第1話「がんばりましょう、おー」
ギルが念願の商人ギルドの正会員になった数年後。
バネッサも、ギル商会所属の「エース」採取師として、広域の採掘量レースのトップを連年獲得していた。
採取師とは、山に入り、魔法鉱石を掘り出す者たちのことである。
ギルは何年もかけて、バネッサをその一流──エースへと育て上げた。
──ギルドの正会員になること。
──弟子であるバネッサを一流の採取師にすること。
ギルは、その二つの夢を実現させた。
得意満面の日々であった。
バネッサは、駅前の牛丼屋でカレーを食べながら、エースとか面倒くさいなあと思っていたが。
ある日、バネッサが採掘から戻ると、ギル商会のスタッフに呼び止められた。
「バネッサさん、次の採掘なんですけど、相談がありまして」
「はい。なんでしょう」
「新人二人の指導をしてほしいんです」
「ええっ」
「期待の新人でして。エースのあなたに鍛えてほしいんですよ」
「む、無理です。指導なんてやったことないです」
「バネッサさんなら大丈夫ですよ」
スタッフと別れた後、バネッサは社長室に駆け込み、ギルに自分には指導など無理だと泣きついた。
「バネッサ、お前もそろそろ後輩の面倒をみる時期になったってことだ」
ギルはあっさりと、バネッサの弱音を受け流した。
他人との付き合いが苦手なバネッサには、ソロで採掘を続けさせてきた。
だが、ギルもいつまでもこのままで良いとは考えていない。
「最初から上手に指導なんてできなくて当たり前だ。逆に、新人がどういう所で分からなくなるのか、教えて貰うつもりで行ってこい」
不安は残っている。
だが、ギルにそう言われては逃げられない。
バネッサは腹をくくった。
そして当日、指定された集合場所へ向かった。
◆ ◆ ◆
「バネッサです。よろしくお願いします!」
指定された場所には、噂のエース、バネッサがすでに待っていた。
金髪、ペリドット色の瞳。
広域で名を響かせている、ギル商会の有名な採取師。
ベニバナとヒナギクは、集合時間より早く来たつもりだった。
それなのに、バネッサはもう到着している。
しかも、先に頭を下げてきた。
二人の若い見習い採取師は、慌てて挨拶を返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします、ベニバナです!」
「お、お世話になります、ヒナギクです!」
ベニバナとヒナギクは、最近見習いになったばかりの女性採取師だった。
体育会系のごつい男たちが多いギル商会では、若い女性の見習いは珍しい。
面倒見のいい採取師は多いのだが、距離感がぎこちなく、厳しくしすぎたり、逆に気を遣いすぎたりすることがあった。
そこでスタッフは、見た目の年齢が近く、同じ女性でもあるバネッサならば、二人も相談しやすいだろうと考えた。
「指導は慣れていないので、何かあれば言ってください!」
エースなのに、なんて低姿勢なんだろう。
しかも、相手は女性の先輩だ。
ベニバナとヒナギクは、今回の採掘は安心して相談できそうだと思った。
「森の入り口まで、商会のスタッフさんが車で送ってくれます。では、二人は後ろの席にどうぞ」
移動中の車の中で、バネッサは向かっている鉱山について丁寧に説明していた。
新人二人は、ふんふんと素直に聞いている。
うんうん、人見知りのバネッサさんにしては、ずいぶん頑張っているな。
おかげで新人二人も緊張せずに聞けているようだ。
今回のチーム編成は良い感じだ。
採掘場所も、うちの鉱山の中では危険度が低い。
何も問題ないだろう。
商会スタッフは、安心してハンドルを握っていた。
森の入り口で、山道に入る前の最終チェックをする。
採掘道具、魔道具、ロープ、救急キット、保存食。
すべて問題なし。
当然だ。
新人二人は、エースが同行してくれると聞いて、昨晩から何度も装備を確認してきたのだ。
バネッサが山を指さす。
「じゃあ、山に入りましょうか」
「はい!」
今回の採掘ポイントは安全だが、森の入り口からはそこそこ距離がある。
