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第10話:潜むモノ

「はわ、はわわわ……」

 床にへたり込み、天井を指差したまま、カーナは金魚のように口をパクパク動かして、言葉にならない声を漏らしている。

 天井に鮨詰め状態となっている骸の山を見れば、死体を見慣れていない人間の多くは、彼女と同じ状態になるのではないだろうか。

「誰があんな事しやがったんだ?」

 上方を睨むように見詰め、シュウカは皆が抱いているだろう疑問を口にする。

 けれで明確な答えは誰にも判らない。

 艦橋内は整然としていて、争った形跡は皆無。だからといって50人以上の人間が、自然に天井へ張り付いて死を迎えるなどありえる事ではない。

 艦内に作用している生命維持機能が停止しているならまだしも、空調も艦内G圧も全てが正常である。

 この状況で現光景を作り出すなら、何者かが何がしかの手段を講じたと考える他ない。

 誰が、何の目的で乗員を天井に吊り上げたのか。何故、全員の命を奪ったのか。

 それが最大の問題だ。

「う、ウチュウカイジューだよ」

 解けない謎に皆が頭を捻る中、カーナが震える声で言う。

 これを聞いたシュウカが、胡散臭そうな目をへたったままの少女へ向けた。

「あァん?」

「だから、ウチュウカイジュー!スペースモンスターだよ!」

 カーナはシュウカの目を見、かつてないほど真剣な表情で告げる。

 エクセリオンの艦情オペレーターは両目に恐怖と好奇の輝きを灯し、年上の砲撃手を真っ直ぐに見詰めていた。

 その眼光たるや、普段とはまるで別人。

 追い詰められた鼠が、猫に逆襲の一撃を食らわそうと決意した瞬間の如き、強靭な意思が窺える。

 それは恐るべき結論に達してしまった自らの考えを、皆に告知しようと決めた覚悟の眼差しだった。

「きっとこの艦には、未知のウチュウカイジューが侵入したんだよ!ソイツが、皆を逆さ吊りにしちゃったんだよ!」

 本当に真剣な目で、本心から大真面目に、カーナは叫ぶ。

 腰は抜けたままだが。

 そんな彼女を、シュウカは少しの間じっと見詰め返した。

 そして。

「……姐御ぉ、こんなコト言ってるぜ?」

 カーナから視線を外し、呆れ顔をキリエの側へ向ける。

 その表情からして、少女の言葉を全く以って一欠けらも信じていない。

 宇宙人侵入説を力一杯押すカーナの意見。シュウカはこれを冗談半分に聞き流していた。

「マシューめー、全然信じてないだろぉー!」

 あからさまな相手の態度に憤然とし、カーナは顔を赤く染めて怒りを露とする。

 対するシュウカは思いっきり馬鹿にしたような目で、床に座る少女を流し見た。

「そりゃそぉだろ。宇宙怪獣はねぇよ」

 相手の小学生じみた発想に、シュウカは失笑してみせる。

 真正面から自尊心を踏み躙られ、カーナは更に怒気を強めた。

「むきぃー!カーナちゃんをバカにしたなー!」

 両手に作った拳をブンブン振り回し、駄々っ子のように声を荒げる。

 それを見て余計に嘲笑味を増すシュウカ。

 こんな時まで常の言い合いを行う両者に視点を移し、キリエは僅かに口許を緩めた。

「カーナの見解も、あながち間違いじゃないさ」

 仲裁をする意図ではなく、単純に上げられた意見の有用性を掬い、キリエは述べる。

 シュウカと睨み合っていたカーナは、艦長の言葉に反応して、そちらへと素早く顔を向けた。

「ね、ね、でしょ!」

 現れ出た肯定者の存在に両目を輝かせ、カーナは満面の笑みを浮かべる。

 一方のシュウカは、困ったような信じられないような、そんな顔でキリエを見た。

「おいおい、姐御ぉ」

「宇宙は広いんだ、何があるかは判らない。可能性としちゃ、怪獣案だって絶対に無いとは言えないさ」

 キリエは両腕を組んで、下層から注がれる二つの視線に応える。

 艦長の言にカーナは喜色を浮かべて微笑み、シュウカは考える顔をして曖昧に頷いた。

「まぁ、本当にコレをやらかした奴が宇宙怪獣かどうかは置いとくとしてだ。まともな人間の仕業じゃないのは確かだね」

