第3話:第三期公団軍
資源惑星開発公団第二期公団軍が、主星アウエリウスより旅立って1年弱。
第三期公団軍はメンバーの選出を終え、その後に続き出発していた。
第一期・二期同様、30隻の探査艦が別々の星系を目指し、宇宙へと漕ぎ出して2週間程が経つ。
そんな第三期公団軍に所属している1隻、探査艦エクセリオンは、最初の目的地も定まらぬまま、広大な宇宙空間を彷徨っていた。
アウエリウスから遠く離れた未開宙域を当て所も無く漂う様は、探査艦の形状から見て――公団所属の探査艦は全艦同様の規格構造をしている――大海原で迷子になった鯨のよう。
始まったばかりの渡航が矢先、早速迷走を開始している探査艦の艦橋内に居るのは、果たして……
「あ〜ぅ〜タイクツ〜」
不満気な声を盛大に上げ、遥か頭上の天蓋に向けて、彼女は大きく伸びをする。
それは黄金色の髪をポニーテールに結わう、16歳程の少女。
名前はカーナ・ヴェルフェルディア。
150cmに満たない小柄で線が細く、女性的な要素が未発達の体へ、白地のブレザーと膝上までの白調ミニスカートからなる、資源惑星開発公団の女性用ユニフォームを着込む。
彼女は幼さの多分に残る顔から一切の覇気を抜いて、やる気の感じられないダラけた表情を浮かべていた。
二層構造の艦橋下層、その右方にある艦体情報統括オペレーター席へ座っているが、仕事をしている風ではない。
両腕を天井目掛けて高く突き上げ、椅子と床の間で脚をブラブラと揺らしている。
言葉どおり、心底退屈そうな顔で。
「こんなトコに居ても、ツマンナイよねー」
カーナは座席をくるりと回し、反対方向に座す索敵・通信担当官へ語りかける。
彼女に声を掛けられた側、灰色の前髪で顔の上半分が隠れている少女は、振り向かずに一言を返した。
「……別に」
やや低く抑揚のない、端的な答え。
これを口にした少女は身長140cm弱で、14歳程度。
肉付きは薄く、肌は雪のように白い。名前はルーリー・マトニスク。
資源惑星開発公団の女性用ユニフォームへ身を包み、大人しく椅子に座って、レーダーサイトを見詰めていた。
「え〜、ツマンナイよ〜」
ルーリーの言葉に信じられないという顔をして、カーナは声を上げる。
その間にも座席をくるくると回しており、落ち着きがない。
対してルーリーは微動だにせず、索敵器を注視したまま。背方で不平を零し続けるカーナなど、存在しないかの如く見向きもしない。
「ぶぅー。ツマンナーイ。飽きたー。ヒマー」
そんな事を気にしている風もなく、カーナはだらけた姿勢で、誰にとも無く不満を連発している。
だが止む事のない不平の嵐は、第三者の怒れる声を招いた。
「ダァー!毎回毎回、テメェは煩ぇんだよ!」
床を強く踏み拉き、席から立ち上がって怒鳴ったのは、下層中央部後方にスペースを与えられる砲撃手。
赤い髪を短く切り揃え、気の強そうな顔立ちをした女性である。
身長は大凡170cm、年の頃は20歳。
資源惑星開発公団の女性用ユニフォームを着ているが、上着は脱いで腰に巻いており、黒いタンクトップとスカート姿。
名前はシュウカ・ヒムロ。額に巻いた真紅のバンダナと、首から提げた年代物のドックタグが特徴的。
シュウカは瞳に怒りの炎を燃やし、ポニーテール少女を睨んで声を荒げた。
「一日に何度同じ事言ゃ気が済むんだ!いい加減、黙りやがれ!」
ルーリーとは対照的に、猛烈な勢いでカーナへと食って掛かる。
凡そ女性らしからぬ激声が響く中、カーナはシュウカを見て唇を尖らせた。
「だってツマンナイんだもーん。タイクツで死んじゃうよー」
叩き込まれる相手の暴言に怯む様子を全く見せず、カーナは文句をたれる。
そんな彼女の言葉が、一層シュウカを熱くさせた。
「知るか!煩ぇだよ!少しは黙ってろ!それとも力ずくで黙らせてやろうか、あぁ?」
「すーぐそうやって暴力に訴えようとする。暴力ハンターイ。だいたい、マシューの方がウルサイよーだ」
怒声と共にメンチをきるシュウカへ向けて、カーナがアッカンベーの要領で舌を出す。
「ルーちーもそう思うよねー?」
それから背を向けたままの索敵担当へ同意を求めた。
「……別に」
一方のルーリーはレーダーを見たまま、淡々と一言を返す。
シュウカとカーナの言い合いなど、最初から聞いていないかのように無関心だ。
「ほらー、ルーちーだってウルサイって言ってんじゃん」
「言ってねぇだろぉが!」
届けられた返答を勝手に翻訳するカーナへ、シュウカの放った烈火の否言が飛ぶ。
尚もギャーギャー言い合う二人の声を背中に聞きながら、下層中央部前列の艦体操縦席に座る男が、一人苦笑を浮かべていた。
「いやはや、姦しいこって」
すっかり馴染みの遣り取りに軽く肩を竦め、その男性は肩越しに後背の様子を探る。
緑髪を項の辺りで短く結わった、背の高い男。身長は180と少しあり、年齢は20代半ばだろうか。
糸のよう細目をしており、ひょうきんな笑い顔の持ち主。着ているのはお馴染み公団の正式ユニフォーム(男性用)。
名前はラウル・フォッケンマイヤー。エクセリオンの操舵手を担っている。
彼の後ろでは今もカーナとシュウカが口論を続け、ルーリーは相変わらず我関さずの姿勢を保っていた。
「喧嘩するほど仲が良いっちゅーんは、よー言いよりますからなー」
元々の笑い顔に更なる笑みを刷き、ラウルは彼女達を静かに見守る。
単に、下手な事を言って二人から責め立てられるのを避けているだけでもあるが。
「ま、ストレス発散には、えーんやないですか?」
彼女達には聞こえぬよう論じ、ラウルは正面へ向き直る。
取り立てて何もない空間を航行する場合は、艦の運転で特に気を揉む必要はない。
これが小惑星帯や、戦艦の残骸が漂う大戦跡地なら、艦運には細心の注意を払わねばならない所だ。
しかしだだっ広い空間を進む分には、然したる警戒は不要である。
「ふぁ〜。暇ゆーんは、同意しはりますがな」
だからだろう、カーナ等の遣り取りをBGM代わりにして、暢気に欠伸をしておられるのは。
適当に気を抜いて職務に当たるラウルを余所に、二人の抗争は続けられた。
「マシューって、すーぐ怒るんだから。カルシウム足りないんだと思いまーす」
「テメェがオレを怒らせてんだろが!」
「カーナちゃんの所為にしないでよねー。メイヨキソンで訴えるぞー!」
「やってみろやコラァ!」
「なにおー!」
「んだァ!」
「……面白い人達」
飽きずに言い合う二人へ、視線を向けないままルーリーが呟く。
無論、それは竜虎のようにいがみ合う女子2名には聞こえていない。
第三期公団軍所属探査艦エクセリオンの艦橋は、ある意味で混沌の空間と化している。
賑やかではあるが、彼女等一同に公団軍としての自覚は存在しているのだろうか。
疑問は拭えない。