第1話:探査艦
暗黒の空が何処でも広がる、終わりなき宇宙空間。
数多の星々が鮮やかに煌き、自己の存在を誰とはなしに誇示している。
その只中を進む一隻の航宙艦。
全長にして200m余、かつての母星が大海原を悠然と流離っていた大型海生哺乳類、シロナガスクジラを模した形状の宇宙船だ。
艦の側面には資源惑星開発公団のシンボルマーク、惑星アウエリウスを示す青い星が刻まれている。
その艦、第二期公団軍所属の探査艦は、主星アウエリウスより7000兆km程離れた未開宙域を単艦で移動中だった。
主星を離れ、前人未踏の外星系へ資源獲得を目的に旅立ってより1年あまり。
道中で巡った星の中から有力な資源採出候補を選び出し、其処で得たサンプルを多数有して、現在は帰路の途についている。
星暦2070年代、如何に宇宙船の航行速度が高速化を遂げていると言っても、通常の航法ではアウエリウス到着まで有に数ヶ月を要す距離だ。
しかし恒星間航法技術を使えば、14日程で帰還が可能である。
恒星間航法技術とは、既存の存在空間を超重力波によって一時的に歪曲させ、発生した時空歪を突き抜ける事で、天文学的な距離を瞬時に移動する航法を言う。
一枚の折り紙を想像して欲しい。
その先端から先端までを真っ直ぐ進むのが通常の航法。
折り紙の両端を真ん中に向けて幅寄せし、生じた凹凸部を突き破って直進するのが恒星間航法技術。
そう考えて頂けば判り易いだろうか。
この航法を手に入れて以来、人類の宇宙圏渡航速度は飛躍的に上がった。
更に今まで辿り着けなかった超遠距離にも容易く到達出来るようになった為、活動領域は爆発的に拡大したと言える。
だがそれ程の広範囲へ足を踏み入れられるようになっても、人類にとって有益な惑星は殆ど見付からないのが現状だった。
人類が見付け出した地球環境に類似した惑星は、未だアウエリウスのみであり、それ以外に地球系の惑星を発見出来てはいない。
微生物や植物系列の生命体は何種か見付け出しているが、人類級の知的生命体とは全くの未遭遇である。
尚、発見当時のアウエリウスは、恐竜が闊歩する以前の原始の地球環境に近い構成だった。
そんな宇宙を旅し、人類に有意な存在を探し出すのは至難。
それでも資源惑星開発公団は諦める事無く、並々ならぬ苦労を経て、資源探求の旅を成功に導いた。
全ては彼等を待つ祖国の為、彼等を待つ人々の為に。
鯨型の航宙探査艦。その艦首から船体へ向かう途中、丁度鯨の噴気孔が位置する部分に、当艦の艦橋がある。
そこは艦の運用に不可欠な制御系が密集した司令塔。内部は上下二段からなる二層構造。
下層左方に索敵及び通信士がレーダー系装置を前に座り、下層右方に艦体管理オペレーターが艦内情報表示モニタと向き合っている。
下層中央前列には操舵手が操舵桿を握りながら専用シートに腰掛け、中央後列では火器管制担当の砲撃手が退屈そうに欠伸を噛み殺す。
上層中央、艦橋内を見渡せる場所には艦の全権を取り仕切る艦長の座席があり、その右斜め後方に補佐役の副官へ宛がわれた席が設けてあった。
艦橋正面部は、外の様子を一望出来る上下全域ガラス張り構造。但しこのガラスは高純度の特殊加工製耐硬性ガラスであり、隕石の直撃を受けても破られない堅牢さを誇る。
これ以外にも艦体の随所に現在最高の装備を実装されているのが、ヴァレリア連邦統一政府とグロバリナ帝国の期待を一身に集める資源惑星開発公団の探査艦だ。
余分な装飾が見当たらず、無駄のない機能的な設備配置をしている艦橋内。その最上位部へ位置する艦長席に、壮年の男性が座っている。
50代前半で大柄。口髭を蓄えた厳しい顔の男だが、表情は柔らかい。
着用しているのは、資源惑星開発公団の正式ユニフォームである白を基調としたブレザーとスラックス。上着の左上腕部に、艦体に描かれるのと同じ青い星が意匠化されている。
壮年の艦長は座席に深く腰掛け、艦橋の開け放ち型フロント部より覗く宇宙を眺めていた。
その隣には息子ほどに年の離れた若い副官が立ち、艦長同様に果てない宇宙へ視線を送っている。
「あと少しでアウエリウスですね、提督」
横合いに視線を向けて、年若い副官が述べた。
それへ艦長は横目を送り、一つ小さく息を吐く。
「提督というのは止めてくれ給え。私はもう軍属ではない」
「申し訳ありません。しかし提督は大戦の英雄です。如何に軍人でなくなったとは言え、貴方を尊称する名にこれ程相応しいものはないでしょう」
艦長の提言に副官は一度頭を下げながら、しかしその旨を受領しない。
それは今航海が始まってから、副官との間で何度となく繰り返されたやり取り。
毎回変わらぬ副官の答えに、艦長は苦笑を刷いて小さく首を振った。
「君も頑固だな。この一年間、それだけは決して譲らなかった」
「申し訳ありません。性分ですので」
副官が頭を下げる。
しかし艦長は片手を上げてそれを制した。
「いや、構わんよ。簡単に自分の信念を曲げる輩よりも余程信用出来る。その堅くなさが、君という男を優秀足らしめる要因なのだろう」
「恐縮です」
そう言って、副官は再び頭を下げる。
彼の様子に微笑しつつ、艦長は背凭れに身を預けながら両手を組んだ。
「君には随分と助けられたからな。多少融通が利かなくとも、容認しようじゃないか」
艦長は視線を漆黒の海へ注いだまま、穏やかに笑う。
かつて統一政府の艦隊を率いて帝国軍と戦った歴戦の猛者は、自分の半分にも満たない若造を軽んじる事無く、色眼鏡なしに評価していた。
己の地位や経験に胡坐を掻かず、何者にも公正な態度で接する彼に、副官は敬意を払っている。
艦長の人となりだからこそ、彼は自らの身を惜しまず、全力を傾けて手助け出来るのだ。
そうしたいと思わせる人物は、副官が今まで出会ってきた者の中に於いて、この艦長のみ。
彼にとって艦長に対す『提督』という呼称は、幾多の思いからくる絶対的信頼と尊意の表れである。こればかりは譲れる筈がない。
資源惑星開発公団の探査団は、第○期公団軍と呼称されますが、この場合の軍は統一政府軍や帝国軍とは別個の組織です。
統一政府軍や帝国軍とは性格も異なり、両軍が防衛・侵略等の戦闘に主眼を置いているのに対し、公団軍はあくまで探索がメインになります。
それでも探査目的地で未知の存在と戦う場合を想定し、それなりの武装は持っていますが。
軍と呼称される由縁は、そこにある訳です。
尚、もしまた戦争が起こったとしても、公団軍が武力介入する事はありません。
元々が軍組織では無いので。