第20話:輝きと共に
黄金の閃光に貫かれ、幾多の装甲弾が粉砕されていく。標的へ辿り着く前に宙空で爆ぜ、眩い白球と化しては消滅された。
艦を狙う弾頭を突き抜けて、尚も連装荷電粒子砲は止まらない。
フィルモアより散布された装甲鐵弾誘導爆炸は、荷電粒子の砲線を阻む障害にすらならず。
件の進路は無人艦を捉え、距離を詰めては其処へと至った。
エクセリオンの動きへ合わせるかのように、同じ軌道を取るフィルモア。その横腹を襲う形で、15本全ての粒子砲が叩き込まれる。
だがフィルモアには依然として歪曲重力障壁が張り巡らされており、届けられた攻撃を微風の如く流してしまった。
敵艦へ接近した連装荷電粒子砲が防御性重力場にぶつると、金色の砲線は巨岩に激突した水流と同じく、其処を避けるように分散され後方へ去る。
当然、フィルモアにダメージはない。
けれどエクセリオンの砲撃は自艦へ強襲せんとした装甲弾の7割強を駆逐し、本目的の達成に王手を掛けた。
金色の砲火が直撃を免れ、幾筋もの光帯の合間を潜り抜けた鐵弾は、予定通りに有人艦を襲う。フィルモアとの間で衛星に近い軌道を踏むエクセリオンへ、艦尾や艦腹目掛け弾群が追従した。
それは移動を続ける海生哺乳類へ群がる、小魚の集合とも取れる光景。
「……敵勢弾頭、総数27、本艦に接近」
「チッ、落とし損ねだ」
ルーリーが口頭で艦外状況を明かすと、捕捉用スコープを覗くシュウカが舌打ちする。
これへ対するキリエは、口の中で呟いた後に右腕を振った。
「其処彼処に付かれたね。ラウル、アンタの腕の見せ所だよ。振り切っちまいな!」
「ちぃと荒い運転になりまっせ!」
艦の運航方針を伝えられた操舵手は、細目を僅かに開いて操縦桿を握り込む。
そのまま桿を押し、そこから反時計回りに回転させた。
エクセリオンは左舷側へ艦体を捻らせながら、艦首を進路下方へ傾ける。そこからスクリュー風に回転を加え、宙空を掘るように進んだ。
移動速度は限界に近しい。急降下姿勢のまま進行を続け、無重力の大海を突き抜ける。
「歪曲重力障壁は無いんだよ!このままじゃ、損傷区の内部隔壁が壊れちゃうよぉ!」
先刻のショックを引き摺り目尻に涙を溜めたまま、カーナはラウルの背へ叫びつけた。
防勢障壁は存在せず、被害区域が宇宙側へ露出してしまっている状態で現在の急速移動を続けては、彼女の言うとおり内壁が圧力に耐えられず自壊しかねない。
それは操舵手本人にも判ってはいる。しかし止まる訳にはいかないのだ。
「今更ぁ、お上品に走るワケいかへんやろぉ!」
ラウルは両目を全開にし、正面へと真っ直ぐ視線を射込んで、腕へ渾身の力を込める。
そこから一気に操桿を引き、艦の進路を急転換させた。
エクセリオンは捻転状態を維持し、急遽艦首を持ち上げる。この間に減速行動は成さず、高速状態を保ったまま上方へと昇り上がった。
後方から縋る弾頭群はそれでも追跡を止めないが、艦体との距離は目に見えて開き始める。
装甲鐵弾誘導爆炸は、追跡対象の軌道を忠実になぞるよう基本設計されている。しかし同兵器が最も効果を発揮するのは、接近した敵艦への近距離放射なのだ。
レーザーと違い物理実体を有す弾体が移動行に出ている為、極端な急跡航行を続けると内蔵バーニアに出力限界が生じ、追跡能力の低下を招く故。
その証明として、今正に弾頭群は標的たる探査艦へ追い付けなくなっていた。
