表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後の三日  作者: カオリ
2/3

後編

……誰かが私を呼んでいる。『チョコ』じゃなくて、こずえ、って。ああ、そうか。私の本名だ――ちよだ、こずえ。

チョコ、は私の渾名。『千代田』と『梢』の両方からとって、チョコ。


私には小学校からずっと一緒だった、五人の親友がいる。私に渾名を付けたのも彼らで、私はこの渾名を気に入っていた。

皆が私をチョコと呼ぶ瞬間の、優しい響きが。柔らかい声が、大好きで。

彼らと一緒にいる間は、私は梢ではなくチョコだった。


木内 武臣はいつも私を気に掛けてくれる、不器用な優しさの持ち主だ。学校では私達以外とはほとんど喋らなくて、『木内君って恐いよね』だとか『タケオミ君って一匹狼だ』などと言われていた。


関 瑞穂は何においても真面目で、責任感が強い。自分で全てを背負い込んでしまう繊細な子で、他人とは壁を作ってしまいがちだった。それでも何かにつけて私を助けてくれる彼女は、とても頼もしい存在だった。


それに対して川嶋 翔は、誰とでもすぐに打ち解け仲良くなれる、天性の明るさを持っていた。何故彼が私達と一緒にいるようになったのかと、今でも私は不思議に思う。気付いたら、そうだったのだ。


早川 慧は人懐っこい性格と穏やかな人柄がクラスメートに大人気だった。誰よりも幼く見えて、可愛いと言う言葉がぴったりだ。そして彼もどういうわけか、何時の間にやら私達の一員だった。


杉浦 花恵は不良だった。煙草を隠れて吸うのはしょっちゅうのことだったし、髪だって染めていた。付け爪、エクステーション、ピアスに化粧。禁則を片っ端から破っている彼女に近づこうとするものはいなくて、クラスでも一際浮いた存在だった。けれど、彼女は優しくて寂しがりやだ。


「こずえちゃんってさ、何であの人たちと一緒にいるの?」


そう言われたのは、何時だっただろう。私達は傍から見れば異質な集団で、近寄りがたい空気を発していたらしい。

でも私は、皆のことが大好きだった。

好きで、仕方がなかったんだ。


私達はいつも一緒だった。小学校で初めて同じクラスになった日から、中学へあがってもずっと。

中学校に入学してからは全員が同じクラスになることはなかったけれど、放課後毎日のように集まっては遅い時間まで共に過ごした。誰も部活には入らなくて、代わりに六人でよく遊びに出掛けていた。


三年生になると、さすがに辺りは受験一色になる。私達もなかなか時間を合わせることが出来なくなり、夏休みに入る頃にはすっかり受験戦争の波に飲み込まれてしまった。

ハナエだけは家の事情で進学を希望せず、学校にも来ない日が続いていたのを覚えている。ハナエの両親が離婚して、彼女は母親に引き取られたのだと後から聞いた。

その頃のハナエは『死にたい』が口癖で。たまに登校しても終始苛立っていて、教師も彼女の素行には手を焼いた。


受験生活の重圧に耐えきれなくなった私達がある計画を実行に移したのは、夏の終わりのことだ。

本格的な受験期に突入する前に、もう一度六人で思い出を作ろう、と。

誰が言い出したのかは分からない。私達が企画したのは、三日間のささやかな冒険だった。

表向きは泊まりがけの勉強会ということにして親の許しを得た私達は、夏休み最後の三日を思う存分満喫することにしたのだ。


朝から夜遅くまで遊び歩いて、疲れればその場で休息を取る。眠たくなんてならなかったし、眠ければどこでだって寝られると思っていた。殺人事件の犯人がまだ捕まっていなかったけれど、それすらも問題に感じないほどに気分が高揚していた。恐いものなんて、私達にはなかった。


