第18話:歪曲重力障壁
炸裂する装甲弾が、白い球状の爆波を形作る。
空気の存在しない宇宙に於いて、赤熱する炎が生じる事は無い。視覚化される爆発は、光量の差異と規模に因る発光現象としてのみ認識された。
「へっ、ざまぁみやがれ。全弾命中だバカヤロー」
幾つもの白球に覆われる敵勢艦をスコープ越しに見遣り、シュウカは嬉々として口唇を裂く。
艦橋前面の天窓から覗く同じ光景を見て、カーナは座席から身を乗り出した。
「やっつけたの?」
「さぁな。だがよ、あれだけ食らえば無事じゃいられめぇ」
色好い答えを期待する少女の問いに、シュウカはスコープから顔を上げて返す。
面上には優勢を確信した勝裕を浮かべ。
だが、艦外情報表示モニターを見詰めるルーリーは、そんな彼女の考えと真逆な実情を定淡に告げた。
「……フィルモア、質量及び速度に変化なし。……進路そのまま、来ます」
索敵担当の報告直後、群がる白球を破り、巨艦が健全な姿を現す。
叩き込まれた攻撃の数に反し、艦体は全くの無傷。
その事実がシュウカの意表を突き、且つ驚愕させた。
「なんだとぉッ!?」
信じられない。という表情作る砲撃手を余所に、フィルモアは正面からエクセリオンへ急接する。
同速度で移動する両艦が互いの距離を縮めて、まじかに迫るのは早い。
そのまま進めばどうなるかを、ルーリーは抑揚ない声で述べた。
「……衝突軌道です」
「ラァーーウル!」
面前の硬性ガラスへ強視線を突き込んだキリエの、艦橋内全域へ轟く烈号が飛ぶ。
それは狼の出現によって足の竦んだ羊と、羊の再起再動を促すべく一喝する羊飼いの関係に似ていた。
正面から、速度も落とさず突っ込んでくる艦。これはチキンレースでもない。本来なら起こる筈のない状況だ。
薄い現実味からなる非常事態が、ラウルの思考を停止させる。全ての行動も合わせて。
そこへ届いたキリエの激声。
反射的に我へ返り、ラウルは操縦桿を思い切り捻った。
「おわっとぉ!」
桿の動きに連なり、鋼鯨が巨体を左方へ傾ける。
艦右側面が前位置から上天へ上がり、対して左側面が下方へ落ちた。艦の中腹部を支点に、左皿へ重りを乗せた天秤の如く、エクセリオンは状態を推移させる。
僅かの後、艦体の傾斜によって開いた空間をフィルモアが走り抜けた。
双方が充分ならざる合間で交差する時、不可視の重力場が重なり、そして激突する。屈折した重力歪みが密着する事で、同等のエネルギーが反発しあい衝撃が生じた。
それは艦其の物に影響はないながらも展開されていた障壁を揺さぶり、歪曲率を大幅に修正・無力化してしまう。
「……フィルモア、当艦下面部を通過」
「あぁ!歪曲重力障壁の出力が40%も落ちてる〜!」
ルーリーの状況説明に、カーナの甲高い悲鳴が被る。
艦内情報統括オペレーターの声は、それだけで索敵担当の低楚な声を掻き消してしまった。
「制御ミスか?」
「違いまーす。カーナちゃんの操作はカンペキでーす」
不審げな顔をするレンの言葉へ、カーナは頭上で両手を交差させ『×』の字を作る。
手抜きか、作業ミスか。どちらに因っても自分の所為と思われるのへ憮然とし、頬を膨らますオペレーター。
そんな状況の中、背面席に座る同僚の不正嫌疑を晴らす解への足掛かりを、ルーリーは淡々と口にした。
「……フィルモアの周囲にも重力の変動率を確認。……歪曲重力障壁を展開しているものと思われます」
「障壁同士の衝突で、展開率が緩和されたか」
索敵官の通告によって答えを導き、レンは片手で眼鏡を押し上げる。
一方のカーナは濡れ衣を免れた事に喜び、笑顔でルーリーへVサインを送った。
艦内最年少の少女は、背中へ感じるオペレーターからのアクションに、座席を回して視線を向ける。そうして見えたピースを、前髪に隠れて相手からは確認出来ない双眸へ映し、小さく微笑んだ。
「どうやら先の攻撃も、完全に防がれてしまったようだな」
