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第22話:発見

 各員がこれといった話題を出さず、静まっている艦橋内。

 6人へ等しく訪れている空腹感が、一同から会話する気力さえ奪っていた。

 そんな時、今この場に相応しい音が響く。

 何かを求めるように細々と訴える、聞くだけで力の抜けるような緩長い音。

「ふみ〜」

 カーナは音の出所を両手で押さえ、活力の乏しい惰性的な悲鳴を零す。

 数時間前から継続的に鳴り響くのは、本人以上に自己主張を続ける腹の虫。

「このままやったらワイ等全員、骨と皮だけに痩せこけて死んでしまうで」

 少女の腹音を聞きながら、ラウルが億劫そうに口を開く。

 1日2日飲まず食わずでも人の体は耐えられるものだが、心の方まで大丈夫とは言い難い。ましてや今の今まで食うに困らない人生を歩んできた者なら、唐突な断食を強制されれば精神的に参ってしまおう。

 無限の宇宙に漕ぎ出す事は、それなりのリスクを負うと皆判ってはいた。しかし、よりによって同型艦に襲われて、自艦を破壊されるなど誰が想像しようか。

 思いも寄らぬハプニングに見舞われ、それによって齎された現状は、確実に若年組みの精神面を圧迫・疲弊させている。

 そこに空腹という実感的な障害が合わされば、弱音の一つでも吐きたくなるというものだ。

「どうにかしたいが、どうにも出来ない。歯痒いな」

 力なく息を吐き、レンは天井を仰ぐ。

 対策を講じようにも有効な手段が思い付かず、レンは何とも言えない表情を浮かべていた。

 艦の運航を制御出来ないのであれば、それこそどうしようもない。電子頭脳が止まり、リアクターが完調でない今、ゲートジャンプとて実行不可能。二進にっち三進さっちもいかないとは正にこの事。

 逃れ難い状況に皆の雰囲気は重くなり、言葉の応酬も再び途絶えた。

 降り立つは沈黙。無言の時はそれから十数分も続く。

「んん?ありゃなんだ?」

 艦橋に曇天の如き空気が立ち込める中、不意にシュウカが前方を指差す。

 伸ばされた人差し指は正面の天窓を示し、上がった声に一同も視線を向けた。

 複数人の瞳が捉える硬性ガラスの先には、様々な大きさの岩塊が漂う。その数は10や20では効かない。もっと大量の岩群が、何する出なく宙空に散りばめられ、無為にたゆたっていた。

