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第9話 クランクアップ

「男が目を閉じてどうする!」


 何故、嫌いな女とキスシーンを演じなくてはならないんだ。カメラのアップは『西九条れいな』だから、映らないだろうと目を閉じていたらスギヤマ監督の罵声が飛んできた。


 『ユウ』を女らしいと思う反面、『西九条れいな』の嫌な面が目について仕方が無いのだ。


「あっ。」


 キスシーンの撮影が終わり、男子トイレでガラガラとうがいしていると『ユウ』が入ってきた。


 まあ今日は男装しているから女子トイレというわけにはいかないか。いくら法律で認められていると言っても嫌がる女も多いだろう。


「内緒な。」


 そう微笑みかける。


「変わりに私にもキスをして!」


「その格好でか?」


 流石に男装して男にしか見えないメイクをしている『ユウ』にはキスしたくない。良く誤解されるがニューハーフにキスができる男はゲイじゃないのだ。キスする相手は女に見えなくてはいけない。


 まあ逆にキスをされるだけなら、性転換前のオカマでも平気だが平気というだけで積極的にしたいわけじゃない。


「女の格好をしているときならいいの?」


「いまさらだろう。」


 濡れ場で散々キスした。唇だけでなく身体中にキスしたのだ。今思えばエッチしたと言っても過言じゃないことを沢山した。


 あんなことを『西九条れいな』相手にしなければならなかったと思うとゾッとする。


「違うわよ。撮影中じゃなくてもできるの?」


「瑤子さんの部屋でキスしたのは何だ?」


「プライベートな空間じゃなくてよ。」


 結局、あの後はソファーで寝た。熟睡中に犯られていたら、こんな反応じゃないよな。


「瑤子さんの許可を得ているなら大歓迎だ。」


 性転換も済んでいるようなニューハーフとキスをするのは平気だ。しかも濡れ場を演じたのだ。少しだが愛情もある。代役が終れば『はい。さようなら』なんていう男じゃないつもりだ。恋愛に発展するかと言われれば微妙なところだが。


「じゃあ着替えてくるわね。約束は守って貰うわよ。」


 いたずらっぽい笑顔を向けられた。嵌められたらしい。まあキスくらいどうってことないけど。


     ☆


 クランクアップの日を迎えた。


 『西九条れいな』も丁度撮り終わったらしく一緒に花束を受け取っている。


 もう既に全てのシーンが撮り終っていた『ユウ』も女性の姿で現われ、挨拶してくれた。


 長い期間一緒に居た所為か一体感が生まれていて、涙ぐむスタッフも居た。


 プロデューサーの『一条ゆり』にも挨拶をする。尚子さんと同年代とは思えないくらい若い。以前、お会いしたときは事件直後で『西九条れいな』を心配してか非常に老けて見えたが今日はそんなことは無かった。なるほど和重さんが心配するはずだ。


 『西九条れいな』は良くわからない表情をしていた。映画の中とはいえ恋人役を演じたのだ。なにかしら思うところがあったのか。思うようにならなかったので不満だったのか。


 最後にスタッフも含めて皆で集合写真を撮る。本当言うと傍に寄りたく無いのだが、『西九条れいな』を抱き寄せる振りをする。反対側から頑張れというように『ユウ』が手を握り締めてくれた。


 想いだけはその手に向ける。そこでやっと笑顔を作ることに成功する。またしても助けられた。


 映画の宣伝上は、しばらく『西九条れいな』と恋人同士のように振舞わなくてはならないのがツライ。声を大にして言いたい。この女が嫌いなんだと。


 今日だけでも『ユウ』と一緒に帰ろう。さっさとこの女のことを忘れよう。全てを振り切るようにその場を去るのだった。


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