第14話:通信
コードやパイプの絶え間ない襲撃を凌ぎ、閉ざされた道を開き進む最中。キリエが懐に備えていた通信機より、エクセリオン艦橋から連絡が入った。
『艦長はん、聞こえてまっか?』
留守を預けた操舵手、ラウルの声が通信機より響く。
一同へ迫ろうとする後方の敵勢へ攻撃を続けながら、キリエはそれに応じた。
「なんだい」
『いったい、どうなってはるんで?』
通信機越しに聞こえてきたのは、焦りと不安に因る疑問の声。
キリエは襲い来る無機体を屠り続け、耳にした相手の言葉へ不審な顔をする。
姿なき連絡者の様子は、声だけなれど普段の軽薄さが形を潜めていた。キリエ等の状況を知っているから、という感じでもない。
「何がだい?」
『そっちの艦、急に速度を上げ始めましたで。こっちと繋がったまんまゆうに、そちらさんの操舵手は何してますん』
困惑の覗く声で、ラウルはフィルモアの現状を告げる。
予期せぬ報告を受けたキリエは、眉根を寄せて難しい顔を作った。
現在のフィルモアに艦の運航を行える者はいない。全乗組員は艦橋の天井に貼り付けられ、一人残らず絶命しているのだから。
死体の状態から見て、死後数時間は経過している。
エクセリオンが現宙域にゲートジャンプした時には既に、フィルモアの操縦者は居なかった訳だ。両艦は接触してしまった理由はそこにある。
にも関わらず、無人の筈のフィルモアは動き始めたという。
操縦者不在でありながら動き出した艦。正体なく荒れ狂う内部機構の群。電子頭脳の反乱か、それとももっと別の要因か。
はっきりした事は判らないが、艦のシステムに致命的な異常が発生しただろう事を疑う余地はない。
判然としない解答の模索を手早く打ち切り、キリエは自分達の見てきた在りのままを通信機へ語った。
「誰も何もしてないさ。この艦が勝手に動いてるんだ」
『はぃ?』
「乗組員は全員死んでたよ。何があったかしらないが、艦のシステムがイカレちまったらしくてね」
『つまり、どういう事でっか?』
艦長から齎される情報をいまいち解せぬまま、ラウルは答えの部分を求める。
継続される線管群の攻勢に銃撃を浴びせ続け、キリエは通路踏む歩を緩めず述べた。
「フィルモアの乗員は艦に殺されたって事さ。ついでにあたし等も今、襲われてるよ」
『な、なんやて!?えらいこっちゃ!』
キリエの言葉を受け、通信機向こうでラウルが叫ぶ。
相手の驚きようが、キリエの口許へ苦笑を刷かせた。しかしそれは、ラウルの慌てぶりに対してではない。
自分で言っていながら、自らの発言に現実味の欠ける感覚を覚えた為だ。
「あたし達は今、エクセリオンに戻ろうとしてる。あたし達が戻るまで、何とかフィルモアと同速度を保って係留橋を維持しとくんだよ」
混乱中と思しき操舵手へ、通信機を介してキリエは命令を飛ばす。
覇気の込められた一声はラウルの精神を瞬時に落ち着け、彼に承諾の意を告げさせた。
『り、了解でおま』
「それと救援は要らないからね。戦闘経験のない乗員を下手に使っても、返り討ちに遭うだけだ」
エクセリオン乗組員の大部分は、カーナ同様に戦い方を知らない者達で構成されている。
帝国軍、統一政府軍問わず軍人が資源惑星開発公団に転向しているケースは珍しくない。
だがその多くは戦艦乗りとして技能を有す者であり、キリエやシュウカ、レンといった白兵戦に特化した者は全体からすれば稀である。
キリエが通信機を使い自艦に救援要請をしなかったのは、直接的な戦闘能力を持たない者では何も出来ないと判断したからだ。
『それも了解でおま。他には、どないしましょ?』
「あたし達が戻ったら、直ぐに逃げられるよう準備しといとくれ。それだけさね」
追っ手へ可変兵装のバルカン砲を撃ち込み、キリエは必要事を伝える。
ラウルはこれを受諾して、三度目の返礼を送った。
『了解。……無事に、帰ってきてや』
