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第9話:絶叫の先

 開かれた扉を潜り一同が進んだ先。

 調査隊が現れ出た場所は、艦橋下層の最後方部だった。

 幾らか前方には砲撃手の座席があり、更に前へいくと操舵手の座席がある。

 上下二層からなる艦橋内に於いて、上層艦長席の直下に当たる位置だ。

「……此処もカラか」

 一団の先頭に立ち、艦橋中央部へと歩み出たキリエが呟く。

 周囲へ視線を巡らして、下層部両端に在る艦体情報統括オペレーターの座席と、索敵及び通信担当官の座席を確認するが、其処は空席。

 振り返って艦長席側を見上げるも、やはり人の姿は無かった。

「皆、仕事放っぽいて、何処行っちゃったのかな?」

 中央部へ進み出て、カーナはキョロキョロと周りを見回す。

 彼女の疑問に正確な答えを返せる者はない。

「集団ストライキって訳でもねぇだろうによ」

 同じように首を巡らして、シュウカは不審気に目を細める。

 見た目だけなら記憶にあるままの艦橋内。しかし此処に漂う空気は何かが違った。

 上手くは言えないが、気味の悪い違和感が肌に纏わり付くようで。それがシュウカの神経を逆撫でる。

 極めて不快な感覚。通路を進んでいた時より、この場のそれは一段と強い。

「それぞれの端末に何かあるかもしれない。カーナ、艦内情報のチェックをしてくれ。シュウカは戦闘記録を洗い出すんだ」

 小型情報ツールを胸ポケットに押し込み、レンは年下組へ指示を出す。

 副官の命令に、シュウカとカーナはそれぞれに了解の意を告げた。

「わーったぜ」

「はーい、カーナちゃん調べまーす」

 軽い返礼を向けながら、二人は見慣れているが触りなれない各自の席へと歩む。

 レンはこの間に、艦内情報・索敵両座席の後方に位置付くスロープを上り、上層帯へと至った。

「自分はフィルモアの辿った航路を調べます。艦長は、グレッグ提督の航行日誌が無いか探してみて下さい」

 フィルモアで働いていた副官の座席に着き、コンソールを弄り始めたレンが言う。

 右腕を務める青年の提言に頷き、キリエもまたスロープを上って艦長席に座った。

「あたしじゃないんだ。日記の一つぐらい付けてておくれよ」

 エクセリオン艦長は多数ある備え付きパネルを操作して、空間上にホログラムモニターを出現させる。

 浮かび上がったモニターへ直接触れて、記録されているデータを呼び出し、有用物かどうか確認しては次へ。

 キリエがその作業を進めていく途中、下層から早くも調査結果を報せる声が届けられた。

「この艦が戦闘した形跡はねぇな。砲塔はどいつも新品のまんまだぜ」

 砲撃手席で、戦闘記録と艦載砲を初めとする各武装の状態を探り終えたシュウカの言葉。

 それに続き、カーナも自分の割り当てから得られた情報を述べた。

「なんだかぁ、リアクターの調子が悪いようでーす。出力が安定してなくてぇ、フワフワフラフラしてまーす」

 何処がどう悪いのか、要領を得ない報告である。

 しかしカーナは気にしないで、次の取得事項へと発言内容を移した。

「クルーの位置を捜してみたんですけどぉ、なんだかぁ、沢山の反応が一ヶ所に集まってますよぉ?」

 操作途中のコンソールに浮かぶモニターを見ながら、カーナは不思議そうに首を傾げる。

 そのモニター内には、艦のデータベースに記録されているフィルモア乗組員の遺伝子情報パーソナルデータを検出して、現在地を特定するプログラムが立ち上げられていた。

 人員は赤く点滅する光点として表示され、立体型の艦内図に存在地点を教えている。

 そこで問題の光点箇所だが、乗組員と同数だろう56の光が、全て同じ場所で反応を挙げていたのだ。

「成る程ね。どうしてだかは判らないけど、乗員が一ヶ所に集まってる訳だね。どうりで何処にも居ない筈さ」

 聞こえきた報告に、キリエが納得の頷きをする。

 そして誰もがするだろう当然の問いを、報告主へ投げた。

「で、それはいったい何処なんだい?」

「それがぁ、ココなんですよぉ〜」

 モニターから目を放し、振り返ってキリエへと顔を向けて、カーナは答える。

 彼女自身、顔に『?』を浮かべて。

「此処?このブリッジかい?」

 送られた答えに疑わしげな顔を作り、キリエは改めて問う。

 これにカーナは大きく頷いて、それからまた首を傾げた。

「そうでーす。でもぉ、ドコだろぉ?」

 情報を確認した当事者がこの有様である。

 謎が謎呼ぶ状況に、シュウカやレンも作業の手を止め、不思議そうに周囲を見回した。

 最初に見たとおり、やはり何処にも人の姿は見当たらない。それらしい気配すらない。

「まさか透明になっちまった、なんて馬鹿なこたぁねぇよな?」

 操舵手席や索敵官席も見直して、シュウカは冗談半分、もしかしたらという思い半分に口を開く。

 ちなみに星暦2000年代現在、人や物を透明にするような装置や道具は開発されていない。

「単純に考えたら、検索ミスかシステムの故障だろう。カーナ、もう一度調べてみてくれ」

 最も高い可能性を示唆し、レンはオペレーターの少女へと言う。

「はーい」

 頼まれた側は大人しく従い、今使ったプログラムを再度動かした。

 コンソールに並ぶボタンを順次叩き、前よりも慎重にシステムを回す。

 操作主から与えられた命令に対して、電子頭脳は自らの擁するデータベースからフィルモアクルーのパーソナルデータを呼び出し、艦内に設置される環境センサーを介して、該当者達を探り上げた。

