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q; ドライブ

 奇麗な夕焼けが西の空を染め上げていた。風が強く、珍しく乾いて澄んだ空気が視界を広げ、遠くの山々まではっきりと見えていた。濃い橙から深い黄色まで縞状になった夕焼けと、切り絵で作った影絵の様に見える山とのコントラストは写真に残したくなるほど美しかった。同じ様に思う人間も多い様で、橋の上には三人程西にカメラを向けている者がいる。


 あれから一年が過ぎた。監視は二ヶ月ほど前から付かなくなった。時折、さっと触れるようなアクセスを感じるが、軌道に乗り出したサイキック訓練部隊の生徒ヒヨコが訓練を兼ねて行っているものと思える。彼も時たま教官を務めているので、ヒヨコは全員知っているし、そのアクセスの癖も分かるので、誰がやって来たのかほぼ分かっていた。気付かずに連中に精神こころの防壁を抜かれた事などないだろう、と自負している。飛鳥中佐なら自信はないが、最近はアクセスでの思考会話すらしていない。彼女は彼女で忙しい様子だ。今も日本にいるのか、海外で戦っているのかは定かでなかった。

 彼の方も忙しくなって来た。今日、国防庁へ呼ばれて行ったのも、本来なら飛鳥中佐に予定されていた仕事の内示とブリーフティングだった。どうやら彼の方の自粛状態も解けた様だ。


 彼は欄干に寄り掛かり、夕焼けを見つめながら珍しく缶ビールを飲んでいる。すると、回転灯を回しているがサイレンは止めている四輪駆動のパトカーがやって来て、路肩に停めてある彼のバイクの後ろに寄って停車する。彼がそちらを気の無い風に見ていると、

「そこの男。公然飲酒は一般風紀法違反だぞ!分っているんだろうな!」

 拡声器の声が歪んだ怒りの声を彼に投げ掛ける。彼はやれやれと首を振ると、缶の中身を下に向けて捨てようとした。すると、

「待て!捨てるな、今そこへ行く」

 彼が缶を持ち直すと、パトカーのドアが開き、制帽にサングラス、暗緑色の武警の制服を着た、立派な髯に頬から口元まで覆われた男が降り立ち、歩道との間のガードレールを身軽に飛び越えて歩いて来た。

