第30話:言い分
「大戦期、帝国軍と統一政府軍の戦いは、前線の軍人同士による激突だけではなかった。統一政府軍は戦線を抜けて後方のコロニーを、帝国軍はアウエリウスにある都市を、それぞれ執拗に攻撃したわ。何故だか判る?」
鋭さと烈しさを具えた眼差しが、キリエ以下探査艦メンバーを射る。
各員に先んじてこれへ応じたのは、ヴァレリア連邦統一政府軍に与していたレン。
「敵勢力の都市を襲撃し甚大な被害を出せば、国家はその救済に資金と労力、そして資源を大量に使わねばならない。もしもこれらを怠れば国力の低下を招き、結果的に軍の士気にも影響を及ぼす。放って置ける筈がない」
「そうよ。戦争とは無関係の街を襲う事で、国の力を救済措置に割かせ余力を奪っていく。それが統一政府と帝国の取った手段」
言いながら、ルーナデルタは両の拳を握り込む。
瞳に見える輝きは、彼女が一言を発す毎に剣呑さを増していった。
「戦争がしたいなら、したい奴等だけでやればいい。それなのに罪の無い民間人を大量に巻き込んで、彼等を犠牲にする事で勝利を得ようとするなんて……帝国の皇帝も、統一政府の元首も、その取巻共も、どいつもこいつも狂ってるわ」
怒気や悲哀、口惜しさにやるせなさ、様々な感情を押し殺した声で言葉を紡ぐ。
彼女の秀麗な面立ちが、この時は自らの体に針を刺すように、苦しげな歪みを見せた。
「ホントーに、そんな事したの?」
ルーナデルタの話を聞いたカーナが、おずおずとシュウカの着るタンクトップ裾を引っ張る。
一方、怒りの炎を瞳に燃やしていた彼女だったが、その焔は強張った表情の中で急速にしぼみつつあった。
「……両軍が互いの都市部を攻撃していたのは、公的な記録の残る事実です」
軍部の行動を認めたのはルーリー。自分の知り得ている知識を開き、事の真偽を改めて肯定する。
深く一息を吐きながら、これにキリエが続いた。
「戦争を早期に終えるべく、どちらも必死だったって事さ。どんなに非人道的な作戦でも、有用だと思われるなら簡単に容認される。それが戦時ってもんだからね」
「その結果が20年に及ぶ長期戦で、おまけに国はガタガタ。資源の枯渇に大泣きしてるとあっちゃ、ホント、笑い話でしかないわね。とんだ馬鹿踊りで」
侮蔑と呆れの双方が潜む皮肉めいた笑い。ルーナデルタの口許が動き、漏れ出る吐息が大気に溶ける。
過去の事例が再検は一同の心に暗澹とした思いを抱かせ、各自の雰囲気を何とも言えない重苦しい物へ変じさせた。
その只中にあって如何とも動じていないキリエは、組んでいる腕の右上腕を左人差し指で叩く。
「もう終わっちまった事をどうこう言っても仕方ないよ。あたし等は今を生きてんだ、これからをマシにする為だけを考えて進めばいい。昔を振り返ってアアだコウだ言うなんざ、それこそナンセンスってもんさ」
指で二の腕を叩きつつ、キリエは気負いない笑みで皆に告げる。
彼女の前向きさとカリスマ性が作用して、部下達の胸中から暗い物は少しずつ払拭され始めた。それは沈んだものから明るいものへ移り出す、各自の表情からも判る。
そして牢前で一人立つルーナデルタにも、僅かながら変化の兆候は見えた。
「……話が脱線したわ。私が言いたかったのは、そっちの認識が誤解だという事」
「ゴカイ?」
「っちゅーと?」
軽く頭を振って意識を切り替えたルーナデルタの再言へ、カーナとラウルが揃って首を傾げる。
彼女はそんな姿に目もくれず、英雄譚でも謳う様に語り続けた。
「上の連中が考えた馬鹿げた作戦の為に犠牲となる人々を、少しでも減らそうとして父や母や、仲間達は戦った。私達傭兵団は力ない民の為に、彼等を護る為に、死力を尽くして戦ったのよ」
怒りとは違う、静かな熱を込め告げていく。
傭兵団の事を語る彼女の瞳は、それまでとは決定的に異なる光を、眩く力強く放っていた。
「それを知りもしないで、無明黎光傭兵団の名誉を傷付ける事は許さない。命懸けで戦った仲間達の誇りを踏み躙る事は、絶対に」
単眼の傭兵が強健な意志の下に宣告を終える。
すると彼女を睨んでいたシュウカが、怒っているのか困っているのか良く判らない複雑な顔で、一度だけ舌打ちした。
「ちッ」
やたら大きく響いたその音は、ルーナデルタの想いに対す、シュウカなりの返答と言える。
何も知らずに大笑いした事へ謝罪しようという思い。彼女の態度が最初から癇に障り続けている事実。+と−が交差し合い、難解なスパーク現象を起こした結果、何も言えなくなって末に漏らしたものだ。
素直に『ごめん』と言えないヒネクレぶりは、シュウカらしいと言えばらしいが。
「尤も、前線勤務の軍人には、後衛の主張なんて理解出来ないでしょうけどね」
最後にそれだけ言って、ルーナデルタは踵を返す。
来た道へ向き直した折に、長い銀髪が大きく揺らいで弧を描いた。
「無駄な話をしたわ。……貴方達は当分そのままよ。食事ぐらいは用意してあげるけど」
一同へ背を向けたまま言い捨てて、彼女は歩き出す。
外に出られない事を知っている皆は、後に追い縋ろうとはしない。それに何を言っても、聞いても、もうまともな返答が来るとは思えなかった。
だが一人だけ、去り行く彼女の背へと呼び掛ける者が。
「ちょっと待て」
それは今まで煙草を咥えたまま黙り、東壁に背を預けていたタカギである。
紫煙と共に吐き出された彼の声には、言い知れぬ暗さと凄味が凝縮されていた。
その声質故に、ルーナデルタは途中で足を止める。けれど振り返りまではしない。
「貴様等が何処でどんな戦いをしてようが、俺には関係ねぇし、興味もねぇ。貴様等が何をしようとしてるのかも、どうだってな」
壁に寄り掛かったまま、タカギは立ち止まる相手へ言葉を送る。
彼の周囲には危険な緊張感が、厳かに渦を巻いて漂った。
「ただ一つ言っとくぞ。貴様等は俺の可愛い弟分共を殺した。誇りだか名誉だか知ったこっちゃねぇ。掲げてぇなら存分に掲げりゃいい。だが忘れるな。貴様等はアイツ等を殺した。よーく覚えとけよ」
煙草を口に、重い言葉を吐き、タカギは話を終える。
「…………」
相手がもう何も言わない事を察し、ルーナデルタは歩みを再開した。
彼女の表情は硬く冷め、何も口にしないまま。
来た時と同様に規則的な足音だけを残して、彼女は通路の先へ消える。