「皆は受験生なんだから、合格祈願が必要なんじゃないー?」


ハナエがそう言って私達を神社に連れていったのは、初日の夜中のことだ。

人気の無い上水流神社は不思議と落ち着く空間で、しばらくそこで時間を過ごしていたらケイ君がいなくなって、そして――。


私達は、サトマさんに出会った。


「永遠が、欲しいですか?」


彼が一番はじめに言ったのはこの言葉だった。時刻が零時を回ろうとしている夜闇の中に、彼の白い着物が浮かび上がっているように見えた。悲鳴を上げて逃げ出しそうになったのは、ミズホだったと思う。


「わたくしは、サトマ、と申します。あなた方に、永遠を差し上げましょうか?」


サトマさんは私達に菩提樹の力を語り聞かせた。初対面の相手だったにもかかわらず、私は長い時間彼の話に聞き入っていた記憶がある。彼の話は不思議な魅力に満ちていた。


「これは、神の木なんですよ。『永遠』の木です」


サトマさんが菩提樹に触れれば、応えるかのように葉が揺れる。風が吹いたわけでもない。彼の指差すほうに目をやれば、蛍の群れが飛んでいた。この辺りには、小川など無いはずなのに。


「この菩提樹は願いを叶えてくれるんです。誓いを守ればあなた方の望む友情は永遠となり、約束の日を覚えていれば、その時最も欲しかった、一番大切なものが手に入るでしょう――永遠が、欲しいですか? 」


彼の一言一言に、私達は馬鹿みたいに頷くことしかできなかった。彼の話の、虜になっていたんだ。

誓いを結ぼうと言いだしたのはショウで、誰も反対などしなかった。私達はサトマさんの言い付けどおりに、翌日の午前二時にもう一度神社へ足を運んで。


「丑三つ、と申しましてね。古来より霊や物の怪が跋扈するとされた時間ですが、いい得て妙というところでしょうか。まさに神の木が霊験あらたかに在らせられる時刻なのですよ」


そして私達は菩提樹と誓いを交わした。誓いといっても、全員で手を繋いで菩提樹を囲っただけだ。サトマが何か言っていた気がするけれど思い出せない。

その次の日は夏休み最終日で、私達はもう一度神社に向かった。本当に永遠が手に入ったのかをサトマさんに問いたかったのだが、いつまで待っても彼は現れなかった。結局最後まであの白い着物を目にすることができないないまま私達は家路に着いて、私達の冒険は――最後の夏は、終わった。


私は忘れない。皆の笑顔、声、全ての時間。ショウとタケが鳥居に付けた、『友情記念』の印も。

忘れないと、誓ったんだ。











「恒例のドッキリ企画を行なうー!」

「今年はどうするのぉ?」

「とりあえずプレゼントだろ」


九月一日。始業式の後に私達は集まって、二日後に控えたミズホの誕生日の相談をした。毎年誰かの誕生日が来るたびにサプライズパーティーを催すのはお決まりのことで、当人には内緒で計画を進めている。

この日私はミズホと無理矢理に映画を見に行く約束を取り付けて、その間に残る四人はミズホへのプレゼントを探すため隣町へ向かった。


遅刻常習犯のタケは待ち合わせに見事遅刻。実際に隣町まで行ったのは、ケイ君とハナエ、ショウだけだったらしい。

隣町には今夏にオープンしたばかりのショッピングモールがあって、三人の目的地はそこだった。舗装されたばかりの大きな道、スクランブル交差点。そこに並ぶ人々の最高尾に三人はいた。

信号が青になる。足を横断歩道に踏み出す。動く人の群れ、騒めき、そこに現れた、大型のトラック。悲鳴、喚声、急ブレーキ、轟音、泣き声――――。


飲酒運転のトラックは、ハンドルを切ることも出来ずに横転した。


ケイ君は、即死だった。










「チョコ」


ミズホが、泣いている。駅のホームだ。隣町の警察に、事故の詳細を聞きに行った帰り。


「チョコ。私のせいだね」


電車を待ちながら、ミズホは静かに涙を流す。私は何も考えることが出来ずに立ち尽くしていただけだ。


「私の誕生日なんて、無ければよかったのに」


生温い風が吹いていた。プラットホームの赤錆の匂いがする。


「ごめんね、チョコ」


反響する、場違いなほどに明るいアナウンスの声。

マモナクデンシャガマイリマス。キケンデスノデキイロイセンノウチガワニオタチクダサイ。


「ごめんね」


全ては、スローモーションのように。

ミズホの体が線路に落ちて、ホームに滑り込むオレンジ色の列車に塵のように跳ねとばされ、腕が、足が、捻切れて、電車が急停車するまで。

私は、一度も瞬きすらしなかった。


――それで、私は、どうしたんだっけ?











