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第5話:接触

「ほい、ほい、ほいっと」

 艦長であるキリエの指示に従い、カーナは体前に広がる艦体情報制御システムを操作していく。

 今、彼女が手掛けているのは重力場制御系だ。

 元来、宇宙空間は無重力状態である。惑星のように中心核へ向けて引き合う力が存在しない宇宙空間では、其処を航行する艦内もまた同様に無重力化する。

 しかし人は重力下での生活に慣れており、無重力空間でのそれは、ある程度の訓練を受けねば耐えられない。特に長期間の活動となれば、身体に様々な弊害が生じ出す故に尚の事。

 これを受け、誰もが宇宙空間で惑星内と変わらぬ生活が送れるよう開発されたのが、重力場の形成システムだった。

 航宙艦や軌道コロニーに搭載される大出力のジェネレーターを用い、発散されるエネルギーに指向性を与え人工的に重力を発生させる。それを当該体全域へ作用させる事によって、宇宙空間上で惑星的な重力状態を再現するのだ。

 勿論、こうして作り出した重力はエネルギーの変換率を変える事により、任意で効果範囲や強弱の度合いを操作する事が可能である。

 これを利用して、限定空間に高重力を圧縮展開する事で既存次元軸に変調をきたし、空間部の位相を歪める技術が現在では一般化している。

 航宙艦の周囲空間を歪曲させる事で物理的な衝撃を遮断し、外部から齎される力の一切を無力化する技法は、航宙戦艦の艦載シールドとして利用された。

 前述のシールドに用いられた重力波を更に強め、展開領域を艦体前方の進行空間に固定化する事で時空の歪みを作り出し、局所的にシュヴァルツシルト面を形成するのが、恒星間航法技術ゲートジャンプの要である。

 尚、ジャンプに必要な時空歪ゆがみの大きさはジェネレーターの出力に依存する為、ジャンプ対象が巨大化すればするだけジェネレーター出力の向上が必須。

 この関係上、現行のジェネレーター性能でジャンプ可能なのは、資源惑星開発公団所有の探査艦クラスが限界とされる。

 全長100kmに達すのが一般的である軌道コロニーでは、動力炉として複数のジェネレーターが搭載されているものの、これらを連結しての重力制御法は未だ確立されていない為に、コロニーが抜けられるような時空歪ゆがみが作れない。