バネッサは、新人二人の足に合わせて、最初はゆっくり進んだ。
だが、ベニバナとヒナギクの足取りは思ったよりしっかりしていた。
途中で一度休憩を取り、その後は少しだけペースを上げる。
二人とも遅れることなくついてきた。
そのため、予定より早く採掘ポイントに到着した。
採掘は、明日の早朝から始める予定だ。
三人は岩陰の平らな場所で、野営の準備を始めた。
バネッサが焚火の用意をする様子に、新人二人は驚いた。
採取師は、一般人の目につかないよう山に入るのが基本である。
そのため、夜の焚火は本来なら避けるべきものだった。
「バネッサさん、焚火、大丈夫なんですか?」
「大丈夫です。光学隠蔽の魔道具を使うので、火の光は外に漏れないのです」
そこまで言って、バネッサはハッとしたように付け足した。
「でも、焚火は私の趣味なので。慣れるまでは真似しちゃだめですよ」
火があると、身体も心も温かくなる。
新人二人は、エースの余裕と心遣いにしびれた。
ベニバナが、近くの川から川魚を捕まえてきた。
ヒナギクが、その川魚と野草を使って、美味しいスープを作った。
バネッサが、食後にマシュマロを焼いた。
三人は、明日からの採掘を楽しみに、それぞれ寝袋にもぐった。
◆ ◆ ◆
翌朝。
ニコニコ顔のバネッサが出す指示を聞いて、ベニバナとヒナギクは耳を疑った。
「ここから、あっちの杉の木まではベニバナちゃん」
「あそこから、あっちの大岩まではヒナギクちゃん」
「一生懸命掘ろうね。お昼は各自で食べてください」
「日が落ちる頃に、この場所に集合ですよ」
「大丈夫。カーンカーンと掘っていれば、鉱石は出てくるから」
「私は、あっちの上で掘っています。何かあったら合図してくださいね」
……範囲、広すぎない?
……それに、指示が雑すぎる。
え、バネッサさん。
どうしてそんなに楽しそうなんですか?
バネッサは、ひまわりの花のような明るい笑顔で二人に声を掛けた。
「じゃあ、今日もがんばりましょう、おー」
◆ ◆ ◆
四日後。
ギル商会のスタッフが、待ち合わせポイントに車を回した。
少し離れた場所で、バネッサがこちらに手を振っている。
相変わらず元気そうだった。
その足元には、鉱石袋が三つ並んでいる。
新人二人の姿も見える。
スタッフは車を停め、三人を出迎えた。
「お疲れ様でした。成果はいかがでしたか?」
「上々でしたよ。ほら、お二人の鉱石袋を見てください」
スタッフは二人の鉱石袋のふくらみを見た。
新人の四日間とは思えない成果だった。
「すごいじゃないですか、お二人とも。過去最高記録ですよ、これ」
「……はい、ありがと……ございまっす」
「うう、……がんばり……ましゅた……」
だいぶ疲れているみたいだな。
スタッフは、バネッサに触発されて相当頑張ったのだろうと思った。
帰りの車では、行きと同じく、バネッサが助手席に座った。
新人二人は後席である。
バネッサは運転するスタッフに、二人がすごく頑張ったと嬉しそうに語っていた。
だが、後席の二人は押し黙ったままだった。
疲れている、というより。
まるで、山で保護されたばかりの転生者のような様子だった。
商館に戻り、鉱石を納品する。
見習いの成果ではない。
一般の採取師と比べても、見劣りしない採掘量だった。
スタッフ一同が拍手する。
バネッサはニコニコしていた。
しかし、新人二人は拍手にも反応せず、ぼんやりと立っていた。
喜んでいるようには見えない。
さすがに様子がおかしい。
同行していたスタッフは心配になり、新人二人を居酒屋に連れて行くことにした。
「あの、何か……あったのですか?」
ビールのグラスを両手でつかみながら、ベニバナが無表情に呟く。
「いえ、……バネッサさんには……大変よく指導して貰いました」
枝豆を一粒一粒つまみながら、ヒナギクが大きな息を吐いた。
「わたし、……これ以上……採取師、無理、かもです」
何があった。
何をしたんだ、バネッサさん。