「――嘘だあぁっ!僕は、僕は死んでない!!」


ケイ君が叫ぶ。ミズホは泣きながら地面に崩れ落ち、両耳を塞いで蹲る。


「ケイ!お前は、自分が死んだことに気付く間もなかったんだよ!一瞬で死んじまったんだ…!!」


ショウが声を張り上げた。


「そんなの嘘だ……!」

「お前は自分が死んだことに気付かないまま、この神社を彷徨ってたんだよ……」

「嘘、だぁ。だって、今日は……」


ケイ君がぺたりと地面に座り込んだ。ショウは拳を握り締める。


「――お前は、お前の魂は。今日此処に来た俺達を見て勘違いしちまったんだ。三年経ってるなんて知らずに……今日が中三の夏休み最終日だ、って。でも、思い出してみろよ。ケイはちゃんと、夏休み最終日は俺達と過ごしたはずだ。中学三年の俺達と……!」


黙り込んだケイ君を、私とタケは茫然と見つめることしか出来なかった。ハナエは一言も喋らずに、未だ菩提樹の根元に座り込んだまま。

ケイ君の体は、小刻みに震えていた。


「……ケイ君」


震えるケイ君。涙を流すミズホ。二人を見る毎に、私の頭の痛みは引いてゆく。鈍く曇った痛みの後に残されたのは、悲しいほどに鮮明な現実だった。頭の奥底を覆っていたものが、容赦なく引き剥がされていく。


「……本当は、ちょっと。変だなって思ってたんだ……」


ケイ君は両腕を回し、自らの体を抱き締めた。自分の存在を確認しているようで、震えるほどに悲しい仕草だった。


「タケは三年前とか高校とか言ってたし、やけに懐かしそうな会話が多かったし……チョコなんて、激しくイメチェンしてたしね」


ケイ君は弱々しく笑う。

三年という時間を、『ちょっとの間』だと言ったケイ君。当たり前のことだったんだろう。私達の三年間は、彼にとっては一日だったのだから。


「ショウとタケが鳥居に傷を付けたのも、知ってた。あれは……僕の三日目の記憶なんだ……三年、前の」


ケイ君は音を立てずに立ち上がる。そして小さく、そっか、と呟いた。


「そっか。僕、死んでるんだ」

「……ケイ君!」


ケイ君の体の輪郭が、揺らいだような気がした。私はケイ君の腕を掴もうと手を伸ばしたけれど、彼は笑って私から一歩離れてしまう。離れていく。


「……菩提樹は、僕に真実をくれたのかなぁ。チョコは、何か手に入った? 欲しいモノ」


ケイ君は屈託のない笑みを浮かべた。私の知っている、純粋なケイ君。優しい、可愛いケイ君の笑顔。


「――ケイ!!」


タケが叫ぶ。今度こそ間違いなく、ケイ君の体に異変が起こった。輪郭がぼやけて、体の先端が――指先や足首の辺りがゆっくりと透けていく。映画のフィルムで見たようなCG映像と似ているようで、全く違う。ケイ君の体は少しずつ、景色と一体化していく。空気に、溶けてしまっている。


