目に入った楽園と得たいの知れぬ何か
『ピピピピピ』
『チュンチュン』
「む…………ここは……?」
小鳥のさえずりにより信長が目を覚ますと、辺り一面に広がる青々とした草原、そしてその草原を囲うようにある森林が目に入った。
そこはまるで楽園。
先程まで居た炎と、血と、死が入り交じった現世の地獄とは似てもつかない優雅な場所に信長は座っていた。
「京、ではない。尾張でも、美濃でも。……なるほど。ここが黄泉の国か。思った程悪くない場所であるようだな」
そしてその現実離れした美しさに信長はここが黄泉の国であると解釈する。
確かにここは黄泉の国と言ってもいい程には美しい。
が、残念ながらここは黄泉の国ではない。
そのことを証明するように、森の奥から甲高い女の叫び声が信長の耳に入る。
『キャァァァァ!!!いや!誰かっ……!誰か助けて下さいっ……!!!』
何事かと思いその声をした方を見ると、その叫び声を発したであろう女子とその手に引かれて走る童。それに加えその二人を守るように後続を走る男と、摩訶不思議な見たこともない、獣のような、それでいて獣ではない妖のような何かが三人を追っているのが確認出来た。
「……なんだ?あれは?獣……?いや、それにしては動きが変だ。ならば妖?真っ昼間から?……どちらにせよ、男はともかく無抵抗の女子供に手をかける者を見過ごすわけには行かぬ、な」
信長は携えた刀を手に取ると、その三人と何かに向かって走りだす。
ここが黄泉の国であると解釈したばかりであるはずなのに、まるでその三人を自国の人間であるかのように扱い助けようとする。
その理由は言うまでなく、己が体に刻み込んだ生き様故である。
信長は本能に従い、三人を襲う何かと相対する。
「むんっ!」
『ギギギギっ!!!』
何かが繰り出したまるで腕のようなものを信長は刀で受け止める。
「え、あ、え!?」
「ママぁぁぁ!」
「助けて、くれたのか?あんた」
「話は後だ!なんだこやつは!?獣でも人間でも妖でもない!それに堅い!刃が通らぬだと!?」
受け止めた腕のようなものを反らすと同時に何かの胴体らしき場所を斬りつけてみたが傷を負った様子はみられず、それどころか怯んだ様子すらなかった。
そのことに信長は驚き、焦る。
例え甲冑に身を包んだ武将であろうとも信長のその豪剣にかかれば良くてその人間を負傷させ、悪くても一瞬の隙を作るだけの衝撃を与えられるのだから。
しかしこの何かにはそれが一切見られない。
明らかに異常な敵だと信長は認識する。
「そいつは刀なんかじゃ倒せない!時間を稼いでくれ!俺がやる!」
「儂を時間稼ぎの駒として使うとは……!いいだろう!その代わり失敗は許さぬぞ!」
信長は男の言葉を信じ、改めて襲い来る何かと相対する。
何かは信長を観察するようにゆっくりと周りをグルグルと動き、信長もそれに合わせてゆっくりと方向を変える。
そして何かが攻撃を仕掛けると同時に信長もそれに応えるよう反応し、腕のような何かを受け止める。
「……ふん。貴様が何者かは知らぬが、堅いだけで実力は大したことは無いな。兵法も何もなっとらん。ただ隙を見つけては攻撃をしてくるのみ。そのような戦い方で儂を倒せると思うたのなら大間違いだ!」
『ギギ、ギギギギ!!!』
「おいおい嘘だろ……!?」
初撃よりも更に強い力で受け止めた右腕を払いのけ、今度はその右腕に向かって刀を降り下ろす。
すると右腕はメキャ!という音と共に力任せに切断される。
その切断面からは血にも似た赤色の液体が溢れ出ていた。
「血を通わしておるのか……?貴様も生き物の類いのようだな。だが相手が悪い。ここで引くのなら見逃してやらんでもないが……どうする?」
『ギギギギィィィィィィ!』
「儂の言葉が通じるわけがない、か。まぁいいだろう。かかってくるがよい!」
信長は同じように再度受け止めた左腕を払いのけ、切断する。
『ギィィィィィィ!!!』
