表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/36

第4話:副官の憂鬱

 艦橋部上層に位置付く艦長席。そこには恰幅のいい中年女性が腰掛け、遠く果てない宇宙を眺めている。

 身に着けているのは資源惑星開発公団の男性用ユニフォーム。

 艦長の証である鯨を描いた襟章が、彼女の地位を明確に示していた。

 当艦最高責任者であり、探査艦エクセリオンの艦長を務める女性の名は、キリエ・マクウェガー。当年とって43歳。

 190cmに近い長身を誇り、全身の筋肉は鋼線を何本も捩り合わせたように厚く逞しい。

 セミショートに纏められた紫髪の下、覗く顔は鉄を彫り込んだような鋭さを持ち、歴戦の猛者たる威風を湛え精悍。

 全体の雰囲気からして、静かに眠る獅子を思わせる。

 そんなキリエの座す艦長席が隣りには、彼女を補佐すべき立場にある副官が、直立不動の姿勢で立っていた。

 茶髪に色白、眼鏡を掛けた痩躯の青年。身長は170程。

 真面目そうな顔の通り、公団正式ユニフォームをぴっしりと着こなしている。

 若干21歳で副官という大任を与えられた彼の名前は、レン・ナカジョウ。

「いいんですか、艦長?」

 眼鏡の奥にある双眸で下層の面子を見遣りながら、レンはキリエへと問う。

 質問を受けた側は星屑の大海から、副官と同じ箇所へと視線を流した。

「構やしないよ。若い奴等はね、喧嘩するぐらいの元気があって丁度いいのさ」

 未だ言い合いを演じるカーナとシュウカを瞳へ映し、キリエは口の端を吊り上げる。

 既に日常の1コマと化した二人の口喧嘩は、キリエにとって子犬のじゃれ合いに等しい行為。

 それが彼女等なりの交流法だと心得ている故、敢えて口出しはしない。尤も、一番最初から両者の喧嘩紛いな遣り取りには不干渉だったが。

 キリエは基本的に放任主義である。

 規律や艦則という物を然程重視はせず、各々のやりたいようにやらせてやろう、という姿勢だ。

 その結果が、現艦橋ブリッジメンバーの姿。当然、キリエはこれを容認している。

 一方、寛容というか豪快というか大雑把な艦長とは対照的に、艦内の秩序維持へ躍起となっているのが副官だった。

「違います。自分が言いたいのは、彼女達に仕事をさせないでいいのか、という事です」

 レンはキリエへと顔を向け、眼鏡を押し上げながら、下層の面子を指し示す。

 ギャンギャン吠え立て罵詈雑言を投げ合う少女等を横目に、艦内唯一の上司へ該当者の職務放棄問題を訴えた。

「何を言うか思えば。そんなこたぁ、気にする必要ないさ」

 副官の提言を鼻で笑い、キリエは顔の横で片手をヒラヒラ振って、彼の懸念を制す。

 これを見るレンが不服そうな顔をするのを尻目に、彼女は言葉を続けた。

「此処は宇宙のド真ん中だよ。見ての通り、周りにゃ何もない。気張って仕事する必要もないさ。手ぇ抜ける所では手ぇ抜いときな」

 不遜な笑みと共に吐き出される、凡そ指導者らしからぬ不埒な発言。

 キリエの性格を如実に表しているこの言葉へ、レンは目に見えて顔を引き攣らせていた。

「艦長、貴女がそんな風だから、他の者に示しがつかないんです。もっとしっかりして下さい」

「あたしゃシッカリしてるさね。これ以上やったら石になっちまうよ」

 眉根を寄せて意見する副官に、キリエは不真面目に笑いながら返す。

 どう見ても、まともに取り合っている風ではない。

 対するレンは手の甲に青筋が浮かばせながら、コメカミを押さえつつ反論した。

「我々には祖国と、其処で待つ人々を救済するという崇高な使命があるんです。それに向かって全力を傾けるのは当然でしょう」

「そりゃ判ってるけどね。だからって四六時中真面目にやっててごらん、身が保ちゃしない。適度な息抜きは必要だよ」

 キリエは言いながら、話は終わりとばかりに手を振ってみせる。

