表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/36

第33話:解放

 財団艦第三層に位置する艦橋でルーナデルタとジークブンが対談している頃、同艦第一層の営倉区にも来客があった。

 その人物はキリエ達の入れられた房へ訪れ、通路側から遮蔽物のない室内に視線を投げる。

「どうも、こんにちは」

 そう言って微笑むのは少年。

 背は160半ば程、体の線は細く肉付き薄い。

 瞼へ落ちかかる髪は蒼。身に付けるのは黒いジーンズと白いワイシャツ。

 少女と見紛う容貌に華奢な体をした、17、8歳程度の少年だ。

 見るからにひ弱そうな少年は、微笑みながら牢内面子へ手を振った。

「其処の居心地はどうかな?」

「悪くないねぇ。まだ空いてるから、アンタも入ってきたらどうだい。聞くよりも、直に触れてみるのが一番だろう?」

 キリエは少年へ不敵な笑みを向け、指を曲げて手招きする。

 それへ微笑を向けたまま、少年は軽く首を振った。左右へ、否定の形に。

「遠慮しておくよ。それより、外に出たくない?中が気に入ったなら無理強いはしないけど」

「生憎と、此処の魅力に取り付かれちまってねぇ」

 少年の申し出に、エクセリオン艦長はシニカルな笑みを返す。

 自分達を外に出す気がない旨を、少し前にルーナデルタから聞いたばかり。よって少年の言葉を冗談か、おちょくりとして受け取った為だ。

 そんなものを本気で相手してやるつもりは、彼女達の何処にも無かった。

「それは残念。食堂に貴方達の食事を用意しておいたんだけど」

 一方の少年はキリエの態度に気分を害するでもなく、言葉通りに残念そうな表情を見せる。

 それから少し寂しそうに微笑んで、壁際のパネル型操作端末に触れた。

「此処は開けておくから、気が向いたらどうぞ。食堂へは、この通路を真っ直ぐ行った先にあるエレベーターで上がれるから」

 そこまで言うと、少年は牢へと背を向ける。

 自分達への挑発か、或いは真実か。キリエ以下エクセリオンメンバーは、小柄で無防備な少年の背へ、真偽を計りあぐねる視線を注いだ。

 その中にあって、タカギが無言のまま通路の側へと歩み寄る。そして指に挟ん煙草の吸殻を、部屋の外へと弾き飛ばした。

 既に火の消えた短な吸殻は、北面境を越えて通路に落ちる。彼等へ対する拘束力、レーザー格子は出現しない。

「本当に切れてやがるぞ」

 誰とはなしに呟いて、タカギは部屋境に脚を踏む。

 後方の仲間が止める間もない。

 だがやはり、抜群の殺傷力を持った光の格子は現れなかった。その為に、彼は容易く外へと抜け出る。

 この光景を目の当たりにして、レンは眼鏡の奥で両目を瞬かせた。

「出られる、みたいだ」

 彼の口から意外そうな声が零れる間に、カーナとシュウカはそれぞれ立ち上がり、タカギと同じように外へと向かう。

 そしてそのまま、同じように何の抵抗もなく通路へ立った。

 牢内と同じ建材で作られた、同じ色彩の通路に。

「わーい、出られたよー!」

「おー、マジだぜ」

 牢の前で両手を掲げ、カーナは喜びを表現する。

 シュウカは其処を確認するように、靴底を何度も床にぶつけて頷いた。

「こらホンマやな。ワイ等も行きましょ」

 無事に脱出を成功させた三名を見て、ラウルも腰を上げる。

 操舵手の誘いに、残る三人も行動で同意を示した。

 最初にキリエが、次にレンで、続いてラウル、最後にルーリーが相次いで牢を後にする。

 全員が外に出終えるのを、少し離れた通路の先で、少年は静かに見届けていた。

「これで少しは信じてもらえたかな?それじゃ、付いて来て」

 微笑を刷いて体向を変え、少年は歩き始める。

 彼が前へ進む度、蒼い髪が微かに揺れた。

「はーい。カーナちゃん、付いて行きまーす」

 通路を道なりに先行く少年へ、カーナは片手を上げて自ら続く。

 罠か何かだとは微塵も考えない、極めて単純な思考の元に。

「ま、飯食わしてくれるって言うし、付いてっていいんじゃね?」

 一同へ言いながら、シュウカは進んでいく少年とカーナを親指で指す。

