第15話:いざ脱出
無尽蔵なる妨害を不屈の意志で退け、四人はエクセリオンへの道を駆け進んだ。
だが出口をまじかへ控えた箇所に、新たな障害が彼女等の逃走を阻まんと立ち塞がる。
「見て!」
異変に気付いたカーナが、前方を指差す。
少女の指し示す先、真っ直ぐ伸びる通路の途中で、上下左右より分厚い隔壁が迫り出していた。
それは探査艦の防衛機構して備えられていた物。艦内で何かしらの事故が発生した場合、被害の拡大を抑える目的で起動する区画閉鎖用隔壁である。
侵入者を逃さない為、通路を閉じようと隔壁が動き出したのだ。
それも一つではない。通路の奥から順々に現れ出た計三つの隔壁が、キリエ達の退路を断つ。
四方向から現れた各壁片が中央で合わさり、頑強な抗耐防壁を完成させて。
「クソ、此処まで来てかよ!」
眼前で道を塞ぐ硬壁を睨み、シュウカは口惜しさと怒りの合わさった声を吐く。
彼女等が見ている前で、堅牢な隔壁は動きを止めた。
一同が辿り着くより先に通路を閉ざし、それ以上の進行を固く封じる。
後少しでエクセリオンへ戻れるというのに、越え難い防壁に阻まれ、カーナが落胆を露にした。
「あぅぅ、もー少しだったのにぃ〜!」
「今更諦める訳にはいかない。こうなれば強行突破だ」
拳を握って悔しがるカーナを背にして、レンはブレードの刃を水平に寝かす。
切っ先を隔壁に向け、数m手前で足を止めた。その場で体勢を低くし、眼鏡下の瞳を鋭く細め、真っ直ぐに標的を捉える。
隣ではシュウカもそれに倣い、左手に握った木刀武器を腰溜めに構えた。
「待ちな」
意識尖らせる両者を、後方からキリエが制す。
リーダーの呼び掛けに、シュウカとレンは構えを解いて振り返った。
「姐御」
「艦長、何か?」
我が方を見る二人に頷き返し、キリエは前へと進み出る。
横面にカーナの期待に満ちた眼差しを受けつつ、手にした武器を示し上げた。
「テンパってるとね、肝心な事が見えなくなるもんさ」
キリエは言いながら、多目的兵装のモード切替ボタンを押す。
それによって今まで姿を晒していた銃身は引き、内奥から大口径のバズーカ砲門が滑り出た。
艦橋の入り口を吹き飛ばした、大威力兵器である。
形態変更の終了した武器を肩に担ぎ、エクセリオン艦長は砲門を正面の隔壁へ定めた。
「こいつはあたしの仕事だ。下がってな」
目視で照準を合わせ、キリエは両脇に立つ部下へ命じる。
事態解決の最有力案を失念していた砲撃手と副官は、自分達の浅はかさに苦笑を浮かべ、言われるまま数歩後退さった。
キリエと立ち位置を入れ替え、一行の後方に就いた二人は、妨害壁を彼女に任せて襲い来る追撃群を迎え撃つ。
シュウカとレンが敵勢の排除へ努めている間に、キリエは担いだバズーカ兵装のトリガーを引いた。
絞られた引き金は内部機構へ連動し、兵器内に装弾されている爆裂弾頭を放出させる。
砲門の暗い穴から撃ち出された弾頭は、標的目掛けて空中を突き進み、あやまたず堅固な隔壁へと命中した。
弾頭と壁面が接触した瞬間、局地的ながら激しい爆発が起こり、赤熱した炎の波が周囲へと飛散する。
強烈な衝撃は再び空間中を駆け巡り、一同の髪や着衣を暴風に煽られたが如く靡かせた。
着弾点から溢れ出る黒煙が床を這い進み、満足な視界を奪う最中、キリエの卓越した両眼は目標物の損壊を確認する。
中央から大きく抉れ、本来の役割を成さなくなった隔壁。其処に穿たれた大穴から、キリエは次の標的を定め見た。