 現在位置の特定が出来ると、完成された確認情報をモニター内に映し出し、作業を終了とする。

 一連の終了までに要した時間は僅か数分。

 そうして出た答えを、カーナは再び口頭で皆に伝えた。

「やっぱり変わりありませーん。ココに皆居るって言ってますよー?」

 二度目の観測報告を終えて、カーナは伸びをしながら立ち上がる。

 彼女の報せに残る三人は各々視線を走らせるのだが、しかしどれだけ見ても誰一人見付からない。

 精度の高いシステムが同じミスを続けるとも思えず、ならば故障しかないだろうと、レンは胸中で決定を下した。

 そんな中、背筋を思いっきり伸ばして大きく息を吐いたカーナが、ふと頭上を見上げる。

 先まで通ってきた通路より、更に高く遥かな位置にある天井。

 だが彼女の目に、エクセリオンでは何時でも見られたその天井が、全く映らなかった。

「あれ?」

 カーナは見慣れない光景を目へ留め、不思議そうに注視する。

 何かが大量に集まり、天井を隙間無く塞いでいた。それの所為で、本来見える筈の天井が視界に入らない。

 この奇妙な事態にあって、カーナはより一層注意深く、頭上に掛かる物を見詰めた。

「ほえ?はへ?ふみ?……み……ぃい!?ッ、キャァァァーーー!」

 凝視した結果、それが何か判った瞬間、カーナは甲高い声で絶叫する。

 腰を抜かして床に尻餅を付き、天井を指差して悲鳴を上げ続けた。

「なんだい?」

「どうした?」

「おいコラ、カーナ。おめぇ、何やって……」

 突然の事にキリエ、レン、シュウカが同時にカーナへ視線を移す。

 そしてそれぞれに、彼女が指差す先を目で追っていった。

 一同の双眸が、天井に相当する箇所へ突き刺さる。

 けれど最初は何か判らない。

 だが暫く見ていると、それが何なのか、然したる苦労もなく理解出来た。

「こいつぁ」

 それが判った時、キリエは両目を細め、同箇所を鋭く睨み付ける。

「ど、どうして?」

 レンは両目を見開き、小刻みに震える指で半ば強引に眼鏡を押し上げた。

「おい、こいつぁ、マジかよ」

 見えている現実に我が目を疑いつつ、シュウカは苦虫を噛み潰したような顔で呟く。

 各自が上向かせた顔をその形で固め、何とも言えない表情を作る原因。

 それは天井部を埋め尽くす、人間の姿を見付けた故に。

 白を基調とした資源惑星開発公団の正式ユニフォーム。それを着た全員が、艦橋の天井に張り付いている。

 腕や脚や頭や体を重ね合わせ、これでもかと言わんばかりに押さえ付けられ、艦内最上部に当たる場所へ敷き詰められていた。

 凡そ常識的ではない光景。

 その常軌を逸した景色は、軍人生活20年を数え、数多の戦場を駆け抜けてきたキリエさえ見た事がない。

 ましてや彼女の半分も人生を歩んでいない残りの三名では、予想する事さえ出来なかったろう。

 エクセリオンから遣ってきた面子は、今も床に足をついて立っていた。つまり、艦内重力は正常に掛かっている。

 艦橋内は無重力でも、上下反転状態でもない。

 それなのに、50人以上の人間が重力に逆らって上方に取り付いているとは。

「……全員、死んでるね」

 上を見たまま視線を動かし、其処に居る人々の様子を確認した後、キリエが判断を下す。

 彼女の答えは正解であり、天井を埋める人の群は全て死体であった。

 一人残らず呼吸はなく、心臓は鼓動を止め、血液の流動もない。着衣の外に覗く体は生気を失くした土色で、開かれている者の瞳は灰色に濁り淀む。

 臭気はないが、存在感もない。誰かが上を見ねば、最後まで見付からなかった筈だ。

「あれは、グレッグ提督!」

 信じ難いという表情で骸の海を眺めていたレンが、天井中央付近にあった亡骸の一つを指差す。

 そこにあったのは、50の齢を越えた男の姿。口髭を蓄えた、どことなく厳しげな印象を受ける顔付きの壮年男性。

 元ヴァレリア連邦統一政府軍上級大将にして、現資源惑星開発公団第二期公団軍所属、探査艦フィルモアの艦長。グレッグ・ロンウェーズその人だ。

「グレッグ提督まで……いいたい、何が」

 震える指を何とか下ろし、レンは俯いて唇を噛む。

 その斜め方では、キリエが亡き提督の遺骸を複雑な面持ちで見詰めていた。

「こんな形でアンタと再会するとはね。アンタにゃ随分と仮もあるが、これじゃ二度と返せやしない。何にせよ、逝くのが早過ぎるよ」

 一言では表せぬ幾多の思いを言葉に乗せて、キリエは静かに瞑目する。

 大戦期の宿敵を予期せぬ状況で失った元帝国軍人は、その亡骸を見上げて微かに息を吐いた。

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