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第7話:フィルモアへ

「グレッグ・ロンウェーズ、忘れられない名前だねぇ。奴さんには随分世話んなったもんさ」

 艦長席で両腕を組み、懐かしげな顔をしながらキリエは頷く。

 過去に思いを馳せているのだろうか。口の端が僅かに吊り上り、浅い笑みの形を作っていた。

「艦長、件の提督に会った事が?」

 思案顔をしていたレンが斜め前方の相手席を見遣り、疑問を口にする。

 キリエは腕を解かず、正面に広がる宇宙へ視線を投げた。

「直接会った事はないよ。常に戦艦越しだったからね。グレッグ率いる統一政府中央艦隊とは何度もり合った。勝った例は一度もないが」

 そう言って、キリエは淡く笑う。

 3年前まで続けられていた戦争期、キリエはグロバリナ帝国の軍人として、ヴァレリア連邦統一政府軍と争っていた。

 大戦末期には帝国軍大将の地位にまで昇り詰め、何百という艦隊を率い、自ら最前線で戦ったものだ。

 そんなキリエであるから、同じく前線で大艦隊を従えるグレッグとは何度も砲火を交えている。

 尤もその結果は彼女が口にするよう、後退・敗走へ終わらされていたが。

「奴さんの艦隊運用、ありゃ鬼だね。慎重で繊細な作戦を取るかと思えば、掌を返して大胆に踏み込んでくる。しかも全ての艦が一個の意識で統一されてるみたいな連動ぶりさ。奴さえ居なけりゃ、10年早く戦争は決着してたね。帝国の勝利で」

 キリエは敬愛とも忌み嫌いともつかない表情で、かつての仇敵を評す。

 その後、苦笑めいた息を一つ吐き、意識を切り替え専用席から索敵官へと声を送った。

「ルーリー、フィルモアの様子はどうだい?」

「……当艦との接触により減速。……現在、第一宇宙速度(約7.9km/s)で当該宙域を直進中」

 艦長の問いへ、ルーリーは観測モニター内に表された情報を伝える。

 これを聞いたキリエは一瞬の内に考えをまとめ、席より立ち上がった。

「フィルモアとの通信は取れないんだね?」

「……はい。……考えうる全てのアクセスコードと送信術を試みていますが、依然として反応がありません」

 レーダーサイトと観測モニターを眺めつつ、通信用システムも操作するルーリー。

 流れ込む幾つもの情報をほぼ同時に捌きながら、艦内最年少の少女は艦長へ応じる。

 伝え聞いた情報を脳内で反芻し、立ち上がったキリエは操舵手へ視線を視線を向けた。

「ラウル、フィルモアに可能な限り接近しな」

「なんでっか?また近付くんで?」

 命令を受けて振り返り、ラウルは艦橋上層に立つ上司を見遣る。

 キリエは上段から相手の細目を真っ直ぐ見て、両腕を組んだ状態から頷いた。

「そうさ。隣接してフィルモアの乗り込み口に係留橋けいりゅうきょうを繋ぐ。相手艦の中に入るよ」

 エクセリオン艦長は部下の問いへ、堂々とした佇まいで宣言する。

 その発言に逸早く反応したのは、副官であるレンだった。

「待って下さい艦長。フィルモアに何が起こったか判らない現状で、迂闊に近付くのは危険すぎます。ましてや中に入るなどと」

 熟考結果か思い付きか、どちらとも取れるキリエの行動方針へ、レンは否定意見に寄った難色を示す。

 しかしキリエは片手を上げてそれを制した。

「判らないからこそ、直に見てやろうってんじゃないか。こんな所に居るよか、直接乗り込んだ方が断然早いからね」

「それなら遠隔操作の出来る作業メカを使えばいいでしょう。何も人員を送り込む必要はありません」

 艦長の提言へ反意を表し、レンは彼女の行おうとする行動を認めない。

 キリエはこれへ軽い溜息を吐き、振り返って副官の顔を見た。

「そんなんじゃ、はっきりした事は判らないさ。この目で見て、耳で聞いて、肌で感じてこそ、理解出来る事は多い。画面越しじゃ場の空気ってのは伝わってこないからね」

 会議室に篭る上役員とは対照的な、現場主義の捜査官めいた論理である。

 対するレンはコメカミへ指を当てて、頭痛を堪えるような顔をしていた。

「そんな場当たり的な……て、ちょっと待って下さい。今の話じゃ、まるで艦長御自身が赴くような口振りだ。まさかそんな事は……」

「勿論、あたしが行くに決まってるだろ?言いだしっぺなんだしね。それにこういう仕事は、あたし向きさ」

 不安げな面持ちで訊ねるレンへ、キリエは何を今更と言わん態度で、はっきりと告げる。

 人を顎で使える立場に在りながら、自ら率先して動こうとするのは彼女らしい。

 ただ浮かべられている笑みを見ると、部下を危険に晒さない為というより、好奇心・探究心に根差す未知への期待、冒険の予感に胸躍らせる部分が強いように思えるが。

 そもそも彼女が軍を除隊し資源惑星開発公団に加わったのは、無限の宇宙とまだ見ぬ惑星の数々に、自らを楽しませてくれるだろう要素を夢想し、これへ強く期待したからに他ならない。