「もう一丁ぉ!」
言うが早いか、キリエは先の砲撃姿勢から次弾を放つ。
続けて吐き出される弾頭は同じ速度で直進し、一枚目の隔壁に出来た穴を潜って二枚目へと到達。
初弾と同程度の爆発が通路の先で引き起こされ、追い討ちのような衝撃が空を駆けた。
「トドメぇ!」
隔壁穴を通って漏れ出る煙炎をまともに受けながら、キリエの指は三度目の砲撃を促す。
指運が招いたバズーカの起動。砲門から繰り出される第三弾が、立ち込める爆煙の中へと吸い込まれた。
それより3秒程の間を置いて、三回目の爆音が響き渡る。
「わきゃぁ!」
半瞬遅れて届いた衝撃がカーナを転ばしかけ、レンとシュウカの斬撃へ重なった。
「三人とも、走りなぁ!!」
担いだ兵器を手へと持ち替え、モード変更ボタンを押しながら振り返り、キリエは若年組へ声高に叫ぶ。
連続する轟音を近しい距離で聞かされた為、全員の耳は一時的な機能不全を起こしていた。だがキリエの猛喝は各員の耳朶を打ち、明確な言葉として各々へ認識される。
あまりの大きさに、空気の震えを肌で直接感じられた程。その威力たるや、驚くかな爆音と大差ない。
自分自身の不調な耳へ届くよう放った一声であるも、それは規格外の肺活量と強靭な声帯が起こす人間離れした声量だった。
「姐御が道を作ってくれたか。よっしゃ、行くぜ!」
聞き取れる音が曖昧な世界にあって唯一判然とするキリエの声に、シュウカは踵を返して走り出す。
彼女の走行と時を同じく、レンも最後の一振りを終えて反転した。
「このまま行けば、エクセリオンまで直ぐだな」
迫る線管を薙ぎ払い、床を踏み締め駆け始める。
彼等より一足先に走り出していたカーナは、最初の隔壁穴を飛び越えてから背後へと顔を向けた。
「マシューにレーちゃん、早く早くぅ!」
その場で飛び跳ねるようにして両手を振り、後方の二人を急かし呼ぶ。
尤も、完調でない皆の耳に彼女の声は全く届いていないが。
全員が自分の横を抜けて隔壁へ向かったのを確認してから、追い縋るコードとパイプの混成群へ銃撃を行っていたキリエも、燻る煙の渦中へと躍り行った。
「走れ走れ!逃げたきゃ死ぬ気で走りな!」
キリエの豪声に背を押され、レン達は視界の悪い黒煙内を只管走る。
隔壁を越えた先からは襲撃体の気配がない。それ故、三人は前だけに集中し、脚へ全力を込めて走り続けた。
先頭をカーナ、次にシュウカ、そしてレンという並びで全速走行する三人を追い、キリエも床を蹴り進む。
背後からは、相変わらず追っ手が掛かていた。無数の線管群が通路の全容霞ませる煙を突き破って、最後尾に在るキリエを襲う。
「こいつらのシツコサからすると、この艦はスッポンの亡霊にでも取り憑かれてんじゃないかい!」
憎々しげに言い捨てて、キリエは走りながらも振り返る。
バルカン型へモード変更した兵器を水平に揺らし、広範囲へ鐵鋼弾を送り込んだ。
しかしその途中で、引き金を引いても弾丸が発射されなくなる。
トリガーを絞っても馴染んだ射撃感は得られず、代わりに乾いた小音が兵装の内側から零れるだけ。
「チッ、こんな時に弾切れとは」
キリエが痛恨の表情で舌打ちする。
彼女の後方煙からは、次の襲撃班が飛び出してきた。
その集団を睨みつけ、キリエは兵装の切り替えボタンを押す。と同時、三連装の銃身下面部から円形の鋸刃が現れる。
それは即座に回転を始めるや、キリエが兵装を振るに合わせ、触れた線管を切り裂いた。
