第26話:来襲
「どういう事だい?」
「……停止していた筈の動力が突如起動。……前方艦から本艦へ向けて、アンカーアームが射出されました」
回答を求めるキリエの問いへ、ルーリーは捕捉情報を述べる。
二度に渡り続いた唐突な衝撃に次いで、艦橋内では再び赤色アラームが緊急警報を上げていた。
正面部の風防型天窓からも見える。エクセリオンの前方に位置付く財団艦、その下面艦腹より2本のアンカーが放たれた様子が。
双方の係留錨は公団軍の探査艦を貫き、その内奥へ食い込んできた。エクセリオンは財団艦へ強制的に繋がれ、完全に動きを封じられる。
元々操縦系は死んでいたが、今では宙空を目的無く彷徨う事さえ出来ない状態だ。
「なんちゅーこっちゃ!」
予想外の事態を前に、ラウルは頭を抱えて首を振る。
その後方では忌々しげに相手艦を睨むシュウカが、健全な左手で作った拳を、自席のコンソール縁へ打ち込んでいた。
「無人艦じゃねぇのかよ!死んだフリして、オレ達を騙したってのか」
激しい怒声を上げる砲撃手。
彼女の右斜め後ろに座るカーナは、金魚のように口をパクパク動かして震えるばかり。
「あわわわ、や、やっぱりテキだったんだ〜。うわーん」
終いには顔をくしゃくしゃにして、本格的に泣き出す始末。
さっきの今でこれでは、致命的なトラウマになってしまったようだ。
艦橋にはレッドアラームとカーナの泣き声が響き渡り、各員の焦燥を煽る。
急激に高まった緊張感が全身を包む中、レンは自艦が相手側へ引き寄せられている事を、窓外の風景流から知った。
「相手は何をするつもりだ?こっちを破壊するでなく、自分の許へ招き寄せるとは」
予断を許さぬ状況にあって、疑問が先に頭を垂れる。
それは彼自身が、此処で慌てふためいても泣き喚いても、自分達にはどうしようもない事を判っているからだ。
現在、全ての決定権は相手側にある。こちらをどうするかは、圧倒的有利な立場にある相手の采配に任せる他ない。
その事実を正確に理解している為、レンは比較的冷静に思考を巡らす事が出来た。
「振り解きたくては艦は動かせない。艦載兵装も御陀仏ってちゃ、打つ手なしだね」
顎に手を当て、キリエは目線を落として独語する。
彼女も自分達に抗う術がない事を知って、今はこれといった動きをしようとはしない。
そうしている間にも、エクセリオンへ打ち込まれたアンカーチェーンが財団艦によって巻かれ、半壊した航宙艦は真空海を進まされた。
「あぁぁぁ、お終いや〜、お終いなんや〜。こんな事やったら、貯金全部はたいて遊んどくんやった〜」
「ひーん、ヤだヤだ、こんなのヤーダー!びぇーー」
「……こんなこと……」
艦橋にはラウルの呻き声とカーナの泣き声、シュウカの歯軋り音が津波のように舞う。
顔色の優れぬルーリーは相手艦の情報を探ろうとするが、今回は上手くいかない。指先が震え、上手くコンソールを叩けないでいた。
それより暫くして、探査艦と財団艦の距離が完全に詰められる。鋼鉄鎖が限界まで巻き取られ、憐れな壊艦を擬態艦の間際まで引き寄せた。
エクセリオンは今、ウィナーツ財団のシンボルマークが刻まれた航宙艦の下面、艦首と艦胴部の中境に当たる部位へ置き留められている。
現在位置の丁度真上にはアーチ状の外輪橋があった。恐らくは財団艦の艦外センサーが設けられているのだろう。
探査艦を強引に傍近くまで引っ張った財団艦。その接面が音も無く動き出した。
「なにが始まる?」
天窓上方から覗き見える相手側の変化へ、レンは怪訝な顔をする。
彼の問い掛けに答える代わりに、財団艦の艦首・艦胴境は中心から左右へ割れていった。
今まで閉ざされていた外壁装甲が大きく両側へ開き、其処から艦内の様子を探る事が出来る。
しかし内部は暗く、所々に点滅する何かの機器光しか判らない。
それでもキリエとレンは今後の事態を少しでも予想しようと、硬性ガラス越しに濃い闇の奥を注視する。
と。
二人の視野へ、見たくは無い物が大量に映り込んだ。
「おいおい、まさか」
唇を『へ』の字に曲げ、キリエがうんざりとした顔をする。
後ろ隣では副官が眼鏡を押し上げて、戦慄に表情を強張らせた。
彼女等が見上げる先。漆黒の開閉口内部からは、無数のパイプやコードがうねりながらエクセリオンへ向かい押し寄せて来る。
それはフィルモア艦内でキリエ達を襲った線管と良く似た、無機物の行進だった。
「うぉ!?アイツは!」