 故に恒星間航法技術ゲートジャンプが適用出来る物は、標準規格の単艦レベルに限定されている。

「ほーい、ほい」

 カーナは鼻歌混じりに、手許のコンソールを軽快に叩く。

 複数のパネル上を流れる彼女の指は、艦載リアクターの出力向上を促し、重力変換された発生エネルギーをエクセリオンの前面へと圧縮展開させていった。

 ジャンプに必要な重力波は、量子レベルからの測定と空間移動時の軌道計算も合わせて、艦に搭載される電子頭脳が自動演算してくれる。

「で〜っけた」

 最後のパネルを叩いてから、カーナが得意気に声を上げる。

 それと同時に各種計算中だった電子頭脳も、取り組んでいた作業の完了をモニターに示した。

「全計算丸っとカンリョウー。ジャンピングは何時でもオッケーでーす」

 座席をくるりと回し、上層の艦長席へ顔を向けて、カーナは元気溌剌はつらつとした声音で報告する。

 これを聞くキリエは両腕を組んで頷いた。

「よーし。総員配置に着きな」

 先までのいい加減さとは打って変わり、指揮官然とした佇まいでキリエが指示を飛ばす。

 その指令は新たに開かれた通信回線を以って、艦内全域に通達された。

 他者を惹き付け従わせる独特の魅力を秘めた彼女の声は、50人近い乗組員全員に各々必要な対応をさせる。

 この最中にレンは、キリエが持つ先天的な指導者の才へ内心で感嘆しながら、指示通り自らの席へと滑り込んだ。

「エクセリオン、ゲートジャンプ実行!」

 心の中できっかり10秒数えてから、キリエは前方の宇宙空間目掛けて右腕を伸ばし、声高に宣言する。

「ほな、行きまっせ」

 艦長命令を受け、操舵手であるラウルは両手で握った操縦桿(旧時代の航空機に用いられた操縦輪へ似た形状)を、前方向へ押し込んだ。

 彼の操作はダイレクトに艦へと伝わり、200m余りある巨体を高速で前進させる。

 目指すは、カーナの手によって艦対面に作り出された時空歪ゆがみ

 波間のようにたゆたう空間の揺れ目へ、エクセリオンは艦首から入り込んで行った。

 時空歪ゆがみを通過すると言っても、それは通常の航行と然したる違いはない。

 特別に揺れたり、強烈な圧力が掛かるという事もなく、平時の運航と大差なく進む事が出来る。

 ゲートジャンプというのは、ドアを潜って向こう側へ踏み入るのと感覚的には同じだ。ドアは時空歪ゆがみに当たり、これを越えた艦は次にはもう遥か彼方の宙域へ至る。

 視覚的に特殊な空間などは通らず、直ぐに目標地へと到達するのだ。

 だが、もしも航宙艦が時空歪ゆがみの通過中、抜け切る前に時空歪ゆがみが消えたとしたら。

 この場合、艦体は空間の修正力によって簡単に寸断され、時空歪ゆがみを抜けた側と抜ける前側とで切り離されてしまう。

 こうした事故を防ぐ為、重力場の取り扱いを任されるオペレーターには、充分な知識と腕前が求められる。

 エクセリオンでこの任に就くカーナは見かけも言動も子供っぽいが、技能的な面に於いていうなら優秀という事だ。

 そんな彼女が作った時空歪ゆがみを通過して、第三期公団軍所属の探査艦は100兆km以上もの距離を移動した。

 艦尾までが一気に抜けると、今し方通ったばかりの揺らぐ空間面は、一瞬的に痕跡残さず消え失せる。

 ゲートジャンプは無事成功。

 しかし到達宙域の座標確認を行う前に、予期せぬ事態がキリエ達を襲った。

「な」

 眼前に晒された光景を見て、レンは驚愕に目を見開く。

 あまりの事に口を開けたまま止まってしまった副官の言葉を、キリエが怒号と絶叫の入り混じる声で継いだ。

「にぃぃぃ!?」

 大声を放ちつつ、キリエは驚きと焦りが混在する痛烈な表情で顔を歪める。

 そして、その反応は彼女等以外のクルー達にも同様であった。

「何やてぇー!」

 思わず細目を開けるラウル。

「……嘘」

 呆然と呟くルーリー。

「うぉい!マジかよ!?」

 視界に映る物を睨み叫ぶシュウカ。

「わー!キャー!イヤー!」

 甲高い悲鳴を上げるカーナ。

 各自がそれぞれに驚愕や恐怖といった感情を露にする。

 一同がそんな状態に追い込まれた理由、それは艦橋から覗く正面空間に在った。

 時空歪ゆがみを越えて別宙域へ移動を果たしたエクセリオン。そのまじかに別の航宙艦、エクセリオンの同型艦が存在したのだ。

 互いの距離は正に目と鼻の先。しかも双方共に移動中である。

 このまま進めば、数十秒で真正面から激突する軌道だった。

「ブッキングだと?馬鹿な!」

 脅威の情景を前にして冷静さを瞬時に取り戻したキリエが、吐き捨てるように叫ぶ。

 ゲートジャンプを行う際、移動を敢行しようとする航宙艦側が形成した時空歪ゆがみは、移動目的側からも確認が可能だ。