 そんな彼女の姿を前にして、レンは肩を震わせ声を荒げた。

「艦長!」

 流石に我慢の限界らしく、本格的な怒りを覗かす顔で食って掛かる。

 憤然とした副官の勢いに、キリエは溜息混じりに肩を竦めた。

「あ〜、はいはい、判ったよ。働きゃいいんだろ、働きゃ」

 キリエは不精不精に言いながら、睨み付けるレンに左手を振って止めろと合図を送る。

 それと並行して手許にある通信用パネルを右手で操作し、機関室との回線を開いた。

 彼女の面前にホログラムモニターが出現し、その中に艦の心臓部たる機関室の様子が映る。

 巨大すぎてモニター内に全容の入らないリアクター。その周辺で昼寝していたり、カードゲームに精を出す作業着姿の機関室員の姿がちらほら。

 しかしそれが見えたのも僅かな時間。すぐにツナギを着込んだ目付きの悪い男が、現場風景を遮るようにモニター内へ現れた。

 手入れのされていないボサボサの黒髪、汚れっ放しのツナギ姿と、清潔さを著しく欠いている男だ。

 頬はこけ、顔色も悪いが、高い背と挑戦的な眼が相まって、剃刀のような印象を受ける。

 30代前半と思しきその男は、エクセリオンの機関室長を務めるアツヒト・タカギ。

『何の用だ』

 開口一番、タカギ喧嘩腰な声を投げる。

 だがキリエは不快な顔をせず、相手へと用件を伝えた。

「ちったぁ仕事しようかと思ってね。ジャンプはいけそうかい?」

『ああ、問題ない』

 憮然としているような顔で、タカギが低い声で告げる。

 キリエは機関室長の報告に頷き、短く命令を下した。

「なら準備しな」

『面倒だな。まぁいい、やってやるよ』

 タカギは表情を変えずに、素っ気無く言う。

 艦長命令に対して「仕方ない」というような態度で応じ、一方的に通信を切った。

 それまで浮かんでいたホログラムモニターは、上下から真ん中へと折り畳まるようにして消える。

「相変わらず、無愛想な奴だね」

 モニターの消失と合わせ、キリエは独りごちた。

 タカギは何時でも何処でも誰にでも、今の様な態度で接する。他人の感情など気にもしない、自己中心的な俺様至上主義野朗なのだ。

 人間性は致命的に終わっているが、技術者としての腕前は超一流。所謂、天才肌に属する。

 元々キリエは個人の人格を尊重するタイプなので、タカギの性格をどうこう言うつもりはない。

 反対にレンは会う度、態度の改善を求めて衝突している。

「さてと、次はこっちだね」

 レンに目配せしてから、キリエは席から立ち上がった。

 その後に両手を叩き、艦橋ブリッジメンバーの意識を自分へと向けさせる。

「よぉーし皆、そろそろ行こうじゃないか。ゲートジャンプの準備を始めな」

「はーい」

「うぃっす」

 キリエが号令を下すと、カーナとシュウカはピタリと口論を止め、各々の仕事へ戻っていった。

「……了解」

「判りましたわ〜」

 これに続いてルーリーとラウルも返事を送り、気を入れて作業を始める。

 口答えもなしに大人しく働き出した面子を眺め見てから、キリエはレンへと顔を向けた。

「これで文句ないだろ?」

「最初から、そうして下さい」

 腕を組んで問い掛ける上司に、レンは嘆息と共に答える。

 普段に気概を感じられないが、キリエは生来の強いカリスマ性とリーダーシップを具える人物だ。

 集団の先頭に立ち、一同を率いるのへ向いている。

 そんな彼女が艦長である事にレンも異論はない。

 彼はキリエの力を認めているし、彼女の事を尊敬もしている。その下で働ける事、それも副官として仕えられる事に喜びもある。

 あるのだが。

「何時も凛々しくあってくれると、何も言う事ないだけどね」

 誰にも聞こえぬよう口の中で呟いて、一人溜息を吐くレンであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