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第23話:ウィナーツ財団

「うわ〜、また何か出てきたよ〜」

 天窓越しに視覚される艦影を指差し、カーナは思いっきり嫌そうな顔をする。

 出会い頭の航宙艦に散々な目へ遭わされたばかりなのだ。その傷癒えぬ間に新たな正体不明艦との遭遇では、彼女の反応とて無理もない。

「こら、あかん。頭痛がしてきよったで」

 ラウルも眉間に縦皺を刻み、呻くようにしてコメカミを押さえる。

 出会う艦がどれもこれも問題事を起こすとは限らないが、先の印象が強烈すぎて、今は何物も善意に解釈するのは難しい。

「……全長190m、全高74m、全幅112m。……一般的な航宙艦より一回り小さいようです」

 索敵用モニターに映し出される艦体像を眺め、ルーリーは計測結果を口にする。

 エクセリオンの前方に在る航宙艦は、資源惑星開発公団に属す探査艦とは幾分異なる形状をしていた。

 探査艦が鯨なら、その艦は翼を広げたおおとりであろうか。

 鳥頭を思わせる艦首部は長く、胴部から艦尾へ向かう毎に艦高は大きくなる。両舷には羽翼を模した航進補助モジュールが展開され、推進機関であるスラスターは艦末最後尾方に集中。

 全体に洗練されたシャープなフォルムを見せ、表層面は淡い青色で統一された。

「こいつは見かけない型だね。データベースにも載ってないとなると、個人が造ったか、どこぞの企業が秘密裏に建造したか……さぁて、どんなだろうねぇ」

 艦橋からも視認可能な所属不明艦へ視線を投げ、キリエは口の端を吊り上げる。

 未知の艦に好奇心を強く刺激されたようだった。

「何か手掛かりになるような物はないか?」

 艦長と同じに前方艦を見るレンは、眼鏡奥の双眸を細める。

 相手の正体へ通じる何かを探そうと意気込み、両瞳を忙しなく動かすのだった。

「……艦側面に、マークを見付けました」

 小惑星群の中で潜むように在った艦。その素性を知る助けとなろうポイントを、索敵官は誰よりも早く見付けだす。

 それと共に天窓の一部へホログラムモニターを出現させ、其処に自らの発見物を拡大表示した。

「これは……」

 個人閲覧サイズの数倍はある大画面に現された映像を見て、レンは俄かに目を見開く。

 彼を始めとした艦橋メンバーの皆が見るのは、豪奢な剣を抱くように持つ女神が意匠化された紋章。

「ウィナーツ財団の証じゃないか」

 組んだ腕を解き、顎に手を当てたキリエが、驚いているレンの言葉を引き継ぐ。

 モニターの映像を見知った様子の二人に反し、さっぱり判らないというようにカーナは首を傾げた。

「うぃんなーザイダン?美味しそうだねぇ……じゅるり」

「気持ちは判るが、ウィンナーじゃねぇだろ」

 空腹のあまりに艦長の言葉を食べ物へ脳内変換して、少女は涎を垂らす。

 同光景を見ながら、シュウカは共感と呆れ双方の感情を面に宿してツッコミを入れた。自分も最初にそっちを想像し、口の中に唾液が湧いたのは内緒だ。

「ウィナーツ財団は、新銀河随一の富を有す大財閥だ。その資産は惑星の一つや二つを簡単に買えてしまう程だったという」

 無知なカーナの為に、レンは眼鏡を押し上げつつ財団に関する知識を語る。

 その説明行へ、ルーリーも横合いから淡々と補足を加えた。

「……バイオテクノロジーとサイバネティック技術を中心に事業展開し、医療・軍事両面に深く食い込んで商益を上げたと聞きます」

「ああ。元々は小さな製薬会社だったのが、最先端の医療技術と、高度にして高性能な兵器端末の研究開発で他企業を圧倒し、前大戦期に急成長を遂げ財団化したというのが一般的な認識だな」

「ふぇ〜、お医者さんと武器屋さんを一緒にやってたんだー」

 レン達の解説へ、艦内オペレーターは涎を拭いながら頷き返す。

 本当に彼等の言葉を理解しているかは判らないが。

「その話なら聞いた事ありまっせ。何時の間にか宇宙一の大金持ちになっとったとか。せやけど財団で有名なんは、創設者が大枚はたいてコロニーこさえよって、訳の判らん研究云々させとった変人やっちゅー方や」

「へへ、頭イー奴ぁ、どっかオカシイって本当なんだな」

 上体を捻って背後方へ向き直り、ラウルも財団トークに首を突っ込む。

 彼等の話を聞くシュウカは、意地の悪い笑みを浮かべてチンピラ然とほくそ笑んだ。

 極度の空腹が精神的余裕を削り取り、露悪な面を浮き彫りにしているのか。

「でもね、その財団も大戦終了間際に潰れちまってるのさ」

「ほぇ、どーして?」

 キリエの発言に、首を曲げるカーナ。

 瞳に疑問の輝きを灯す少女へ、上司の代わりにレンが応じた。

「ウィナーツ財団消滅の要因には諸説がある。海賊に襲われたとか、内部分裂したとかな。だが詳しい事は誰も知らない」

「あん?なんでだよ」

 今度はシュウカが疑問符を投げる。

 眼鏡のブリッジへ指を当て、レンは目だけを質問者へ向けた。

「財団の拠点だった軌道コロニーを始め、財団所有の研究機関や繋がりのある施設は一つ残らず破壊されているからだ。資料やデータ、製品、人員に至るまで全てが消されている。何も残っていないんだよ」