「勿論さ。なぁに、もう近くまで来てるんだ、そんなに待たせやしないよ。それじゃ、頼んだからね」
縋るような操舵手の声に、キリエは淡い微笑で返す。
本気の本心を言葉から感じ安心したのか、ラウルはこれを以って通信を終えた。
キリエは反応を止めた通信機から意識を外し、改めて武器を握り直す。そのまま絶える事のない敵群へ銃撃を見舞った。
この間にも先方ではシュウカとレンが、触手の如き動きで迫るコード及びパイプの集合を討ち破っている。
けれど襲撃体の全てを完全に捌く事は不可能で、着衣の端々や露出した肌に大きさも深さも異なる幾つもの傷を、両者揃って刻んでいた。
しかしながら、二人の後を追うカーナは無傷であり、殿を務めるキリエにも背後から攻撃は来ていない。
高い白兵戦能力を持つ砲撃手と副官は、自分達が傷付こうとも其処で襲撃勢を叩き潰し、背方の者達へ危険を届けまいと奮闘する。
「ったく、いい加減に諦めろってんだ!」
「もう少しの辛抱だ」
シュウカは怒号と共に木刀武器を振るい、レンも戦闘ブレードで接近体を斬り飛ばす。
両名が倒した線管は、既に相当数へ及んだ。それでも攻勢が緩む気配はなく、止まらぬ襲撃は苛烈さを増すばかり。
連続する戦闘で両者の疲労もかなり累積していたが、休む訳にはいかない。
額に滲む汗を拭う事もせず、シュウカとレンは武器を振り続けた。
「二人共ガンバ!そろそろ出口だからね」
戦う両名へ、背後からカーナがエールを送る。
必死な二人にそれへ返す余裕はないが、少なからず力となっていた。極限的な状態時に届けられる声援は、存外馬鹿に出来ない活力となるものだ。
「だとよ。さっさとこんな……」
疲労感の滲む顔のまま、シュウカは口の端を僅かに吊り上げる。
だがこの時、前方から伸び来たコード束の一つが彼女の攻撃を抜け、その右肩を貫いた。
「クソがッ!」
肉を抉り、血管を裂いて、骨へ達す異物。それが生み出す鮮烈な痛みは思考を焼き、シュウカに熱い毒を吐かせる。
一拍遅れてレンが動き、彼の振るった刃がシュウカに刺さるコードを裂いた。
断面より小さな火花散らすコードの残片を左手で握り、シュウカは自らの肩に埋まるそれを引き抜き、床に捨てる。
空いた手で赤い血液垂れ流す傷口を押さえ、落としたばかりのコード片を思い切り踏み潰した。
「マシュー、ち、血がぁ〜」
流れ落ちる鮮血に汚れたシュウカの右腕を見て、カーナが小さな悲鳴を口によろめく。
痛みへ歪む顔を前に向けたまま、シュウカは背後の少女へ言った。
「血ぃ流してんのはテメェじゃなくオレだ。しっかりしやがれ」
傷付いた右手には未だ木刀武器を握り、痛覚に抗うよう歯を食い縛る。
この間にも一同は歩と止めず、前進を続けていた。彼女が通った通路には、指先から滴り落ちた血が点々と跡を残す。
隣立つレンは尚も次々来る無機物群を、シュウカの分まで相手取った。
「大丈夫か?」
「ケッ、こんなモン掠り傷ってんだ。んな事より、オレのお与え取るなんざ、余計な真似してんなよ」
大太刀を振りながら気遣いの声を送るレンへ、シュウカは憎まれ口で応じる。
文句を言いつつ右手に持った木刀武器を左手へ持ち替え、無事な片腕を振るい襲撃体へ挑んだ。
満足に動かせなくなった右手を垂らし、それでも戦いを止めない。
そんなシュウカへ、キリエは幾許の間だけ視線を投げた。
「アンタは喧嘩始めたら、勝つまで止めないからねぇ。もう暫く、踏ん張れるかい?」
「へっ、無理って言う訳にもいかねぇじゃねぇか。姐御、心配無用だぜ!」
軍時代の上官に答え、シュウカは勢い良く左手を振るう。
握られた木刀武器がコード束を叩き伏せ、傍近くのパイプを壁に激突させた。
「上等だよ」
戦意を欠片も失っていない砲撃手へニヤリとした笑顔を向けて、キリエも兵器の引き金を絞る。
一団を後ろから追う機構群に無数の鐵鋼弾を撃ち込み、等しくこれを破壊した。