「……当艦追撃中の装甲鐵弾誘導爆炸との距離拡大。……2000を越えます」
「今だ、拡散型欺瞞装置散布!」
追撃弾との間合い拡張を索敵官から知らされ、キリエは対面コンソールを叩き砲撃手へ命じる。
上からの指示に異論なく、シュウカはコンソール中上に位置付く専用ボタンを押した。
「いっけぇぇぇ!」
砲手が大口を開けて咆哮す。
それが合図ででもあるように、エクセリオン艦尾方両舷から4つの小型ポッドが射出された。
円筒形のポッドは艦が走り抜けた跡地へ放られ、次の瞬間には上下へ分離する。と、ポッド内からゴルフボール大の球体が無数に溢れ出し、周辺部へ拡散した。
何するでなく浮遊する球体の群集。その中へとエクセリオン追跡中の装甲弾が突っ込んでくる。
鐵弾群が散布された球体に触れると、強烈な電離反応が弾頭の信管部へ発生作用し、その場で装弾を爆発へ導いた。
弾頭の本機能である炸裂動は、漂う球体群へ乗り入れた全てに起こる。即ち、エクセリオンを追尾していた装甲鐵弾誘導爆炸全弾に。
拡散型欺瞞装置とは、主に実弾へ対して効果を上げる妨害装置の一種である。発射されたミサイル類の軌道上に散布する事で、これに接触した実弾兵器の爆破機能を強制発動させ、目標到達前に自爆させるシステムだ。
「……追跡弾、全弾消滅」
艦の後方で連続する白球の出現と消失をモニターで捉え、ルーリーが淡々と述べる。
この報告にシュウカはガッツポーズを取り、カーナは緊張が解けたのか脱力気味に席へ沈んだ。
「まだ何も終わってないぞ。反重力転射砲の方はどうだ?」
気を抜かぬまま、厳しい面持ちでレンは問う。
それへシュウカが親指を立てて応じた。
「丁度完了だぜ」
「よし。ラウル、艦砲放射上に敵艦を捉える様、進路変更だよ」
「合点や」
シュウカへ頷き返し、キリエは艦橋前方に広がる天窓を指して次行動を告げる。
了解の合図と共に、ラウルは艦の進路を変え始めた。
彼が操縦桿を回し、連動してエクセリオンは旋回。艦首をそれまでの尾面側へ向け、180度反転して真正面にフィルモアを捉える。
ダメージ弊害を考慮し、艦速は先より落としているので、カーナが二度目の悲鳴を上げる事もない。
「今までの仮を、ノシ付けて今度こそ返してやろうじゃないか。反重力転射砲発射ァァ!」
視界に映る敵勢艦へ強視線を突き込み、キリエが怒号に近い砲命を下す。
待ってましたと言わんばかりに、シュウカは握搾式砲撃桿を動かした。十指がトリガーを引き、砲桿を前へと押し遣り、溜め込まれていたエネルギーを解放する。
エクセリオン前方部両舷帯に作り出された二つの重力球が、フィルモア目掛けて撃ち出された。双球は艦の移動速度を超過し、瞬く間に相手へと接近。回避など許さないで、張り巡らされている重力障壁へ接触を果たす。
相反する重力場の激突は短時間で決着を見、敵の歪曲重力障壁を解除消滅させた。
「お前が殺ったそっちの乗員と、あたしの部下の命、高くつくよ」
両瞳を鈍く光らせ、キリエが目を見開く。
右腕を正面へ突き出し、声高に攻撃指令を発した。
「追尾式熱線砲及び連装荷電粒子砲、可能な限りブチ込みな!」
「食らいやがれぇぇぇ!」
スコープ内で照準をフィルモアへ定め、シュウカは烈哮と共に砲桿を押し、トリガーを引き寄せる。
鋼鯨の口部側方と背面に備えられた艦載兵装が、レーザーと粒子砲を同時に発射した。
真っ直ぐ飛び進む金色の光帯、途中で緩やかに曲がりながら走り行く光線。複数の煌きが隣り合い、時に交差して美しい輪舞を描く。