 通常ならば、進行経路上に時空歪ゆがみを確認した艦はルートを変え、時空歪ゆがみと其処から現れるだろう艦から距離を取る。

 例え視認出来なかったとしても、艦に搭載されているセンサーや索敵官のチェックするレーダーに反応がある筈。

 そうなれば確認側が速やかに航路を逸らすもの。これは宇宙航行法定(大戦後に新設された)にも明記されている。

 艦載設備の高性能化が進む現代に於いて、ゲートジャンプ後の航宙艦同士による衝突事故は起こる筈のない事だった。

「……相対艦との距離、約1000」

 索敵担当としての性か、ルーリーは反射的に自艦の状況を告げる。

 死神の宣告に近しい絶望的な数字として。

「姐御ォ!艦砲を発射させてくれ!全弾ブチ込んで、アイツをブッ飛ばす!」

 シュウカが叫び、艦長たるキリエに攻撃許可の申請をする。

 元々探索行が主目的である探査艦だが、非常時の備えとして、かなり優秀な戦闘装備が実装されていた。

 だが資源惑星開発公団に属する探査艦の武装は、全て艦長の認可なしには使えない。

「相手は同型艦だよ。幾らなんでもこの距離じゃ、全開斉射したって破壊出来ない。無駄さ」

 しかし砲撃手の申し出を、キリエは一言で拒む。

 シュウカは艦長の言葉に拳を固め、己へ割り当てられているコンソールの余剰スペースに叩き込んだ。

「クソッタレ!だったら、どうするってんだ!」

 口惜しさと逃れえぬ現実の無慈悲さに顔を顰め、シュウカは荒い声を吐き出す。

 この間にカーナは頭を抱え、悲鳴を上げながら、座席を蹴ってコンソールの下に潜り込んでいた。

「イヤー!カーナちゃんまだ死にたくないよー!こんなにピチピチしてるのに〜、恋だってしたことないのに〜」

「……距離、700」

 ルーリーは尚も相手艦との距離を読み上げる。

 更に縮まった衝突幅を耳にして、漸くレンは我に返った。

「カーナ!歪曲重力障壁グラビティーシールドを展開しろ!」

「無理だよぉ〜。ゲートジャンプ直後で重力制御系の出力が落ちてるんだからぁ。艦内G圧を維持するだけで限界だよぉ〜」

 上層から投げ込まれた副官の命令へ、カーナは泣きながら答える。

 予期していた返答にレンは眼鏡の奥の瞳を細め、唇を噛んだ。

「くっ」

 この緊急時にあって、自分が如何に無力であるか。レンは突き付けられたその事実を前に、歯痒さに身を震わせる。

 そんな彼を斜め後方に置いたまま、キリエは操舵手へ命令を下した。

「ラァァァウル!全速回避だ!死ぬ気で避けな!」

 艦橋全体へ響く程の激声。

 届けられた艦長命令に、ラウルは悲鳴めいた声を返した。

「無茶言うてくれまんなぁ」

「無茶でも何でもやるっきゃないだろうが!」

 恐怖に引き攣った顔で冷や汗を垂らすラウルを、キリエが一喝する。

 艦の運転を行うだけに、速度と距離、艦の大きさから状況を目算出来るラウルは、誰よりも現状の危険度を理解していた。

 普通ならばこの距離で回避は不可能。その突破がどれだけ神業めいた物なのか。

「しゃーない、しゃぁーない!やったるでぇ!」

 しかし今は、敢えてこの奇蹟に挑まざる負えまい。皆の運命が自身の操縦技術に掛かっている。

 覚悟を決めて、ラウルは操縦桿を全力で引いた。

「こなクソォォォォ!」

 目を開いたラウルの絶叫と共に、エクセリオンは軌道を変える。

 操舵手の桿運が大きく右へ逸らされ、連動して探査艦の巨体も横方へと流れ始めた。

「でぇぇぇぇぇい!」

 やけくそ気味な気合い一轟。

 ラウルは全身を使い、持てる力の全てを操縦桿に注ぎ込む。

 その状態で限界ギリギリの軌道制御を行い、自艦を衝突コースから逃れさせた。

 鯨が海中で進路を変えるように、エクセリオンは全体を右側へ傾ける。

 こうして開かれた合間を、対抗艦は滑っていった。

 だが両艦が擦れ違う最中、完全に回避出来なかったエクセリオンの艦腹が、相手艦の側面部とぶつかり激しく擦れ合う。

 けして小さくない衝撃が激烈に艦体を揺さぶった。接触面の装甲壁が一気に砕け、無数の破片となって剥がれ落ちる。

 崩れた艦の部品は宇宙空間に散らばり、そのまま彼方へと流れ行く。

 それでも止まらずエクセリオンと相対艦は走り続け、程無く完全に交差を終えた。

 互いの艦尾が離れ、背を向け合いつつ距離が開く。

「た、助かったぁ〜」

 危機的状況を凌ぎ切ったエクセリオンの艦橋で、ラウルは操縦桿を握ったまま、盛大に息を吐いた。

 全身の毛穴からは汗がどっと噴き出し、緊張に強張った顔は今も口許が痙攣している。

 ただ目だけは、何時もの糸を思わせる細目に戻っていた。

 そんな彼の後方では、先程の衝撃に襲われた一同が思い思いの格好でグロッキー状態にある。

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