第19話:対艦戦闘
球状化した二つの重力場が、高速で宙空を舞った。
弾速は艦の移動速度を上回る。
弾道から逃れるべく走るエクセリオンを急追し、双球は開いた距離を一気に詰めた。
「……重力砲接近、距離300」
「こらあかん、逃げられまへんで!」
ルーリーに続き、ラウルが危機的状況を告げる。
操舵手の回避不能宣言から一拍の後、後方より迫っていた重力球が、艦体を覆う重力障壁に触れた。
双方の対球は標的たる重力場に絡まり、エクセリオンの外周辺で停止する。停位置に留まったまま対応面の展開率を変動させ始めた。
「重力場がどんどん薄くなってる〜!歪曲重力障壁展開率50%、あぁ40%、言ってる間に35%、かと思えば30%……ふみ〜ん、止まらないぃ〜」
覇気も気概もありはしない、情けなさの極致といった面持ちでカーナは涙声を零す。
局所的に形成されていた重力場は、衝突する力体の反意性によって、急速に歪曲幅の修正を為された。これによって不可視だった障壁は空間上に実像を結び、艦全体を包む楕円形の力場として現出する。
しかしそれとて極僅かな時間であり、数秒後には半透明化を経て、再び視認不可能な状態となった。
「あ、あぁ!歪曲重力障壁、消えちゃいました〜」
艦体情報をオペレートモニターで終始確認していたカーナから、気の抜けた間延び声が漏れる。
実体化から二度目の不可視化へ至った重力障壁は、接触していた敵勢反重力転射砲で相殺され、諸共に消失した。
絶対的な防御性能を誇った艦の護りが消えた今、エクセリオンは丸裸も同然である。
「先手打たれちまったね」
防護障壁の消失に、キリエは渋い顔を作った。
艦載砲一発の威力が悉く必殺級である対艦戦闘に於いて、防御能力の有無はそのまま大きなアドバンテージとなる。
こと重力場によって確立される防勢領域は、一度無力化されると出力調整の関係上、再展開に幾許かの時間を要す。先に敵体の防御策を打ち破った側が、戦闘を有利に進められるのは明白。
大戦期、数々の戦場を渡ってきたキリエだからこそ、その実感も強い。
「……フィルモアに高出力熱源反応を確認。……追尾式熱線砲と思われます」
「おいでなすったね。こっちもレーザーで応戦、本艦への到達前に迎撃しな!」
「しゃっ!」
届けられる敵勢状況に応じ、艦長の号令が飛ぶ。
勅令を受けたシュウカは、敵艦からの攻撃軌道を電子頭脳に予測計算させ、砲撃桿を握って攻撃準備を整えた。
この間にも、反重力転射砲の充填は続けたままだ。
「……レーザーの発射を確認」
32対のレーザー線がフィルモアより繰り出された旨を、ルーリーが報せる。
彼女の言葉が終わるか終わらないかの間に、キリエは攻撃行動を指示した。
「準備出来次第、こちらも撃てぇい!」
「でりゃぁぁ!」
砲撃手は上官命に従い、両手十指で左右のトリガーを引きつつ砲桿を押し込む。
敵艦より遅れること数秒、エクセリオンからも同数のレーザーが放射された。
撃ち出された両勢の追尾式熱線砲は、真空中を駆けながら同じ間隔で折れ曲がる。
弧を描き相手艦へ向き直る光線が、宙空で幾本も接触。眩い閃光を散らせた後、白色の明球となって互いに消滅した。
だが全てではない。
エクセリオンの砲線はフィルモアのそれを狙った物だったが、6本程が入れ違いの交差に終わる。
迎撃の失敗した敵勢レーザー線は本来軌道を障害なく進み、第三期公団軍所属の探査艦へ音も無く達した。
直撃箇所はいずれも艦体右側面。中心線に沿い、艦腹から艦尾へ至る6ヵ所。
6つの細光が順々にエクセリオン外面へ命中し、装甲壁を吹き飛ばして艦体を抉る。
防御を取り払われた艦は、被爆点から外壁片を撒き散らしつつ衝撃に揺れた。
「相手からのレーザーが命中ぅー!8番、12番、13番、16番から18番区画まで被弾。各装甲面第4層まで破損!」
