第12話:道拓く
カーナとシュウカが出入り口を目指している時、キリエとレンもコードの群を撃退しながら同じ場所を目指していく。
その最中、それまで天井から一直線に降りて来るだけだったコード束は、自らの行動に変化を付け始めた。
空中で一度止まり、或いは停止する事無く軌道を変えて、外側に弧を描くように撓り、ともすればジグザグに折れ曲がりながら。
より一層生物的な動作で、無機物の集合とは思えない襲撃方を取る。
だが敵勢が己へ近付く前に、キリエは構えた可変式兵装のバルカン機構で、迫る一群を破壊していた。
回転する三連装砲身が吐き出す弾丸は、視認不可能な速度で宙を滑り、様々な方向から接近してくるコードを撃ち貫く。
1秒間に飛ぶ何十発もの鐵鋼弾が標的を捉え、状態維持が不可能な程に構成体を穿ち砕くのだ。
その兵器は、たった一度の銃撃でさえ常人では扱え切れぬ強烈な反動を生む。だがキリエはこれを両手だけで押さえ込み、思うが侭自在に運用した。
本来なら耐衝撃構造のパワードスーツを装着して、初めて使えるような武器だ。
それを生身で扱おうと考え、実際に扱えてしまう者など、鍛え抜かれた屈強の肉体持つキリエ以外には数える程しかおるまい。
このことからも、彼女が尋常ならざる思考と力の持ち主である事が知れた。
「まったくキリがないね」
口内で舌打ちを響かせて、キリエは銃撃を繰り返す。
進路を塞ぐように襲い来るコード束を撃ち抜き、その都度、敵対を無価値な残骸へ変質させて、キリエは脱出口を目指した。
別方では床から伸び出た無数のコードが、自分達とは異なる生命体へ狙いを定め、不気味なうねりと共に走り寄る。
しかしそれらは目標への到達を前に、進む体を上下二分断され、突進力を失い床へと落ちた。
これを為したのは、エクセリオン副長を務めるレンである。
彼は身の丈程の戦闘用ブレードを両手で振るい、片刃の大太刀で接近体を斬断した。
滑らかな剣跡は空間をこそぎ取るように真横へ流れ、その場に在った物体を抵抗なく切り裂いてしまう。
シュウカの行う力任せの殴撃とは対照的な、腕運と武器の質を絶妙に組み合わせた『技』での攻撃。
見た目には荒々しさのないしなやかな動きであるが、実際の破壊力はキリエの銃撃に勝るとも劣らない。
「これがフィルモアの乗員を死に追い遣ったのか。……何物であれ、邪魔立てするなら斬って捨てる」
レンは薙いだ刃を肩の高さで目線先に構え、突き込みの姿勢を作る。
顔横へ伸びる大太刀の刀身に、冷淡に研ぎ澄まされた自らの表情を映し、眼鏡の奥から前方を捉えた。
床から立ち上って群がるコード。一群の蠢きを見据え、レンは一歩を踏み込む。
彼の動きに合わせ、コード群が一斉に襲い掛かってきた。
が、レンは動じず、そのまま歩を押して両腕を、そこに握る大太刀を前方に突き出す。
「ハッ!」
両腕に込めた力を柄から剣体へ送り、裂帛の息遣いを以って繰り出した一撃。
渾身の刺突一閃。
それは猛烈な剣風を巻き起こし、刃の進行方向へ見えざる断層を刻む。
真っ直ぐに突き進んだ刀身が正面からの敵勢を貫き、生じた風層が連なるコードを微塵に切り裂いた。
更に軌跡を辿る剣圧がそれらを押し遣り、一気に吹き散らしてしまう。
レンは敵勢排除と共に構えを解き、拓かれた正面路を駆けた。
キリエが通ったのとは逆側のスロープを降り、下層へ到達してより出口へ走る。
この途中にも新たなコード群が襲ってきたが、戦闘ブレードを振るい即座に斬り伏せていった。
アウエリウス東方の小さな島国に伝わる古流剣術『征断剣』。レンが修めるのは“全ての断ちを征する剣”と呼ばれたそれである。
彼は自身の出生地に開かれた道場へ幼少の頃から足繁く通い、一途にその剣を学んできた。
何時の日にか身に付けた力を人々の役に立て、少しでも多くの人を幸せにしたいという思いを抱いて。
それは子供らしい幻想だったが、彼は思い描いた一念を只管に追い、剣の腕を磨き続ける。
その結果として、レンは今、此処に居るのだ。
立ちはだかる無機的な敵勢を次々に倒し、彼が目的の場所へ辿り着いた時。其処には閉ざされた扉の前で佇む、カーナとシュウカの姿があった。
「何をしてるんだ。何故、外に出ない?」
出口を前にして半泣き状態のカーナと、忌々しそうに扉を睨みつけるシュウカを見て、レンが問う。
投げられた言葉に反応して彼へと顔向けたカーナが、涙目で口を開いた。
「出たくても、ドアが開かないんだよぉ〜」
情けない声を漏らしながら、少女は扉を指差す。