 天蓋から注ぐライトの光に眼鏡を反射させ、表情を消して副長は語る。

 思いも寄らぬ答えに、シュウカとカーナは揃って目を瞬かせた。二人共この時ばかりは空腹感を忘れているようだ。

「事故なのか、故意なのか?加害者が居るなら誰で、何の目的でやったのか?答えに繋がるものは何もない」

「噂だけなら色々とあるよ。ま、裏じゃ相当後ろ暗い事もやってたって話だからねぇ。人体実験とか」

 無表情で述べるレンとは逆に、キリエは不遜な笑みを面上へ刻む。

 口唇を上弦の形に裂き、年下の部下達へ向けて、意味ありげな含み笑いをしてみせた。

 届けられた言葉からその場を想像してしまい、カーナは自らの体を抱くようにして、ぶるりと身を震わせる。横方ではシュウカも不機嫌そうな顔付きで、明後日の方角を睨んでいた。

「ちゅーことはや、あの艦はウィナーツ財団の忘れ形見かいな」

 細長い糸目を天窓の正面方へ定め、ラウルは右目だけを僅かに開く。

 瞳に映る青艦は、同じ位置から殆ど動いていない。だがゆっくりと前進するエクセリオンによって、互いの距離を縮めつつあった。

「財団が建造した船舶は残らず抹消された筈。アレが本当に財団の保有艦なら……」

「敢えて、此処に隠してあった。かい?」

 疑惑の眼差しをモニター内の紋章へ注ぐレン。その顔を横目で見遣り、キリエは彼が言わんとした語を先んじて口にする。

 副長は補佐すべき対象へ頷き返し、モニターから実体像へと目線を移した。

「だとしたら、何の為か」

 眼鏡のブリッジへ右中指を宛がい、レンは誰とはなしに呟く。

「……前方艦からは、機関出力の反応が感じられません。……動力は完全に落ちているようです」

 それまで皆の話を黙って聞いていたルーリーだが、財団談義に一区切りついた頃を見計らい、対面艦の実状を告げる。

 これを受け、レンはキリエへと顔を向けた。

「やはり停まっているようですね。どうしますか」

「聞くまでも無いだろう?ウィナーツ財団の隠し玉、黙って見過ごす手はないよ。是非とも御邪魔させて貰おうじゃないか」

 副官の問い掛けに対し、エクセリオン艦長は胸前で腕を組み、ニヤリとした笑みを返す。

 一方のレンは「やっぱり」という顔で俯いた。そして小さく溜息を吐く。

 けれど直ぐに表情を引き締めて、眼鏡を押しつつ顔を上げた。

「今回ばかりは異論ありませんよ。現状を好転させうる唯一の手段は、あの艦の探索だ。ウィナーツ財団の物であるかどうかは置いておくとしても、調べてみる価値は充分にありますね」

 眼鏡奥の両眼へ大鳥が如き青艦を捉え、レンは艦長の意思へ同意を示す。

 だがその方針へ不満の声を上げる者があった。

「え〜、また訳判んないトコに行くの〜?」

「さっきの今やからなぁ。なんや、あんま近付きとぉないんやけど」

「……もしかしたら、危険、かも」

 カーナにラウルにルーリー。この三者は各々に具合悪い言葉を紡ぎ、前方艦への接触を拒んでいる。

 妙にそわそわし、顔色もあまり優れない。表情はどちらかと言えば険しく、艦長の提言に乗り気でないのが見て取れた。

 フィルモアの事が、皆の心に暗い影を落としているのだ。それほど深刻ではないが、先の事件は易いトラウマを彼女等の内へ刻み、それが二の足を踏ませていた。

「チッ、あの程度でだらしねーな」

 シュウカは自席に座したまま、呆れた様子で舌打ちする。

 戦争経験者である彼女にとっては、フィルモアにやられた事など恐れるものでもない。あんな事は、殆ど日常茶飯事だったのだから。

 とは言っても、彼女とて戦争未経験が怖気づく気持ちは判る。もしも自分が彼女等と同じ立場だったなら、今のように毅然としてはいられないだろう。

 そうとは思うのだが、切迫する空腹が苛立ちを助長し、理解してやろうという気持ちを追い遣ってしまう。

 故に余裕のない態度で、カーナ達を蔑んでしまうのだった。

「このまま此処に居ても、状況は悪化するばかりだぞ。折角の好機、みすみす逃す訳にもいかないだろう」

 レンは正論を以って、反対者達を諭す。

 だがカーナ等に覗く難色ぶりは、解消の兆しを見せていない。

「う〜ん、それは判るんだけどー」

「頭やのーて、心がな〜」

「……怖い」

 理解は出来ても納得出来ない。彼女達はそんな状態にある。

 植え付けられた恐怖心は簡単に拭う事が出来ず、踏み出す勇気を摘み取ってしまう。

 心の問題の為、こればかりはレンもお手上げな様子。

 そんな時である。キリエが満を持して口を開いたのは。

「やれやれ、そいつぁ困ったねぇ。あっちの艦に行けば、食料だってあるかもしれないのに」

 如何にも残念そうに言い、キリエは両掌を上向けて大きく肩を竦めてみせる。

 極端なオーバーアクションはわざとらしさ全開だったが、しかしカーナ達は、上司の言葉に明らかな反応を見せた。

「た、食べ物、あるの?」

「あの手の艦にゃ、保存食が随分と積み込まれてる筈さ。あたし等全員の腹を満たすぐらい、ワケないだろうよ」

「腹いっぱい、なれるん?」

「可能性は低くないね。まぁ、此処で燻ってちゃ無理な話だが」

「……お腹、空いた」

「あたしだって同じさ。このまま飢え死にするか、自分に渇を入れて食い物探すか。好きな方を選びな」

 己を見上げる三対の視線へ順繰りに応じ、キリエは強い眼光と共に問う。

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