恐るべき破壊力を秘めた輝きと思えない明光は、芸術品のように麗しやかな航路を引いて、眩い残滓を後へ航宙艦へと吸い込まれていった。
瞬間、フィルモアの艦首、側面、艦腹、背全各所に凄絶な爆発が起こる。白球の塊が粒子となって随所に灯り、現れては消え、消えては現れ、数え切れぬ明滅を経て艦体を走った。
繰り返される爆発は止まらない。何度となく発生する照点が艦を包み、その都度、衝撃と破壊を内外へ齎す。
エクセリオンの砲撃は、全てが完璧にフィルモアへ届いていた。それはつまり、相手艦へ修復不能な致命的打撃を与え、撃沈へ追い遣った事を意味する。
今のフィルモアは既に航行機能の限界へ達し、大きすぎる損傷に耐え切れず、艦速を著しく落とす状態だ。
そんなフィルモアへ正面から接近したエクセリオンが、倍以上の速度で脇を通り抜ける。
第三期公団軍所属の探査艦が、無人の狂艦を後方へ送った後。フィルモアは艦首、艦腹から相次いで盛大な爆発を起こし、装甲その他を周囲へと撒き散らした。
「はっはぁ!ザマみやがれ!」
痛快な笑みを満面に浮かべ、シュウカはスコープから顔を上げる。
爆滅する敵艦の様子を直に見て、心底満足そうに笑声を放った。
「やった、やった!勝ったんだぁ!ワーイ!」
両手を挙げて、カーナも歓喜を明らかにする。
涙に濡れた目は赤いが、顔にはシュウカへ負けぬ程の嬉々なる色が見えた。
「ふぅ〜〜〜。なんやシンドかったなぁ。こないなるとは思ってへんかったで、ホンマ」
座席へ背を預け、ラウルは長い息を吐く。
両目は常の糸目となり、強張っていた表情はへにゃりと緩んだ。
「……よかった」
皆程に浮かれた声ではないが、ルーリーも小さく安堵の吐息を漏らす。
肩に入っていた力が抜け、小柄な体が専用席のシートへ浅く沈む。
「まったく、何でこんな事に」
片手で眼鏡を直し、レンは溜息と共に天井を仰いだ。
今騒動の詳しい経緯や原因を探りたい所だが、今は目前の脅威を退けた達成感へ身を委ねる事とする。
眼鏡の奥で両目を閉じ、息詰まっていた呼吸をゆっくりと正し始めた。
「仇はとったよ。無念もあるだろうが、成仏しとくれ」
キリエは正面の硬性ガラス越しに宇宙を見詰め、フィルモア乗員や自らの部下へ静かに語る。
死した者への悼みの念を心に、彼女は目を閉じて短く黙祷した。
勝戦ムードの立ち込める艦橋。襲い来た敵勢を倒した事で、共通の安心感が心地良く全員を満たす。
戦闘の被害は出、尊い人命も失われてしまった。それでも今は、少なからず勝利の余韻に皆が浸っている。
だがそんな中、ルーリーは起こるべかざる異変を感知した。
「……艦長、フィルモアに動きが」
「どういう事だい?」
索敵官の言葉に、キリエは瞑目を解いて意識を向ける。
他の面子も緊張感を再度纏い、ルーリーを見た。
「……予想ダメージは航行不能レベルに達している筈ですが、速度を上げて移動しています」
艦外観測モニターを通じ、ルーリーは再び動き始めた敵艦を目にする。
一度は速度を減退させたフィルモアだが、エクセリオンの進路とは反対方向へと進み出していた。しかもそれだけでなく、前進しながら大きくUターンして、エクセリオン側へ艦首を向け直す。
艦体が破壊の進行途上へあるにも関わらず、進路変転作業間も艦速を引き上げ続けた。
「ど、どーして、まだ動いてるの?」
「ホンマもんの化け物やで」