可変兵装の近接戦闘形態、電ノコモードである。
「オラオラオラオラ!邪魔者は皆ブッタ切るよ!」
近付く敵勢を容赦なく切り飛ばし、キリエはドスの効いた恫喝を叩き込む。
相手が人間や獣であれば怯ませるに充分な効果を見せただろうが、感情や神経のない無機物では単なる啖呵と変わらない。
けれど、そんな事はお構いなしにキリエの攻撃は追っ手を敗り通した。
尚、この間にあってキリエは歩を止めず走り続けている。
腰を捻って上体を背方へ向け、或いは完全に振り返って後ろ向きに走りながら、休まず攻撃を繰り返した。
常人には真似出来からざる器用な反撃をやってのけるキリエより、幾らか離れた前方部。一団の最先頭を行くカーナは遂に、エクセリオンへと通じる係留橋前へ辿り着く。
幸いにも外へと通じる扉は、侵入時のまま開け放たれていた。
其処からは円筒形の係留橋がエクセリオンまで伸び、確固とした脱出路を一同へ示す。
「やったやった、出られるよ!」
艦外への道を指差して、カーナは歓喜の声を上げる。
少しずつ回復してきた耳に掠れる音を聞き、シュウカとレンも出口を認めた。
「しっゃぁ!これで化け物ん中からオサラバだ」
「こっちは無事だったか。助かったな」
拳を握り痛快な笑みを見せるシュウカ、最悪の事態だけは免れて胸を撫で下ろすレン。
これに喜色満面のカーナを加えた三人は、立ち止まらずに係留橋へと駆け込んで行く。
「カンチョー、早くぅー!」
「姐御、こっから逃げられるぜ!」
「自分達はもう大丈夫です。艦長もお早く」
自艦へと伸び続く増設通路の中程で歩を止めて、後背へと振り返った三人はキリエを呼ぶ。
部下達の声に口許を緩め、女性艦長は手に持つ兵装の可変ボタンを押した。
「よぉし。アンタ達はそのまま行きな!」
晴れ抜けた煙の向こうに係留橋を見て、その途中に立つ三者へ叫ぶ。
それと共に、握っていた大型可変式多目的兵装を手放した。
武器を失くす事でキリエは全神経を正面にだけ集中し、持てる力の総てを走行力に注ぎ込む。
「ドリャァァァァァッ!」
再び超絶声を喉奥から轟かせ、彼女は脚部を構成する筋肉を全力運動させた。
今までと比べ倍近い速度で通路を一気に駆け、追ってきたコード群を脚速で振り切る。
そのまま開けっ放しの艦外閉鎖扉を越え、係留橋へと飛び込んだ。
しかし止まらない。止まらず更に走る。
カーナ達は彼女の言葉に従って、既にエクセリオンへと入り込んでいた。その為に今この道を進むのはキリエだけだ。
彼女が係留橋の半分を過ぎ、自艦への入り口まじかまで迫ろうという時、フィルモア側で爆発が起こる。
バズーカの砲撃を上回る、凄まじい大爆発。
捨て置かれたキリエの武器が、自爆装置を起動させたのだ。
発生した爆炎がドーム状に拡大化して、キリエ達の通ってきた通路を一瞬の内に飲み込んでしまう。
灼熱の炎雲は群がっていたコード群を焼き尽くし、勢いを衰えさせぬまま燃え上がった。
猛り狂う炎は係留橋にも至り、エクセリオンへの道を直走る。
「今直ぐ、橋を落としな!」
尋常ならざる速度で迫る炎を背に、キリエは前方位目掛け命令した。
次の瞬間、彼女は開かれていたエクセリオンの入り口へと飛び移る。
大柄なキリエの体が艦内に入ると同時、艦外閉鎖扉が閉まり、係留橋は切り落とされた。
係留橋がエクセリオンの艦側から離されると、円筒形の増設通路内に真空が一挙に流れ込み、地獄の業火を思わせた炎は一瞬で消えてしまう。