 国の為、民の為は二の次。自分が楽しむというのが、キリエ最大の目的なのだ。

「しかし艦長……」

 どうあっても自分の考えを曲げないだろうキリエ。彼女の決意を挫く言葉を見付けられないまま、レンは眼鏡を押し上げながら懊悩に燻る目を上司に注ぐ。

 そんな彼等の討論へ、突然に割って入る者があった。

「お、何だ?あの艦に殴り込むのか?よっしゃ!姐御、オレも行くぜ!」

「なになに?冒険、冒険?はいはーい、カーナちゃんも行くー!」

 左手で作った拳を右掌へ打ち込むシュウカ。

 片手を上げて飛び跳ねながら、自分の存在を主張するカーナ。

 この二名である。

 キリエに負けず劣らず面白い事が大好物な二人を視界に収め、レンは眼鏡下の顔を引き攣らせた。

「こ、こいつらは……」

 現実から目を逸らすように両目を閉ざし、頬をヒクつかせて年若い副官は呻く。

 だというのに、苦労人な副官の様子を歯牙にもかけず、キリエは笑いながら志願者両名へ応じた。

「ああ、いいとも。だが何が起こるか判らない。覚悟決めときな」

「おっしゃ、任せとけ!」

「わっかりましたー!」

 動向の許可を艦長から受け、シュウカとカーナはそれぞれに喜びと期待の交わった声を上げる。

 やる気満々の三者を順繰りに見遣ってから、レンは盛大な溜息を吐いた。

「はぁぁ〜。艦長達だけを行かせるのも何ですから、自分も付いて行きます」

 既に説得を諦めたレンは、せめて即席調査隊のお守りをしようと、その中に自分も含める事とする。

 漸く折れた副官に満足げな顔で頷きつつ、しかしキリエは彼の同行案には再検討を促した。

「別にアンタまで来なくたっていいんだよ?大人しく此処で待ってたらどうだい」

「そうは行きません。自分には艦長の補佐をするという役目があるんですから」

「だったらこの艦はどうするんだい?あたしの代わりにアンタが残って、皆を纏めるのが筋ってもんじゃないかね」

「貴女がそれを言いますか。……大丈夫、皆に任せますよ」

 今度はレンが譲らない番である。

 キリエの我侭を聞いた以上、自分の意見も聞いて貰わねば気が済まない。

 何より彼には不安があった。

「正直に言うと、艦長達だけを行かせるのは中々ぞっとしませんからね。誰かが監視してないと、何をやらかすか判ったもんじゃない」

 溜息を吐きつつ、レンは真面目な顔で眼鏡を押し上げる。

 キリエ、シュウカ、カーナ、このトリオを野放しにする危険性を考慮し、ブレーキ役としてレンは自ら名乗り出たのだ。

 もし下手な騒動など起こされたら、目も当てられない。そんな心理が働いた為に。

「あっはっはっはっ、言ってくれるね。そういう事ならいいさ。付いてきな」

「拒否されても付いていきますよ」

 副官の言葉に気分を害するでなく、逆に豪快な笑い声を返してキリエは承諾する。

 レンはその様子を眼鏡の奥から双眸に映しながら、力なく肩を竦めた。

「という訳で、自分達は暫く此処を留守にする。ラウル、ルーリー、後を頼む」

「……了解」

「いや〜、レンはんも大変やなぁ」

 艦橋の管理を託す副官へ、ルーリーは無表情のまま頷き、ラウルは同情の眼差しで答える。

 これを終えた後、レンは何度目かの溜息を吐いて、眼鏡を外した。

 艦橋下層では、シュウカとカーナがウキウキワクワクした様子で準備を始めている。

 キリエは再度艦内通信の回線を開き、自艦に接触したのがフィルモアである旨と、その調査に自分達が向かう事を全乗員へ告げるのだった。



 探査艦エクセリオンはラウルの操作によって、低速航行を続ける同型艦フィルモアへ最接近を果たした。

 艦の側方へ並ぶ形で位置付き、そこから同速度航行で足並みを揃える。

 そしてエクセリオンの艦体側面に設けられた乗員乗り込み口から、円筒形の係留橋けいりゅうきょうを外部アームで伸ばし、フィルモアの同出入り口へと接続。

 まずはエクセリオン側からサッカーボール大の作業メカを数機送り出す。

 それらは両艦を繋ぐ係留橋けいりゅうきょうを走ってフィルモアの乗り込み口へ到達すると、内蔵マニピュレーターを出現させ、閉ざされた入り口の脇にあるコントロールパネルを操作し始めた。

 操作といっても並ぶパネルへ解除用パスワードを打ち込むのではない。

 作業メカのマニピュレーターをコントロールパネルの側方へ突き刺し、電子ロックの中へと割り込んで強制開放するのだ。

 この作業メカが用いるは、タカギ謹製の解除プログラムである。彼が余技で作ったお遊び程度の物だが、それでも脅威的な効果を発揮した。

 それが証拠に、フィルモアの乗り込み口はいとも簡単に開き、外部からの侵入者を招き入れるのだから。

 開かれた入り口から作業メカは内部へ進み行って、最初に環境チェックを行う。

 そこで生命維持機能が正常に作動している事を確認してから、別個に艦内の探索を開始した。

 先遣隊である作業メカから得られた情報により、生身での活動が可能である事を知ったキリエ達。

「それじゃ、行くよ」

 着衣は公団正式ユニフォームのまま、肩に個人携行用の大型可変式多目的兵装を担ぎ、キリエが合図を送る。

「おーし、気合い入れてくぜ!」

「ターンケーンだー、おー!」

 艦長の号令に木刀型の超硬性打撲武器を持ったシュウカと、大きなバッグを肩に提げるカーナが嬉々として返事をした。

「遊びに行くんじゃないんだぞ」

 そんな二人へ眼鏡越しの視線を向けて、大振り片刃の戦闘用ブレードを背負ったレンが言う。

 こうして彼女等は、エクセリオンから伸びる係留橋けいりゅうきょうを潜って、フィルモアへと向かっていった。

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