 食事という魅力的な餌を目の前にぶら下げられた今、他の面子も素早く共感するのだった。

「……賛成」

「せやな」

「もし我々を殺すつもりなら、わざわざ閉じ込めるような面倒な真似はしない筈。それに牢から出すような事も」

「どっちにしろ、付いてくしかねぇだろ。環境センサーが目を光らせてんだ、下手な事は出来ねぇよ」

 口々に述べられる部下の意見。キリエは頷いてこれを承諾する。

「そうだね。それじゃ、奴さんを信じてみようか。いい加減、腹も減ったしね」

 口唇を緩めて小さな笑顔を作り、彼女は皆と連れ立って少年の後を追った。

 真っ直ぐ伸びた通路を少しばかり足早に進めば、先行する両者へは簡単に近付ける。

 エクセリオンメンバーが負い付いてきたのを後ろ背に感じ、少年は歩を止めずに口を開いた。

「自己紹介がまだったね。僕はセキナ・シュッツレイユ。よろしく」

「セッキーだね。よっろしくー!」

「セッキーかぁ……」

 セキナと名乗る少年は、カーナによって即行でつけられたアダ名を口の中で呟く。

 すると直ぐに破顔して、可笑しそうな笑い声を上げた。

「あはは、いい感じかも」

「でしょー?じゃぁ、次はカーナちゃんの番だね。あのね、カーナちゃんは……」

「皆の名前なら知ってるよ。乗ってた艦のデータベースから読み取ったからね」

 相手に続いて自分の名前を言おうとする(既に言っているが)カーナを、セキナの言葉が制す。

「カーナちゃんに、ルーリーちゃん。シュウカちゃんと、ラウルさんと、レン君。それからキリエさんに、タカギさん。でしょ?」

 前へと進みながら上体を捻り、後ろの一同へ笑いかける。

 少年が浮かべる穏やかな微笑は、先刻対面を果たしたルーナデルタとは正反対。

「ああ、その通りさ」

 自分達の名を呼び上げたセキナへと、キリエは首を縦振って正解を告げる。

 その後に続いて、シュウカが憮然と、レンは小声で、不満気な声を漏らした。

「オレを『ちゃん』付けすんな」

「自分は『君』か……」

 二人の文句を聞いてか聞かずか、セキナは変わらぬ微笑で前を向く。

 同じ構造故の同じ景色を七人と共に歩みつつ、彼は更に自らが収集した皆の所属を述べ出した。

「皆は資源惑星開発公団の公団員なんだね。そのユニフォームで気付くべきだったよ」

「ワイ等の身元が明らかになりよったから、釈放されたんか?」

「そんな所だね。でも彼女は、君達を外に出すつもりは無いみたいだけど」

 背に掛かるラウルの声に応え、少年はゆっくりと頷く。

 そこへ新たにシュウカの疑問が聞こえきた。

「ん?そりゃつまり、どういうこった?」

「僕の独断で君達を外に出したって事さ。ついでに僕の独断で、君達に食事を振舞おうともしてるね」

 首を傾げるバンダナ女へ対し、セキナは前を向いたまま事も無げに言う。

 だが彼の言葉に他のメンバーは、軽い驚きを面上に覗かせた。

「……それはつまり、命令違反?」

「この艦では彼女が最高権力者だから、まぁ、そうなるね」

 顎に指を一本当てて、ニッコリと微笑む。

 セキナの仕草、雰囲気からは危機感や悪びれた様子を感じられない。

「いや、いいのか?アンタの立場がまずくなるんじゃ」

 多少の困惑を瞳に宿し、レンが問う。

 これへ反応して、セキナは振り返った。

「心配してくれるのかな?嬉しいな。でも、気にしなくていいよ」

 少女のような顔へ朗らかな微笑を湛え皆を見た後、少年は再び前へ向き直る。

「君達には、あんな所へ閉じ込められる謂れが無い。皆をこの艦へ招いたのはこちらなんだし、お客は礼を持って遇するべきだ。来客を無碍に拘束するなんて、礼を欠き過ぎてる」

 エクセリオンメンバーの待遇を、セキナは公然と弾ずる。

 自らの上役に対する恐れを知らぬ物言いは、軟弱そうな外見とは裏腹に不可思議な力強さを感じさせた。

「だから僕は皆を歓迎する事にしたんだ。彼女には内緒でね」

 肩越しに一同を見て、セキナは一つウィンクする。

 それはどことなく、悪戯っ子を思わせる笑顔だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