「僕、楽しかったんだ。皆が大好きで、仕方なかった」


タケがケイ君のほうへ近づいた。腕を、伸ばす。それは届く事無く空を掴んだ。

ここに居たのに。確かに、在ったのに。一緒に鬼ごっこができたはずのケイ君には、もう触れられない。


「ケイ君、私も」


私は大声で叫んだ。何もせずにはいられなかった。何か、伝えたかった。


「私も、大好き。大好き」


……最後に私の目に映ったのは、彼の笑顔だった。

ケイ君の唇が、なにか形を作る。私は必死で目を凝らした。


――またね。


視界が真っ白に染め上げられた。光なのか、違う何かなのかわからない。白に飲み込まれて何も見えなくなる。

思わず私が目を細めた次の瞬間には、純白の景色は嘘のように消え失せていた。――目の前に広がったのは、風に揺れる樫の木だけ。

ケイ君は、どこにもいない。


「ケイ」


茫然としたような声。タケが呟きが私の頭を覚ます。

……行ってしまった。漠然とそう思った。帰ってこない。もう、私の前には現れてくれない。泣いても、叫んでも、どうにもならない。この穴が開いたような淋しさを、どう言えば良いんだろう。


「チョコ、ごめんね」


――ミズホの声が、聞こえた。

小さく擦れた声だった。まだ涙の入り混じったその声色は、けれどしっかりとしていた。


「そのままで聞いて」


振り返ろうと体を捻った私を、ミズホの声が優しく押し留める。私の体はそのまま嘘のように動かなくなった。


「……ずっと、ずっと謝りたかったの。ごめんねチョコ。あたし、自分勝手で。弱くて、我儘でごめんね。チョコを苦しめてごめんね。なんであんなことしたんだろう。なんで、こんなことになっちゃったんだろう……」


ミズホの姿は私からは見えない。けれど彼女は俯いて、泣き腫らした目を擦っているのだろうと思った。

いつもそうして泣くミズホを慰めるのは私の役目だった。


「あたし、もう少し生きていれば良かった。きっと色んなことがあったよね。辛くても我慢してれば、チョコと笑える日があったかもしれないよね」


涙を拭うミズホの手を握ってあげたかった。でも、私の体は動かない。


「死んだら終わり。時間は戻せない。わかってたけど……でも、チョコと話せただけで今日は幸せ。あたし、先に行くね」


ミズホの声がはっきりと境内にこだました。瞬間、急激に私の体温が下がるのを感じる。

気付いたときには、私は再び自由に手足が動かせるようになっていた。

私は体を思い切り反転させる。耳元で囁くような声が聞こえる。


「ごめんね」

「――ミズホ……っ」


私が振り返ったその先には、もうミズホの姿はなかった。


「何で……」


悔しくて、悲しくて、服の裾を握り締めた。

私の親友は、また私の前から消えたんだ。消えてしまった。やっと、やっと会えたのに。

空が柔らかな藍色に染められていた。どんどん明るさが増していく――もうすぐ、朝日が昇る。


「あーあ。ミズホったら、もういっちゃったぁ」


ハナエがゆっくりと立ち上がった。長い髪をかきあげて、私のほうに歩み寄る。後ろから、ショウもやってきた。


「俺達だけになっちまったな」


ショウが笑う。ハナエも笑んで、私の目を真直ぐに見つめた。


「チョコ、思い出した?」


私は頷いた。ハナエは嬉しそうに、よかったぁ、と呟く。


「ハナとショウが欲しかったものはね、ケイ君の魂の自由と、チョコの記憶」


二人は顔を見合わせ、満足気に笑った。


「ケイは自分の死に気付かずに、この場所に魂を縛られてたんだ。俺達は、あいつを自由にしてやりたかった」

「それからね、チョコの心の中に、本当のハナ達を残しておきたかったんだぁ。チョコに、現実を受けとめてほしかった。そのうえで、チョコの心でハナ達を生き続けさせて欲しかったの」


ハナエが何を言いたいのか、私にはわかっていた。思い出していたのだ。

――ケイ君と一緒にトラックの事故に巻き込まれたハナエとショウ。ハナエは救急車で運ばれる最中に、ショウは搬送先の病院で、それぞれ命を落としていたこと。

親友達の死は、私の脳を精神面からひどく傷つけた。私は両親の配慮で転校することになり、そのまま三年間、皆の死に目を背けて生きてきたのだ。


「ハナね、いつ死んでも良いやぁって思ってたんだ。でもやっぱ、お別れは辛いよ。ハナはチョコに、ハナ達が死んだことを受け入れてもらいたい。それでもハナ達はチョコの中に生きてるよって、わかってもらいたい……ハナが死んだこと、ううん、ハナが生きてたこと、チョコに覚えててほしい。だから、今日はここに来たんだよ。チョコはハナの我儘、許してくれるよね?」


