みんな、正社員だよ!
「は~、やっと就職決まった~」
小太りの男はビールジョッキを掲げ、一気に半分まで飲み込んだ。
えッ、と漏らした眼鏡の男は、枝豆をむく手を止めた。
「内定取ったのか。どこだ?」
「ああ、A産業」
小太りの男は問いかけた男を見ずに答えた。
「なんだ。契約か」
「そうだよ。
もう疲れたんだよ。
俺たち三流大学じゃ正社員は無理だ」
「何社、受けたの?」
紅一点の女が訊いた。
「30社にエントリーシートを送った」
小太りの男は残ったビールを飲み干した。
「無駄な努力よね。
私みたいに始めから派遣会社にすれば良かったのよ」
その会社は大手派遣会社で、離職率が低く、評判は良かった。
「そうだな。
俺もそうすれば良かった」
痩せて顔が青白い男が言った。
「残念ね。
もう、募集を締め切っているわ。
すでにバイトの形の研修が始まっているし」
その派遣会社は社員の意欲を重視していた。
そしてほぼ先着順で採用を決め、
内定者にバイトという形で派遣していた。
これは内定者のためにもなった。
派遣という仕事の内容を理解することができ、
自分と合わないと思ったら辞退できるからだった。
しかし、このバイトを始めるということは、
忙しくて就職活動が出来なくなってしまうのだ。
「お待たせ~」
アロハシャツを着た男が彼らのテーブルに駆け寄って来た。
テーブルにいた4人の大学生は彼の方を見て、怪訝な顔をした。
「誰?」
女子大生は隣の眼鏡の男に小声で訊いた。
少し恥じらうように可愛らしい声で。
眼鏡の男は首を振る。
そして向かいの席の二人に視線を送る。
二人も小さく首を振った。
「ああ、こいつ俺の親友、地元の。
そこの駅で偶然会ったんだ」
アロハの男は隣の男を指差した。
「太田です」
人差し指でレンズとレンズの渡りの部分を押してから、彼らに頭を下げた。
「太田さんも大学生?
もしかして四年生」
彼女は訊いた。
アロハの男と同級生なら、当然そうだ。
「はい。
こいつとは小学校からいっしょです」
太田は微笑んだ。
「太田君は内定取れた?」
まだ内定が取れていない痩せた男が言った。
「いえ」
太田は言い難そうに答えた。
「そうだよね」
眼鏡の男は就活で苦労していると察した。
アロハの男はニヤリとした。
「6人大学四年生がいて、就職が決まったのは2人だけか~」
内定を取った小太りの男が言った。
「でも、派遣と期間契約社員だけどね」
彼女は付け足した。
「日本の未来は暗いよな~太田」
アロハの男は太田の肩を叩いた。
「そうでもないさ。
もう十年もしたら、派遣や期間契約社員はなくなって
みんな、正社員なるだろう」
太田は予言めいたことを言った。
「正社員~」
太田とアロハの男以外の4人は声を揃えた。
「そんなの夢よ・・・
私の夢はいい旦那を見つけること。
パートナーとして自分が成長できる人と出会うこと」
彼女がそう言うと、皆が夢を語りだした。
就活慰労の飲み会がひとまず終わり、彼らは店を出た。
彼らは太田を2次会のカラオケに誘ったが、
太田は歌は苦手と言って駅に向かって行った。
アロハの男は太田の背中を見つめながら呟いた。
「あいつT大法学部なんだ」
他のメンバーは唖然とした。
「キャリア試験を受けて、官僚になるそうだ」
彼らは太田の後ろ姿が見えなくなるまで立ち尽くした。
10年が経った。
太田が予想した通りになった。
ほとんどの人が正社員になっていた。
これは経済産業官僚になった太田の政策が実現したからだった。
政府与党はすぐに飛びついた。
財界も歓迎した。
これまでの世情に下地が出来ていたのだ。
貧困格差はさらに広がり、
消費税12%がそれに追い討ちをかけた。
格差が広がるとマスコミは、豪遊するタレントの吊し上げを始めた。
低所得者だけでなく、金持ちも出費を控えるようになり、
内需は急激に落ち込みをみせた。
格差が広がると、低所得者は与党を支持しなくなった。
第2政党に流れるのではなく、共産党が与党離反者の受け皿となった。
共産党は地方選挙で議席を伸ばし、
半年後の参議院選挙では議席の30%を占めると予想されていた。
与党は早急に対策をする必要があった。
関連官僚を集め、意見を求めた。
そこで太田の案が採用されたのだった。
太田の案はこうだった。
「正社員に対し、一部給与を電子マネーで払ってもよい」
国民の大半は5つの電子マネーを使用していた。
7マネー:7-12コンビニ系電子マネー
Tマネ―:トヨトミ自動車系電子マネー
Sマナー:鉄道系電子マネー
Rマネー:IT陸天系電子マネー
Jマネー:地方第三セクター経電子マネー
給与の半分を現金で払い、後は電子マネーで払えるという。
企業はこれに飛びついた。
他の電子マネーとの交換はできないので、
必ず自社が属するグループで消費されるからだ。
また、電子マネーで支給される側も別段困らなかった。
各電子マネーはすべての業種の会社が属しているので、
買い物に困ることはなかった。
この法案により、各電子マネーのグループは、
いかに自分のグループ取り込むかの競争が起こった。
安い派遣社員を雇うより、少し給与が高くても自社グループの電子マネーで
給与を払った方が得だった。
外国からの批判を受けることも予想していて、
いち早く海外企業も電子マネーに参加させていた。
こうして太田の予言通りになった。
みんな、正社員になったのだ。
『みんな、エスパーだよ』のもじりです!