 そう結び、キリエは再び天井方へと目を移動させる。

 喧嘩途中だった二人も釣られて天を仰ぎ、揃って明るさとは正反対の表情で顔を顰めた。

 三者の会話を聞いていたレンは、胸ポケットに入れた情報ツールを取り出す。

 手にした小型端末を操作して、もう一度ホログラムモニターを表示させた。

 今も艦内移動中の作業メカを使い、今事件の犯人を捜す為に。

「ん?なんだ?」

 空間上に開かれたモニターを見て、レンは眉根を寄せる。

 彼の見るモニターは六つの窓に割れていて、それぞれが別個のメカと連動しているのだが。

 今見る事の出来る画像は四つだけ。

 本来、作業メカの捉えた映像がそのまま映し出される筈の画面は、二つがブラックアウトしていて何も見る事が出来ない。

「故障か?」

 レンはそう言って、直ぐに自分の考えを否定する。

 メンテナンスを終えたばかりの作業メカが、二機続けて故障などありえないからだ。

 人間の活動出来ない悪劣な環境下でも制限なく、自在に動く事が出来るよう設計されているマシン。それが人の活動に支障のない平板な環境で、何故故障しよう。

 仮に故障だとしたなら、それは内的な問題ではなく、外的な問題である可能性が極めて高い。

 それは即ち。

「何かに破壊された、か?」

 考えられる唯一の原因を、レンは独り呟く。

 次の瞬間、彼の見ている前でモニター内の映像が、また一つ消えた。

「まさか」

 レンは我が目を疑い、他の画面へと注意を向ける。

 途端、残る三つが殆ど同時に消失。

 情報ツールの作り出すホログラムモニターは、黒一色に塗り潰されてしまった。

「なんて事だ」

 レンは無反応を返すモニターから顔を上げて、呻くように言う。

 最早疑う余地はない。

 探査艦フィルモアの中には、得体の知れない『何か』が居るのだ。

 恐らくそれが、全乗組員を異常な方法で殺害した張本人。

 生憎、作業メカは破壊される瞬間でも、犯人の姿を捉える事が出来ていない。正確な手掛かりはゼロ。

 だが別所に存在していたメカが同時に破壊された事から考えて、正体不明の何者かは複数であると予想が立つ。

「艦長」

 自らの目で見た事柄を、キリエへ報告しようとレンが声を上げる。

 この時、彼の視界内を駆けるモノがあった。

 それは幾らも前方の空間を上から下へと走り、辿った軌跡に確かな存在を残している。

 天方から伸びる一本の棒として。

「ほへ?」

 床に座したままのカーナが、両目を瞬かせる。

 今レンの視界を過ぎったモノは、彼女の直ぐ傍に降りていた。

 少女の右肩より数cmの距離で、艦橋の床面を貫いて突き立っている。

 見れば、細いコードの集まり。赤や青、白や黄色の着色を成された、機器を繋ぐケーブル状の物体。

 そのコード類が幾重にも絡まり合い、一本の棒が如く天井と床を繋いでいた。

「これ、なぁに?」

 極近くに伸びるコードの集合をまじまじと見て、カーナが首を傾げる。

 直後、更に多くのコードが捻れ合い、より太くなった束が、天井から恐ろしい速度で伸び下りて、先まで彼女の操作していた艦内情報管理用コンソールを貫いた。

 コードの束は一撃で対衝撃構造にもなっているコンソールを破壊し、床を抉る。

 突然の事に驚いて、言葉もないまま唖然としているカーナ。その周囲へと、コードの束が次々天井から下りてきた。

 目にも止まらぬ速さで、流星のように。

 それはオペレーター用の座席背凭れを砕き、手摺を破り、座面を穿って、床に刺さる。

 何が起こったのか、直ぐに判る者は居ない。

 一拍の間を置いて、全員が自分達の置かれている状況を察した瞬間。

 天井から幾本ものコード束がうねりながら、まるで生き物であるかのように、四人へと襲い掛かってきた。

「逃げろ!」

 キリエの一声が響いた時、コードの群はそれぞれの獲物を掠め、床へ座席へと潜り込む。

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