私は必死で頷いた。声を出そうとしても全てが嗚咽に変わってしまう。胸が熱くて、締め付けられるようだ。


「タケ。お前さぁ、背ぇ伸びたよな」

「……ショウ」


ショウはタケの前に真直ぐにたった。伸びが悪いことを気にしていたはずのタケの背は、いつの間にかショウを越えていた。


「タケ。大学、ちゃんと行けよ。ミズホみたいなしっかり者と結婚して、俺やハナエみたいな癖のあるガキを生んでもらえ。しっかり働いて、ケイみたいな温和なじーさんになって、チョコとは最後まで仲良くやって、笑って死ね」

「ショウ」

「俺達の分まで生きろなんて言わねぇよ。自分の命一つ分、きっちり使いきってこい。俺は、お前等が来るまで待っててやっから」


涙で視界が歪んで、何も見えなくなった。

瞬きすると瞳から大粒の雫が転がり落ちて、私は慌てて頬を拭く。


「私、皆に―――」


顔を上げると、そこには立ち尽くすタケの後ろ姿だけがあった。

……私の伝えたかったありがとうは、間に合わなかった。









「チョコ」


タケが私の肩に手を置いた。温もりがじわりと体に染み込んで、反射的にまた涙が流れた。

タケに声を掛けられるまで、私は四人の名を繰り返し呟いていたような気がする。頭の中がぼうっとして、熱い靄がかかっているみたいだった。


「俺、お前の記憶が欲しかったんだ。思い出してほしかった、あいつらのこと。お前が来るかも知れないから、今日はここに来たんだ。お前が思い出すきっかけになればいいと思って」


――元気にしてるか。


転校したばかりの私をタケが訪ねてきたのはいつだったろう。


――覚えて、ないのか?

――何言ってんの、タケ。そっちはみんな元気にしてる?


思い返してみれば、タケはずっと一人で戦っていたのだ。


――ああ、元気だよ。


私の為に悩み、行動していた。ずっと一人で悲しみを抱えていた。


――泣いてるの? タケ。


全てを忘れて暮らしていた私に代わって、涙を流してくれていた。


――なんでもねぇよ。



私は涙を拭い空を見上げる。薄紫の雲の隙間から、白い光が差し込みはじめていた。真直ぐに降り注ぐ金の糸。綺麗で、悲しくて、喉の奥が震えた。


「あいつらを見たとき、夢かと思った。だって嘘みたいだろ。本物の幽霊だぜ? ……でもあいつら、ホント、生き生きしてるんだ。生きてるみたいなんだよ。夢でも俺、嬉しくってさ……」


タケは努めて明るい声を出しているようだった。

ふと彼が目をやった方向を見ると、菩提樹の後方に広がる山々の端からまばゆい光が溢れだしているのが見える。

すぐにそこから金色に燃える太陽の淵が顔を出した。山を覆う雲の合間から一層明るい光が漏れる。

力強い灯の色。命を彷彿させる光景だった。なんだか無性に泣きたくなって私は目を瞑る。


「お前の記憶。あいつらの望みは、俺と一緒だったんだ……菩提樹は約束を守ってくれた。俺達をもう一度逢わせてくれた。永遠もくれた。望みも、叶った」


タケは私の肩から手を下ろす。代わりに腕を掴んで、座り込んでいる私を地面から引き上げた。


「帰ろう、チョコ」


日の出はあまりにも眩しく、純白の光が私の瞳を、涙腺を刺激する。私は目を細めながら朝日に照らされるタケの顔を見て、小さな声で、けれどはっきりと返事をした。


「うん」



タケは、泣いていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