悲鳴の類似声で、カーナは被害状況を報じる。
彼女の見遣るモニターにはエクセリオンのダメージ率が赤々と灯り、艦体図にアラート信号を付与していた。
破壊された外装内奥。高熱量で融解する多重隔壁が道を拓き、艦内要区が露出する。強制的な開放部からは循環中の酸素が一気に漏れ出し、代わりに大量の真空が流れ込んだ。
「損害箇所に人が居るよぉ!」
艦内モニターに表示され被害区画。其処に乗組員の生体反応を認め、オペレーターは涙を流す。
問題部は既に酸素残存量が0に近く、尚且つ穿たれた外装面から艦外へ、あらゆる物が吸い出されていた。その中には人間も含まれる。
残念ながら、現時点で彼等を救う術はない。艦外活動用の作業スーツも着ずに宇宙へ放り出されれば、その瞬間に死んでしまうのだから。
「乗員を避難誘導後、被害箇所の隣接区を一斉閉鎖」
「ら、ラジャー!」
レンの提示した対応策に了解を示し、カーナは速やかに艦内放送で避難勧告を発す。
仲間の死による動揺と悲哀に胸中を激しく掻き乱すカーナだが、レンの強い声は少女に嘆く間を与えず作業へ務めさせるだけの強制力を持っていた。
ここで彼女が働かねば、被害の拡大は必死。これ以上の犠牲を出さぬ為に、レンは厳しい声調でカーナの背を叩き従わせたのだ。
かく言う彼も乗員の死に心穏やかに居られず、唇を噛みながら眼鏡奥の瞳へ、口惜しさと憤怒を滾らせる。
カーナの悲痛な声を聞いていたラウルやシュウカ達も、大凡に同様の様子。
渦巻く悲しみに涙を流しながら、艦内統括担当オペレーターは被害区封鎖目的のコンソール操作を続けた。
「やってくれるじゃないか」
怒気の滲む声を吐き出し、キリエは手許に開かれたホログラムモニターを睨む。
被害状況の実地映像が映されるモニター。その右端には、今の攻撃によって命を失った乗員の名前が並べられていた。
総数4名。誰もがキリエの半分程しか生きていない、年若い者達だ。
「……フィルモアに新たな動きあり。……装甲鐵弾誘導爆炸の複数射出を確認」
「これ以上はやらせられないよ。連装荷電粒子砲で叩き落すんだ!」
抑揚ない言葉の中にも辛さが見え隠れするルーリーの状況報告へ続き、キリエが行動案を即時に組む。
それに従じて、スコープを覗くシュウカは狙いを定め艦載砲の制御を行った。
「野郎、好き勝手してんじゃねぇぞ!」
同輩の仲間衆を奪われた怒りから、砲撃手の手にも力が込もる。
灼熱の息吹に伴い、握った砲撃桿が平時の倍以上もする勢いで動かされた。
彼女の操作はエクセリオン上方、鯨の背面へ相当する部分に変化を与える。平らな背面体の装甲壁が左右へ滑り、下部より5つの砲台が現れ出た。
砲台の1つには3連の砲身が乗り、総計15個の砲門が一斉にフィルモアへ向く。
一方、無人の敵勢艦からは100発近い装甲鐵弾誘導爆炸が撃ち出され、弾頭の群が探査艦へと押し寄せてきた。
「ラウルは回避機動を続行。シュウカ、全部射ち落とすつもりでいきな!」
「了解でっせ」
「言われるまでもねぇ!」
艦長の激に各自で応じ、艦橋メンバーは己の割り当てに力を注ぐ。
襲い来る装甲弾を横合いに見据え、ラウルの手によりエクセリオンは宙域を疾駆。
津波のような弾群をロック機構に捕捉するや、シュウカは指に掛かるトリガーを引いた。
同時にエクセリオン上天へ並ぶ砲塔内で内蔵されている粒子加速器が、電荷を帯びた粒子を弾頭たるべく急加速させていく。
その過程で砲口奥が金色の輝きを放ち、スパークする電磁線がプラズマ化して砲台を包んだ。
装填段階から数秒を経て、充分に出力向上が成された粒子群が、砲塔より順次斉射される。
居並ぶ砲身より撃ち出されるのは黄金に光る弾線で、強力無比なビーム砲。15本の光帯は向かい来る装甲弾を飲み込み、同体を次々に破壊して宇宙空間を突き進んだ。