「……小惑星群のようです」

 窓外の光景を認め、ルーリーは抑揚なく呟く。

 普段から小さめの声は食事を抜いている現在、更に小さく聞き取り辛い。

「幽霊船に迷子ときて、次は小惑星か。踏んだり蹴ったりだね」

 同じように岩塊群を見詰め、キリエはやれやれといった調子で首を振る。

 そうこうしている内に、半壊状態のエクセリオンは小惑星帯の中へと入り込んだ。

 操舵手の操作も受け付けず、ただ宇宙を彷徨うばかりの艦は、等しく目的無い岩群の合間を進んでいく。

 だが明確な運転をされている訳ではないので、艦体は周囲の岩塊へ何度も接触する。その都度、少なからざる振動と衝撃が艦橋へ伝わり、全員の身を揺すった。

「なんちゅーか、気持ちのエエもんやないなぁー」

「あぅぅ、舌噛みそうだよ〜」

「ったく、こんなんばっかだぜ」

 断続的に揺れ動く艦橋へ、ラウル達の不満げな声が流れる。

 マッサージチェアとは根本的に異なる粗悪なバイブレーションは、生存している乗員一同へ共通の不快感を与えた。

 空腹の体に、無遠慮な連続振動はあまりに辛い。既にカーナやルーリーの顔色は、血の気が引いて蒼白になっている。

 だからといって艦体を擦る岩の群が、気を遣って通路を開ける筈もない。皆の願いとは裏腹に、エクセリオンの揺れは止む事無く続けられた。

 ちなみにリアクターの出力が万全時より劣っている為、歪曲重力障壁グラビティーフィールドは未展開だ。艦の状態も極めて悪劣であり、常の防護性能は期待出来ない。

「……?」

 人手が入っていない深山の悪路を走るより、数段激しい揺れに襲われる最中。ルーリーは何かに気付いてモニターを注視する。

 流れ進む艦によって後方へ送られる岩々。その中ではなく、これから向かう先に見え隠れする奇妙な異物の反応。

 今も機能中の艦外索敵用のセンサー。それらが得て届けてくる情報を、艦橋メンバー最年少の少女は慎重に吟味する。

 一度集中を始めたルーリーは、自らの身に降り掛かる全ての衝撃を意識の外へ締め出し、疑念の正体を探ろうと解明作業へ没入した。

 前髪の下に隠れる双眸は鋭い輝きを宿し、モニターに表示される幾つもの周辺データを驚異的速度で読破していく。

 尋常ならざるその集中力、そして処理能力こそ、彼女が若くして艦橋面子に抜擢された要因だ。

 天性の才能を訓練によって更に鍛え上げているルーリーは、問題点の発見から然したる時間を要する事無く、注目ポイントの割り出しに成功した。

「……艦長」

「なんだい?」

 索敵担当に呼ばれ、キリエは外へ向けていた視線を声の主に定め直す。

 対する相手側は眼前のモニターを見たまま、尚揺れる其処にあって、平時の声調へ戻り主要を述べた。

「……小惑星群の中、前方距離1300の付近に、航宙艦と思しき反応があります」

「ほぉ、こんな所にかい」

 ルーリーの報告を訝しむでなく、艦長は腕を組み情報の続きを待つ。

 エクセリオンに乗り合わせて2週間程の間で索敵官の能力を見知ったキリエは、彼女の発言に疑いを微塵も持っていない。ルーリーは極めて職務に忠実で、常に正確な情報のみを開示してきたからだ。

 キリエがルーリーの能力へ寄せる信頼は、かなりのものである。

「……しかし電波の受送可能領域に入ってから通信を試みていますが、反応がありません。……また検出データをライブラリに当て嵌めていますが、船舶情報に該当する物は見付かりません」

 発見と同時に調べを進め、通信作業も並行してこなすルーリーの言。

 視線はモニターに固定して、体前のコンソールを叩きつつ、次々表示される情報を読み上げる。

 彼女の言葉を耳にしたレンが、不審を忍ばせた顔で上司に問うた。

「小惑星群の中に所属不明艦……宇宙海賊か何かでしょうか?」

「それはないね」

 キリエは正面の大パノラマへ焦点を戻し、副官の疑問を一言で否定する。

「もしも相手が海賊なら、こんな所に潜んでるぐらいだ、人目を避けたがってるんだろう。そこへ通信なんぞ入れば、口封じの為にあたし等を襲撃してる筈さ」

 腕を組んだまま無数の岩塊を見送り、その理由について言葉を紡いだ。

 宇宙海賊とは文字通り、宇宙を舞台にして海賊行為を行う犯罪集団を指す。コロニー間を往来する運搬船や方々の調査艦を襲い、物資や有用な情報等を強奪する無法者達。

 大戦の混乱期には多くの海賊が猛威を振るい、軍の補給部隊が度々被害を受けた。その為に帝国軍・統一政府軍双方が大規模な海賊狩りを行い、一応は狩り尽くしたのだが。

 難を逃れた生き残りや、傭兵として活動していた者達が終戦で行き場を失い、新たに海賊化したパターンなど、現在も少なからず存在している。そうした海賊達は得てして人目を避け、秘密主義的に動く事を好んだ。

「確かにそうですね。この艦はステルス機能も付いてませんから、向こうからは丸見えでしょうし。それなのに何のアクションも来ない所を見ると……」

「大戦期に廃棄された戦艦が流れ流れて此処まで来たか、事故って動けなくなったか。そんなトコだろ」

 思案顔で眼鏡を押し上げるレンに、キリエは最も高い可能性を示す。

 エクセリオンのトップと次位の乗員が言葉を交わす間に、半壊艦はゆっくりとだが確実に、レーダー捕捉対象へと近付いていた。

 数え切れぬ岩塊が艦体にぶつかり、脇を、背を、腹を過ぎった後。艦橋前面に嵌め込まれた硝子窓へ、件の船が姿を現す。

 幾多の岩塊に囲まれて、その不躾な洗礼を浴びながら、両艦は対峙した。

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