第3話 殺陣シーン
「助ける相手の影に隠れてどうする。」
「バットで殴ったら過剰防衛だぞ。どこに隠してあったというんだ。そのバット。」
「防弾スーツなんてもってのほかだ。しかも瞬時に身に着けるなんてヒーローモノじゃないんだ。」
僕が何をしても監督から罵声が飛ぶ。いい加減にして欲しい。
『西九条れいな』が演じる社長令嬢を助けるシーンなのだが、スギヤマ監督がアドリブを強要してきたのである。
いつも繁華街など人に絡まれそうなところへ行くときは瑤子さんの影に隠れているのだが、それではダメらしい。『西九条れいな』も十分強いと思うけどな。
流石に志正に貰った聖剣を渚佑子さんが『錬金術』スキルを使って変換したパン切り庖丁を使ってはダメだろうと『箱』スキルからプロ野球選手時代に愛用していたバットを出しても、怪我しないようにオリハルコン製防弾スーツを着込んでも、ダメ出しされてしまった。
なんとしろと言うのだ。暴力が嫌いな僕に残されている手段なんて他に何も無い。後は走って逃げるくらいだ。『西九条れいな』を抱き抱えて走るくらいできないことはないが、身体を重ねたく無い僕がそんなことをする必要が感じない。それをするぐらいなら1人で逃げる。
「だからアドリブで演技なんて出来ないですよ。お手本が居ると言いましたよね。」
僕がそう言うとがっくりした表情で3つの映像を見せてくれた。あらかじめ殺陣師の映像を用意していたらしい。『初めから出せよ』と言いたいところをグッと堪える。
あれっ。延々と映像続いていく。一体何通りあるんだ。
「殺陣には映像的に迫力があって格好良いのはそれほど種類は無いんだ。30通り位かな。」
僕の顔に疑問が浮かんだのを見て、監督が的確な答えを返してくれる。10分程で映像は終わった。
「良し。いいぞ。」
「えっ。」
僕の立ち位置を確認した監督が離れるとチンピラ役の数人がいきなり殴りかかってきた。
『超感覚』スキルの視覚に集中していると相手の動きはコマ送りに見える。聴覚で人の足裁きにより位置関係も把握できる。触覚では風の流れにより拳を振り上げる人の動作さえわかるのだ。あとは条件反射のように勝手に身体が動いていく。
「思った通りだ。」
全てが終わったときにはチンピラ役の人々は床で伸びていた。
「大丈夫だよ。」
呻いていた近くにいた人を助け起こすと遠慮された。上手く避けて演技で呻いていただけらしい。良く見るとカメラも回っていたらしい。
「カンフー映画も撮れそうだな。」
監督がボソッと呟く。この能力を使えばカンフー映画どころか全篇踊り続けるインド映画も撮れると思うがそんなことを言ったら本気にされそうだ。
それ以前に香港映画界からクレームがつきそうだけど。
僕の能力が試されたらしい。今後、誰かに殴りかかられた場合、気をつけないとダメージを与えれないかもしれないじゃないか。
「どうだった?」
監督がチンピラ役の俳優たちに質問とも言えない質問を投げかける。事前に打ち合わせてあったらしい。僕に出したアドリブの要求は一体何だったんだろう。
「完璧です。演技指導を受けた後1時間練習してもここまでタイミングは合いません。」
スギヤマ監督がチンピラ役の人たちを集めて聞いている。殴りかかる角度などから、殺陣師の映像からピックアップして、勝手に身体が動いたらしい。
「『西九条』くんだけでなく専門家の映像を集めれば、より完璧なものができそうだな。」
うへえ。やめてくれと言いたい。麗しい女性の映像ならまだしもオッサンの映像を勧んで見たくない。