「おい、お前。風紀法違反の現行犯で逮捕する」

 彼は肩を竦め、

「見逃してよ、お巡りさん」

「そこいらの巡邏警官と一緒にするなよ。俺は武警の特別区警護隊だ。いいから乗れ。一緒に来い」

「これでもかい?」

 彼はIDを出すが警護隊の男は首を振り、

「お前が国防長官だろうと首相だろうと構わんよ。いいから来るんだ。それとも強制執行されたいのか?罪を重ねる事になるぞ」

 彼は諦め、大人しくパトカーに向かう。中からもう一名、同じ制服制帽の男が降りて来ると、

「おい、お前の『チャリンコ』の鍵を出せ」

 隼人は鼻で笑うとバイクのキーを出し、髭の男に投げ付ける。胸に当たって落ちたキーを、男は無表情で拾うと相方に投げ、

「いいな?任せたよ」

 相方は頷くとバイクに歩み寄り、馴れた手付きでヘルメットを取り出すと被り、さっさとエンジンを掛けて西の方へと走り去った。

「ちゃんと返してくれるんだろうね?」

 男は見送りながらぼやく隼人を小突く様に車に乗せると、自分は運転席に乗った。

「お前には黙秘する権利がある。但し黙秘権の乱用は罪を重くする可能性が高いので、言われた事には正確に答える事を忠告しておく」

 運転席で前を向いたまま一方的に権利を話し始めた男は、そこで笑い出し、

「とまあ、逮捕者にはこうしてやるんだが、続けるか?」

「ホントに人が悪いな、兼田さんは」

「飲んじゃえよ、高いビールを勿体ない」

 まだ手に、想像上の動物を描いたビールを持ったままの隼人に顎をしゃくって兼田は言う。

「いいの?公務中の警察車両内で飲酒、ってアングラ紙の格好の記事だよ?」

「そんなのに知り合いでもいるのか?言いたきゃ言ってもいいよ、どうせ誰も信じやしない」

 隼人は言われた通り半分ほど残っていたビールを一気に飲み干すと、

「久々だね兼田さん。で、縄張りからこんな所まで降りて来て、一体何の様?」

「あんたが一時間前から明日ヒトゴマルマルまで休暇なのは知っている。来て貰いたい所がある。ちょっくら遠いが、そこで寝ていてもいい」

「へえ、ドライブか。楽しみだな。で、どこへ?」

「それは着いてからのお楽しみ、と行きたいところだが、あんたに掛っちゃ、ココを読まれるから隠せないな」

 と、兼田はサングラスを外し制帽を脱いで頭を叩く。隼人は暫く考える様子を窺わせたが、首を振りつつ、

「いいや、止めておくよ。兼田さんの頭は何度か覗かさせて貰ったけれど、あんまり気味の良いものがないから、まるでお化け屋敷の様に心臓に悪いんだよ。だから、止めておく」

 兼田はけらけらと笑い、

「人を化け物の様に言うなよ。まあいい。じゃ、いくぞ。オシッコはしなくて大丈夫か?」

「はい、大丈夫です、センセイ」


 兼田は武警警護隊専用の三菱製高機動四輪駆動パトカーを、百キロ超えで国家優先レーンに沿って飛ばし、第三次大戦により放射能の廃墟と化した後、漸く復興が急ピッチで進む旧都心部を迂回、高井戸から練馬、赤羽から川口へと抜けて東北方面自動車専用道へ乗った。これで行先は首都大宮より北、恐らくは栃木より北と思われた。否応にも隼人の緊張は増して行く。

 更に宇都宮を過ぎ、那須を過ぎると彼は確信する。この武警の男は自分を彼女の居住先へ連れて行こうとしている。でも、何故だ?

「……理由を聞いてもいいかな?」

 東北地方へ入ると隼人は初めて質問した。

「何のだ?」

 兼田はとぼけて聞いた。兼田の方もそろそろ隼人が切り出す頃合い、と踏んでいたはずだった。

「どうして彼女の所へ連れて行く?」

 兼田はバックミラーに向って笑う。

「彼女って、誰だ?」

「勿論、篠田瑛子の事だ」

「ほう」

 兼田がアクセルを更に踏み込むと、四駆のエンジンは重く吼える。速く走る事を目的としない車だが、パトカーである以上スピードリミッターは付いていない。時速は百五十キロを超えていた。

「何故、篠田瑛子の話になるんだ?俺の頭を覗いたのか?」

「覗いてはいない」

 兼田はフンと鼻で笑うと、

「どうしてこの先に彼女がいる、と思うんだい?」

 隼人はシートから身を乗り出すと、珍しく苛立った声で、

「僕は知っているんだ、彼女の居場所を」

 すると兼田は笑みを消すと、エンジン音に消えそうな小声で、

「隼人君。最初から無理せず俺に言えばよかったんだ。皆が皆、正論を振り翳して例外は認めない堅物とは限らない。信用する信用しないはあんたの勝手だが、目的さえ達成すれば、過程における逸脱など、モノの数でないとする分かっている上もいる。人さえ選べばこの世もそう捨てたものでもないさ」

