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第16話:曲がらぬ思い

「姐御もよぉ、ヒヤヒヤさせてくれるぜ」

 艦の内外を隔てる乗り入れ口前で、シュウカは無事な左肩を竦めてみせた。

 彼女の視界方には、爆炎の到達寸前でエクセリオンへ逃れ果たしたキリエが立つ。

「確かに、ちょいと際どかったね」

 全速疾走後あというのに、キリエは息も切らさず笑みを刷く。

 その姿を見ながら、艦外閉鎖扉の操作パネル前に佇むカーナは、エクセリオン艦長への感想を述べた。

「最後のダッシュは凄かったよぉ!カーナちゃんだったら丸焦げになってたかも〜」

 両手に握り拳を作り、興奮冷めやらぬ顔で身を乗り出す。

 熱の込もった少女の視線に笑みを向け、キリエは否定の形に首を振った。

「凄いなぁあたしだけじゃないさ。アンタの操作も完璧だったよ。ジャストタイミングって奴だ」

 カーナの顔を見て、自分が艦内へ飛び込んだ直後に艦外閉鎖扉を閉ざした彼女の働きを評価する。

 上司の飾らぬ褒め言葉を身に受けたカーナは、面上を喜色で満たして得意気に微笑んだ。

 全員の無事な帰還へ安堵と歓喜を表す女性陣。レンはそれを余所に、硬さが解けぬ表情のまま、常備している情報端末ツールの通信機能を働かせた。

「艦長、以後の指示を御願いします」

 キリエへと短く言い、彼は動かしたばかりの情報端末を差し出す。

 装置上面の空間内にはホログラムモニターが表示展開され、其処へ艦橋の様子を映していた。

「ああ、そうだね」

 副官の申し出に頷きつつ、キリエは表情を引き締め情報ツールを受け取る。

 モニターを覗き込み、その中に見えるブリッジクルーへ号令を飛ばした。

「ラウル、あたし達は戻ってきたよ。全速力でフィルモアから離れな」

『お、無事に帰ってきなはったんか。了解でおま』

 モニターの向こう側で、糸目の操舵手は軽快に応じる。

 それと同時、彼の運転によりエクセリオンが航行を開始した。

 オートバランサーによる高度な姿勢制御と重力保護によって、艦内は通常的な航行の反動等が完璧に遮断されている。その為、乗組員は旧世紀の航空機や船舶のような移動感を殆ど受けない。これによって航宙艦は止まっていようが動いていようが、変わらぬ安定感を積載物と乗員へ与えていた。

「よし、あたし達もブリッジへ戻るよ。シュウカ、アンタは医務室へ行きな」

 操舵手への指示を終え、キリエは一同を見て口を開く。

 そうして艦橋目指し、フィルモアと同じ構造の通路を歩き始めた。

『……艦長』

 部下を伴い移動に入るキリエの許へ、情報端末から声が届く。

 呼び主は、垂れた前髪で鼻の辺りまでが覆い隠されたルーリーだった。

「どうかしたかい?」

『……フィルモアは当艦の機動へ添うように進路を反転。……こちらを向け、高速度で追ってきています』

 索敵及び通信担当官は、抑揚ない声調で告げる。

 この報告にキリエは眉根を寄せ、剣呑な目付きとなった。

「奴さんもいい加減しつこいね」

 不快感の滲む独語を為し、キリエはモニターへ映るルーリーへ意識を戻す。

 髪に隠れて半分は見えない顔へ、キリエが改めて視線を注いだ時、索敵担当の少女は落ち着いた声音で続報を投じた。

『……フィルモアの各所方に、高エネルギー反応及び熱量の集束を確認。……当艦が捕捉されています』

「何だって?艦載兵装を使うつもりか」

 重要事を淡々と述べるルーリーに対し、キリエは明瞭な表情変化を以って応じる。

 相手の戦意を受け、キリエの胸中に燻る反骨心が徐々に灼熱味を帯びてゆく。燃え上がる敵愾心を瞳に宿し、彼女の目付きは普段と比べ別人の如く鋭利と化した。

「判った。状況の把握と報告を随時続けな。ラウル、多少無茶な運転をしてもいいから攻撃は可能な限り避けるんだよ。あたし達も直ぐに行く」

『……了解』

『やるだけはやってみまっせ』

 軍人の顔で命令を下すキリエへ、艦橋に残る二人は了承の意を告げる。

 その後、エクセリオン艦長は振り返り、残りのブリッジメンバーを見遣った。

「聞いての通りだ。急いで戻るとしよう」

「はーい」

「判りました」

 キリエの言葉にカーナとレンが頷く。

 各々の反応を確認してから、キリエは再び進行方向を向こうとした。だがそれを止める声が残る一名から上げられる。

「オレも行くぜ」

 発言者はシュウカ。

 応急的な処置だけを施した右肩を押さえ、彼女は今昔の上司へ宣言する。

 キリエはそんな彼女の顔を見て、やや難しい顔をした。

「何言ってんだい。アンタはまず、その傷を診てもらいな」

「待てよ姐御。あの化け物野朗がこっちを狙ってんだろ?艦同士の喧嘩ってんなら、オレの出番じゃねぇか」

 艦長の言葉を撥ね退けて、砲撃手は左手で自らの胸を叩く。

 こういう時の為に居るのが自分。今こそ働くべきだと、彼女の瞳は強く訴えていた。

 かつての、そして今の部下たるシュウカが思いを、キリエは良く判っている。彼女の真剣な顔を見れば、抱く意志が決して折れない事も同様に。

 それ故にキリエはシュウカの目を見詰め、あるかないかの思案を経た後、首を縦に振った。

「そうだね。なら行くよ」

「おう!」

 許可を下すと共に正面を向き、キリエは足早に歩き出す。

 司令塔の言葉へ威勢よく答え、シュウカは意気揚々とそれに続いた。

「マシュー、大丈夫なのぉ?」

「へっ、見掛けほど大した傷じゃねぇっての。こんなもん唾付けときゃいいんだよ」

 隣進むシュウカを心配そうな目で見るカーナへ、当人は強気で返す。

 そんなものが痩せ我慢でしか無い事は、傷の度合いから見て誰の目にも明らかだ。

「艦長、いいんですか?」

「本人のやる気は尊重すべきだろ。頑張ってもらおうじゃないか」

 背後から問う副官へ、キリエは前を向いたままで言う。

 勿論、キリエにもシュウカの状態が決して良くないのは判っている。だが例え今この場で同行を拒んだとしても、彼女は強引に付いてきただろう。

 敵を、戦いを前にしたなら、シュウカはどんな場合であろうと背を向けたりはしない。敢然と立ち向かい、全力でこれを叩き潰す。大戦期からの付き合いを持つキリエは、そうしたシュウカの性格を正しく理解していた。

 それに、これからフィルモアと一戦交えるのならば彼女の力は必要だ。

 シュウカの性格と現状を考慮した結果、彼女の同行を許可したのである。

「まさか軍隊辞めてまで、戦闘指揮する破目になるとは思わなかったよ」

 誰とはなしに呟いて、情報端末の通信回線を切り替える。

 キリエの操作により情報ツールの通信モードは、エクセリオン全域への同時放送という形式となった。

 艦内に在る全乗員へ自分達の体験と、エクセリオンの置かれている状況を教える為。そしてこれからの行動へ備えさせるべく、必要な指示を皆に与える為。

「全乗員に告げる。耳の穴かっぽじってよーく聞きな!」

 乗組員一同へ対し、キリエは雄々しい態度で放送を始める。

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