「クソがッ!さっきまで張ってなかったくせしやがって!」
納得する副官とは対照的に、シュウカは怒気も露にコンソール端を拳で打つ。
心底悔しそうな顔をして、音漏れも気にせず強く歯軋りした。
「歪曲重力障壁張られてちゃ、簡単には手が出せないね。となれば、シールドに消えてもらうしかない」
敵勢艦の状態確認を終えたキリエは、腕を組み目を細める。
正面のガラス窓に注いでいた視線を下層へ落とし、艦長は砲手担当へ両瞳を固定した。
「シュウカ、反重力転射砲の用意だよ」
「了解だぜ、姐御」
与えられた次令に、シュウカは両目を光らせて頷く。
戦艦に常備されている歪曲重力障壁は、凡そあらゆる攻撃を無力化する優秀な防御システムだ。これが艦体を覆っている限り、如何なる攻撃も通用しない。
それ故に航宙戦艦同士の戦いは、まずこの重力障壁を無効化する事から始める。
重力構成によって作られる力場を破るには、同質の重力波をぶつけ、歪曲発生している重力の変動率を改正すればいい。要は『+』を『−』で中和し『0』とするのだ。
以上の理論を用い、艦体防御用に構築される歪曲重力障壁解除目的で考案されたのが、反重力転射砲である。
「ヤロウ、邪魔っけな盾を引っぺがしてやるぜ!」
両目をギラつかせながら、シュウカはコンソール操作を行う。
大戦中に嫌と言う程繰り返し体が完全に覚え込んでいる一連の運びは、機械の正確さであり、また素早い。ただ彼女の性情を表すのか、少々乱暴だが。
砲撃手の巧みな操法により準備が進められる最中、ルーリーが敵艦の新たな動きを伝えてきた。
「……フィルモア、当艦後方で進路反転。……両舷に重力場の集約を確認」
「奴さんも、同じ事考えてるみたいだね」
齎される新規情報に耳を傾け、キリエは鼻を鳴らす。
艦載頭脳の反乱にせよ、正体不明の要因にせよ、相手も航宙艦戦の鉄則は踏まえているらしい。
まともな戦闘になる予感が、久方ぶりのキナ臭さを彼女に感じさせた。
「……フィルモアに発生する重力反応ですが、膨張量が普通ではありません」
敵艦の状態を観測モニターを介してチェックしているルーリーが、少しばかり声に固味を帯びて言う。
索敵担当の微妙な声質変化を感じ取り、レンは続報の提供を促した。
「どういう事だ?」
「……敵勢が充填中の反重力転射砲ですが、重力の集合率が既存のものを大きく上回っています。……発射可能となるまでの時間が、通常よりも短縮されるという事です」
艦橋一同へ現状を伝えながら、ルーリーはモニターを見詰め続ける。
彼女が見遣るホログラムモニター内では、表示されている敵勢情報の重力変動値が、異様な速度で高まっていた。
それは明らかにエクセリオンを上回っている。自艦側がまだ半分にも満たぬ間に、相手側は完成寸前なのだから。
「何時、終わりそうなんだい?」
腕を組んだまま、難しい顔をするキリエの問い。
ルーリーはこれへ、在りのままを告げた。
「……今、終わりました」
少女の言葉が、艦橋へ静謐な沈黙を与える。その時間は一秒にも満たない。
次の瞬間、キリエは轟声で艦動を命じた。
「全速軌道!敵艦砲の放射線上から逃げな!」
「了解でっせぇ!」
響き渡る艦長の声で、ラウルは即座に反応をする。
細目を開いて握る操縦桿を回し、直進中だったエクセリオンの艦首を横へ流した。
45度角の急転を経て、自艦はそれまで横方だった側へと高速進行する。
進路変転で移動を始めたエクセリオンだったが、フィルモアは糸か何かで繋がっているように、艦先方をその軌道へ合わせ動いた。
逃がすつもりはない。それは充分すぎる意思表示。
「……駄目です、フィルモアの狙点から外れられません」
情報モニターを注視して、ルーリーが呟く。
フィルモアの両舷、鯨の胸鰭に相当する部位では、圧縮された重力場が暗色の球体状に構築されていた。
極短時間で充分な成長を遂げた二つの重力球は、狙いから逃れようと必死なエクセリオンを定め、今、解き放たれる。