それに怒り狂ったのか、何かは更に動きを速くし信長を翻弄しようとする。
「貴様には痛みというものが無いのか?腕を左右切り落とされ、それでも尚機敏に動けるその根性、大したものだが……」
『ギッ!!!』
「やはり儂の敵では無い」
今度は高く跳んで信長を踏み潰そうとする何かに対し、それに反応して横へぱっと信長は避ける。
そして何かが着地した瞬間腕同様に胴体より細く、脆そうな脚に向かってその刀を振りぬく。
『ギギギギっっ!』
そして何かの両足は切断され、動く術を無くした何かはその場に倒れ込みギギギギと奇怪な音を発しながら信長を威嚇する。
信長の勝利である。
「嘘……生身で……自動中型追撃機構を無力化したの……!?あ、あなた!重力圧縮砲の発射にはまだ時間がかかるの!?」
「あ、あぁ!もう大丈夫だ!何時でも行ける!あんた!ちょっとこっちに来てくれ!重力圧縮砲で止めをさす!」
「あんた、とな。無礼者めが。が、今回は見逃してやるとしよう。さっさとやれ」
「勿論だ!」
男が重力圧縮砲と呼ばれる竹筒のような物の引き金を引くと、その砲身から黒い光線が放たれ、信長が倒した何かに着弾すると同時にその場所がベコっと何かごと押し潰され、陥没する。
「…………何!?」
これには信長も驚きを隠せない。
今、男が使った武器は重力を燃料としそれを圧縮して放つことで着弾した場所に強力な重力力場を一瞬だけ形成して押し潰すという『信長が居た時代から何百年という時間が経った世界で開発された新兵器』である。
当然戦国の世にこのような武器が在るわけがなく、信長の常識では考えられないことが起こったのだ。
驚くのも無理はない。
「完全に破壊出来たみたいね……とりあえずこれで安心ね」
「ママぁ、もう大丈夫?」
「えぇ大丈夫よ。この方のおかげでね」
「危ないところを助けて頂き本当に感謝をする!普段であればこのままお礼をと言いたいところなのだが……」
「待て」
信長は男の発した言葉に反応し、その言葉を遮る。
(とりあえず先程の地面が陥没したことは置いておこう。
今はこやつの言動に問題がある。
普段であればこのままお礼を?
儂に?
あの程度の敵も倒せぬ雑魚が儂に向けて?)
信長は多少苛立っていた。
さっきまでは戦闘中ということもあり言葉の無礼は見逃すことにした。
しかし、今は戦闘中で無いのに関わらず、目の前の男の口調は変わる様子もない。
それどころか自分を上に見て、儂を下に見ておる。
そのように感じていたからだ。
「貴様が何者かは知らぬが、この儂に対してその無礼な態度はなんだ!場合によっては切り捨てるぞ!」
しかし、ここは信長を知るものの居る時代ではない。
信長の権力など無いも同然。
最も、今の信長は自分が生きているのか死んでいるのかさえ分からない状態だ。
初めは死んだかと思ったが、いざこうして敵と合間見えた感じでは自分が死んだとは思えない程に自在に動くことが出来る。
それに加え第三者との会話も成立している以上、信長はまだ自分が死んだとは信じきれていない。
それ故の言動なのだが、
「お、おい!物騒なことは止めてくれ!俺が何かあんたの気にくわないことをしたのなら謝る!だからその刀を納めてくれ!別にあんたに危害を加えるわけじゃないんだ!」
「貴様ぁぁぁぁっ!!!」
「な!何故っ!?」
男からしたら必死に信長の気をなだめているつもりでも、長い間自身を敬う言葉を向けられ続けた信長にとってはそのあまりにも酷い軽口に耐えることが出来なかった。
なので信長はこの無礼者を切る!
と、決めて男を追い回す。
「上の者を敬わぬその口調、直らぬのであればその口ごと儂が叩き切ってくれるわ!」
「ちょっ!ま!待て!!!」
「あなた!」
「パパぁぁ~~!」
信長と男の攻防はその後2時間に渡って続き、男の妻とその子供の必至な弁明により一時信長は落ち着きを取り戻し、話を聞くことにした。