「相変わらず楽天的だね。そんな事を僕に言っていいの?」

「そのまま返すよ。彼女の居所を知っているなど、武警の士官に言って良かったのかい?」

 束の間、エンジンの音だけが車内に響いていたが、やがて、

「ま、お互い様だな」

 のんびりと言ってよい雰囲気で兼田が言う。

「そうだね」

 隼人の方は緊張で普段のポーカーフェイスが強張っていた。

「お互い、とんでもないな」

「ああ。とんでもないね」


 午後十時を廻り、東北方面自動車道には輸送車両と軍関係、警察関連車両ばかりが目立って来た。

 兼田は無音で赤い回転灯だけを回していたが、次第に彼らの四駆以外にも回転灯が目立ち始め、隼人たちに対向する上り車線は正しく回転灯の洪水だった。

 サイレンを鳴らし優先道を疾駆し一瞬の内に消え去って行く緊急車両。左側車線を行く四トンや十一トントラックに混ざって青い回転灯を点けて走る自治軍の兵員トラック。

 そして見物だったのは延々と続くのではないかと思う様な異様な車列コンボイ。暗いオリーブ色の防水シートに包まれた巨大な『塊』を乗せた戦車輸送車トランスポーターの車列が十八輪を軋ませ、途切れることなく一キロに渡って連なって行く。その横を並走する八輪の偵察装甲車には、ハッとする様な美人士官がハッチから上半身を覗かせ、規定ギリギリに伸ばした髪をヘルメットから靡かせ、思わずスピードを緩める下り線の車に笑顔を向けていた。

 緊急車両の赤い回転灯、ブレーキ灯の赤、軍や自治軍車両の青い回転灯。これらが入り交じる様子を眺めていると隼人は、何か政治的な祭典のフィナーレでも見ている様な、妙な気になって来た。

 サイレンを最大音量で響かせながら、後方から飛ばして来た地方警察の追跡警戒車インターセプターに道を譲った時には、通り過ぎるナカジマ製パトカーから挨拶代わりのハザード点灯を受ける。

 隼人には、その黄色の点滅が、辺りに溢れる赤と青の中で唯一、真実を伝える信号の様な不思議な光に見えた。その魔術的な暗示は、何かが起こる前兆の様にも思えて来る。精神こころは鋭く尖って行き、視界は益々澄んで行った。


 こうして隼人の五感は夜が更けるに従い、どんどんと研ぎ澄まされて行く。その力強く頼もしい安定感、全てを見通す事が出来そうな程の自信が隼人を満たし、精神こころは六感に訴え、能力は見るもの聞くものに全て意味がある事を教え、光り輝くそれらが放つことばが全て精神こころの一点に集約して、そこで眩しく爆発的に光輝き、目を細めないと見ていられない金文字を浮かび上がらせている。


 シ・ノ・ダ・エ・イ・コ、と。


「もう直ぐだ。次のインターで降りる」

 エンジン音に負けまいと声を張った兼田の声を認識した隼人は、さっと現実に戻る。

 車は左に寄って斜路ランプを降りて行き、赤と青の競演から一転、ナトリウムのオレンジと水銀の白だけの世界に入る。

 インターは空いていて、彼らの前には三台の貨物トラックだけが並んでいたが、それらは料金ゲートを出るとそれぞれの目的地へと消えて行く。彼らはゲートに隣接した四車線の国道に入り、中央線に沿って疾駆した。

 十五分過ぎて停まったのは、頑丈なフェンスとぎらぎら輝く水銀灯の光が目立つガソリンスタンドで、隼人が問い掛ける前に兼田は、

「ここじゃない。車が腹減ってるんだ。ついでにこちらはタンクを空にする。あんたもそうしろよ」

 武警の四駆に給油するのには少々手間取った。管轄外の車両へ給油するに当たり、スタンドの職員 ―― ガソリンスタンドは公立なので公務員だ ―― は兼田の出張許可証だけでは満足せず、押し問答があった。中年の職員は、地元の武警の許可がいると言い張り、仕方なしに兼田がある電話番号を教え、職員がそこに掛けてから漸く満タンにして貰ったのだ。

「くっそ、漏れるところだったぜ」

 と、これはトイレから出て手を洗いながら隼人へ、

「後二十分といったところだ」



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