の中の女性達は。

 写真の中に、桜が散る袖にまとわりついている、桃に似た少女を見つける。この写真に写っているのは、楓や苑の血縁者。そして真ん中に立っているこの女性が、桜色の振袖の所有者。もう一度、写真の中の桜色を見つめ、蘭は大きく微笑んだ。

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