砲撃手席の後方に位置付く艦橋最後部所に設けられた、内外を隔てる唯一の扉。それは今、一同が最初に潜った時とは対照的に固く閉ざされ、何人も逃がすまいと動きを止めていた。
「クソッタレ!やたら頑丈に出来てやがる」
怒気を込めた荒声を吐き、シュウカは扉を思い切り蹴り付ける。
彼女の履く公団製の特殊樹脂加工の安全靴と、強度に優れた硬性材質の堅牢な扉がぶつかり合い、鈍い音を立てた。
彼女は既に何度となく木刀型の超硬性打撲武器で扉を攻撃しているが、表面に小さな傷がつくばかりで扉自体を破る事は出来ていない。
このまま攻撃を繰り返したとて、破壊出来るのは何時になる事か。
「扉の電子ロックまで制御しているのか。いったい、これはどういう……」
眼鏡を押し上げ、レンが思考を巡らせる。
だがそれを妨害するように彼等の背後で床が破れ、新たなコード群が出現した。
「うきゃぁぁ!ま、また出たぁ〜〜!」
害意を行動で示す敵勢の登場に、カーナが引き攣った悲鳴を上げる。
それに応じてシュウカとレンも振り返り、それぞれ武器を構えた。
「チッ、またかよ!」
「逃がさない気か」
シュウカはカーナの腕を掴み、片手で自分の後ろへ押し遣る。
彼女と立ち位置を入れ替えるようにして前へと進み出、レンの隣に並んだ。
一方でレンもブレードを水平に持ち上げ、刀身の先に相手を睨む。
犇くコード束の動きに際し、自らも動こうと二人は身構えた。
「何してんだい!」
この時、張りのある聞き慣れた声が三人の耳朶を打つ。
かと思えば、斜め上方から無数の弾丸が降り注ぎ、シュウカ達の前方でうねるコード群を破壊した。
床から生えていた色鮮やかな物動体は粉々に砕け、破片を散らして床へ伏す。
それと引き換えに大型兵器を手にしたキリエが、彼女等の前へと姿を見せた。
「姐御!」
敬愛する女傑が現れた事で、シュウカは嬉しげな顔を覗かせる。
向けられる笑みに片手を挙げ、キリエは一同の傍へと歩み寄ってきた。
「扉が開かないのか?」
「そうです。仕様上の硬度から考えて、我々の武器では決定的な効果を望めないでしょう」
閉ざされた扉を真っ直ぐ見て問うキリエに、レンが頷きを返す。
自分の技量では、まだこれを破る事は出来ないと、レンは内心で理解していた。
一定の力量に達した者は、自分の力で出来る事と出来ない事が判然としてくる。その為に。
「カンチョー、どうしよう?カーナちゃん達、まさか、このまま……」
この場で最年長のリーダーへ、カーナは不安気な顔でおずおずと尋ねる。
何度も泣いている所為で、目はすっかり赤い。
そんな少女の顔を見て、キリエは普段の笑みを浮かべた。そして彼女の頭に手を置くと、安心させるように軽くポンポンと叩いてやる。
「こういう場は、あたしに任せときな。アンタ達は、少し下るんだ」
カーナの頭から手をどけて、キリエはニヤリとした笑みを刷く。
そのまま各員に後退を促して、可変式兵装を扉へ向けた。
艦長の言葉に従いレン達は幾分か距離を開ける。それを背に感じ取り、キリエは手にした兵器に付随するスイッチを切り替えた。
すると、それまで出ていた三連装の砲身が兵装の内部へと引っ込み、代わりに巨大な砲門が奥から伸び出てくる。
バルカンから大砲型に変形した兵器を肩に担ぎ、キリエはその砲門を閉じた扉へ向けた。
「あたし等はこれでも忙しいんでね、悪いけど帰らせてもらうよ!」
言うが早いか、キリエは右手指に掛けたトリガーを引く。
次の瞬間、砲門の暗い穴奥から10cm大のロケット弾頭が発射された。
それは一直線に扉へと向かい、硬質な壁体に激突して爆発する。
灼熱の爆炎が一瞬にして広がり、強大な衝撃が波紋となって熱波を放った。
瞬間的に空気が焦げ付き、強震動が艦橋全体を揺らす。
「おわぁ!?」
「きゃいぃぃ!」
「くっ」
爆発によって発生した熱と破壊の力は周囲へ飛散し、離れていたレン達にも少なからざる威力を伝える。
彼等が思わず踏ん張りを失い床に膝を付く中、爆着地点は黒煙に覆われ全容を隠していた。
「か、カンチョ〜」
「おいおい、姐御大丈夫かよ?」
三人が不安と期待と艦長の安否を気遣う目を、視界閉ざす爆煙の中へ注ぐ。
けれど一秒と経たず、煙を振り払ってキリエが自ら姿を現した。
「よぉーし、道は拓いた。皆、行くよ!」
兵器を肩に掛けたまま、キリエが威勢よく声を上げる。
健全な姿と一緒に届けられた艦長の言葉に、三者は喜びと安堵を面上へ浮かべ立ち上がった。
再び煙の中へ入っていくキリエを追い、三人も共に続く。