「ミギャァァーー!ここにも宇宙船のオバケがぁぁぁーー!」
異変に気付き上を見たシュウカとカーナ。
シュウカは降り掛かるパイプ群に強視線を射込み、座席脇へ立て掛けておいた木刀型超硬性打撲武器を掴み取る。
一方のカーナは涙に濡れた両目を見開き、それまで以上の絶叫を上げて座席から転げ落ちた。
その後は這い蹲ったままコンソール下へ潜り込み、体を丸めて震えまくる。
かくした艦橋メンバーの一憂など気にも留めず、生物の如く蠢く無機物の大群はエクセリオンへと接近。近場まできても止まる事無く、勢いを保ったまま次々と艦体へ激突する。
「おわっはぁー!?」
「あぅっ!」
アンカーによって固定されているが、多数の外部物体にぶつかられる所為で艦は揺れる。艦が揺れれば艦橋も同様。
度重なる振動にラウルとルーリーは、相次いで悲鳴を零した。
財団艦の開閉口から溢れ出るパイプ等の群集は容赦なくエクセリオンの外面装甲を突き破り、抉り抜いて、艦内部へと潜り込んで来る。
第三期公団軍所属の探査艦に、これを防ぐ術はない。今は只されるがまま、夥しい量の線管に貫かれるだけ。
「最近の宇宙じゃ、こういうのが流行なのかい?」
「そんなわけ、ないでしょう」
体前のコンソールに捕まって何とか衝撃に耐えるキリエの声へ、自席にしがみ付くレンが応える。
艦外でパイプ群が減り込む度、激烈に揺れ動きブレる視界。焦点の定まらない世界で、エクセリオン最高責任者とその補佐は、等しく顔を顰めた。
一秒の間も止まらない震動と共に、半壊した探査艦はパイプ等の吐き出し口へ吸い寄せられる。
艦内へ入り込んだ配管が根のように張り巡らされ、各通路や区画を席巻して艦を捕えた状態から、己等の出現元へ戻ろうと動き出した為だ。
絶望的状況が更に推移し始めた時、混乱と恐怖と緊迫が支配する艦橋へ、招かれざる客が訪れる。
床や壁面を突き抜け、幾本ものパイプ類が遂に侵入してきた。
「なんやコリャー!?」
「……うぅ」
方々から現れ出た侵入物を前にして、ラウル等が明らかな怯えを見せる。
其処に居てシュウカだけは、握った木刀型打撃武器を振り翳してパイプを睨んだ。
「チクショウめ!やってやろうじゃねぇか!」
彼女は闘争心に滾る怒号を吐き、相手を眼中に据え一歩踏み出す。
それと同時、剥き出しのパイプ群から濃白の煙が放出された。
「うわっぷ!な、なんだ、おいコラ!?」
先端や管中から噴き出される白煙を真正面から受け、シュウカは手でこれを払いながら叫ぶ。
しかし際限なく噴射される煙を退ける事は出来ない。彼女の行動など無意味と嘲笑うように、煙は猛烈な勢いで艦橋内に満ちていった。
「ど、毒ガスかいな〜!?」
あっという間に視界を閉ざされ鼻の先も見えない状態に陥って、ラウルの慌て声が煙の中に掻き消える。
艦橋下層は既に白煙の海へ沈み、其処に居た各員の姿も確認出来ない。
「皆、吸うんじゃない!……と言っても、これじゃ無理か」
腕を口へ宛がい煙を防ぐようにして声を出すが、キリエの言葉は部下達へ届いていない様子。
それどころか下層部を埋めた白煙は上層にも昇り、艦長と副官の目さえ霞ませる。
直ぐに足元は煙に覆われ、次いで腰、胸へと、白い波は支配領域を拡大した。
「……あ、う……」
下層では小さな声を残し、ルーリーがコンソール上へ倒れ込む。
「あかん、目が……」
それへラウルも続き、座席から床部に横倒れた。
「ちく、しょう……め」
シュウカは床に片膝を付き、木刀型武器に縋って上体を支える。けれど長くは保たず、とうとう意識を失って前のめりに床へ沈んだ。
「ふにゃ、カーナちゃん、なんだか……眠く……」
自分に割り当てられたコンソール下で震えていたカーナも、丸まったまま動きを止める。
下層部に居た全員が意識を手放した頃、上層もすっかり白煙の飲まれ何も見えなくなっていた。
「これは、催眠ガスか。いったい、誰、が……く」
逃げ場ない白の牢獄内で、煙の成分へ思い至ると共にレンも崩れ落ちる。
尚も煙噴くパイプの放射音と、アラームの重奏音だけが重なる中。最後まで耐えていたキリエの瞼も、本人の意思とは無関係に重くなってきた。
「ああ、これじゃ、まずいねぇ。あたしも……ここま……で……」
最後の言葉を言い終える前に、抗い難い睡魔の猛襲にキリエは敗れる。
彼女はゆっくりと目を閉じ、そのまま深い眠りへ落ちていった。
筋骨逞しい巨体が煙海へ沈むと、艦橋内は天井までもを濃白色に満たされる。