「くたばり損ないが。今度こそキッチリ引導渡してやるぜ!」
カーナは不安と恐怖を顔に浮かべ、ラウルは渋面を刻み身を震わせる。
シュウカは鼻息も荒くスコープを覗き直し、敵艦へ照準を合わせようとした。
「……そんな、速い。……敵艦速度、本艦の3倍以上」
「馬鹿な」
唖然とするルーリーの報告に、レンは首を振る。
撃沈級の大打撃を受けた艦が、健全な探査艦以上の速度で走るなどありえない。それこそ計器の故障か、観測ミスではあるまいか。
副官の疑念は至極当然であり、一般的な航艦知識を持つ者なら誰しもが同じ事を思おう。
しかしルーリーの言葉は間違いでなく、極めて正しい。システムの故障でもなく、全て事実なのだ。
「クソ、どうなってんだ。速すぎて照準が合わせらんねぇ!」
スコープから敵を見るシュウカが、ルーリーの正解を裏付ける。
ロック機構は今この時、全く役に立たなかった。あまりのスピードに敵が捉えられないのだ。
フィルモアはエクセリオンを超える速度で宙空を駆け、離れていた距離を驚くほど早くに詰めてしまう。
逃げるなど不可能だった。ラウルが操縦桿を動かす前に、相手艦は迫っていたのだから。
「……フィルモア、速度落ちません。……これは、衝突軌道。……距離……」
「全員何かに掴まれ!突っ込んでくるよ!」
索敵官からの情報伝達が終わる前に、キリエは緊急回線を開き、全乗員へ声を投げる。
それが終わるか終わらぬかの内、フィルモアは半円系に軌道修正し、横合いからエクセリオンへと激突してきた。
凄まじい衝撃が艦体を襲い、両艦が接触した時とは比べ物にならない激震が艦を揺さぶる。
信じ難い衝波に全乗員は持ち場より投げ出され、艦内を無秩序に転げ回された。
『ウキャーーー!』
どれが誰の悲鳴かも判らない重複音が、其処等中から響き渡る。
あまりの震動に艦橋内も大揺れし、各員の絶叫が轟音と重なって空間を満たした。
艦外ではフィルモアの艦首が、左側面からエクセリオンの中心部へと突き刺さる。頑強な多重装甲を勢いのままに食い破り、敵艦の3分の1程が内部へと侵攻してきた。
ここにきて、漸くフィルモアは動きを止める。停止の後、僅かな時間を経、当艦はエクセリオンに突き刺さったまま大爆発を遂げた。
無数の白球が艦全体で止め処なく弾け、数限りない電光がプラズマ流を化し駆け抜ける。蓄積された過負荷が限界を超えた瞬間、フィルモアの内奥から青白い閃光が溢れ、恒星の直射に等しい輝きを放った。
それは息つく間に艦を覆うまでに膨張。次には馬鹿げたエネルギー量を外側へと発散して、フィルモアを内側から大範囲へ吹き飛ばす。
至近距離で航宙艦が壊滅的な爆発を起こした為、エクセリオンもまた、それに巻き込まれてしまった。
外部へうねり出すエネルギー流は誰にも止める事は叶わず、あっという間にエクセリオンを中央から分断。前後に二分された艦を飲み込んで、光と共に弾け散った。
それはさながら超新星爆発。星の誕生に匹敵する、大出力の輝光明照。
再生の光に似た破壊の灼波は、何かもを消し潰す。
真機最生 星降落夢
第一部「遭遇、死したる亡艦」編
これにて終了。
次回から第二部「再会、紅の悪魔」編となります。
第一部の感想など、宜しければ頂きたいです。
自分の作品が読者にどのように思われているのか、楽しんでもらえているのか等、非常に気になっております。
皆さんの声が執筆の活力・原動力となりますので、是非御願いします。