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n;なにも、いらない

 翌日は誰もが反省の日になった。


 昨夕、新開隼人を監視しながら見破られ、監視要員のレシーバーにアクセスされたエージェントが、言い訳の限りを尽くした報告書を書いていた頃。

 当の隼人は朝一で室長に呼ばれ、室長の将軍、彼担当の管理官、そして初見の男女に囲まれていた。


 まずは会議室の中央に置かれた二十センチ四方、高さ十センチ、銀色の棒アンテナが四本突き出し、まるで金属の生け花と言った感じの黒い装置が作動される。

 これは先年正式化された盗聴防止装置で正式には『八二式音声(思考)盗聴防止装置』と言うが『バルーンメーカー』と言う実験段階での秘匿名が有名となり、大抵はこちらで呼ばれる。この頃のタイプは装置から半径三メートル以内が密室状態となり、この円内の音声は物理的な盗聴手段では記録出来ない。機械的な盗聴では、ただ雑音が聞こえるだけだ。これだけでは大したことはないが、この装置は更に、人間の心の動き・思考への侵入も防いでくれる。能力者が複数活動する様になった世界では密談するのに不可欠となりつつある。欠点としては装置の有効範囲内でもサイ同士、またはサイと非能力者ノーマルとの思考会話が出来なくなる事だった。逆に言えば装置の前ではサイをほぼ無力化出来る事となり、当時はアンチ・サイ兵器としても有効だったが、やがてサイの一人がその方法ぬけみちを見つけ出し、有効範囲内でも思考潜入が可能となってしまい、防護兵器としての意味は消失する事となる。


 装置のスイッチを入れた後、グレイのスーツ姿の男がその装置を裏返し、四ヶ所ネジ止めにされたバックパネルに張られた封印紙を確かめ、破られていない事を視認する。彼は装置を元通りに置くと、トグルスイッチの上にある小さな赤いランプが点灯するまで暫らく皆が黙って向かい合った。装置は始動後有効になるまで一分掛かる。漸く赤いランプが点灯すると室長は咳払いし、

「では紹介しよう。こちらはサタケ少佐とヒノ中尉。所属は情報通信省だ。いいかね?」

「初めまして新開中尉」

 佐竹は身を乗り出すとテーブル越しに手を差し伸べ、義務的に差し出した隼人の右手を力強く握った。若い日野は有能な女性士官らしくさっと一礼するに止める。隼人はこれにも義務的に礼を返すと着席しながら隣の管理官の横顔を見つめる。彼は今朝会ってから目線を合わそうとしない。今も無表情で前を眺めているが額が光っている。暖房のない初冬の部屋で薄っすらと汗をかいている事が彼の精神状態を示していた。

 それも無理はないだろう。軍・警察関連の反乱に目を光らせる『首相の猟犬』、情報通信省保安調査局、通称『保調』が目の前にいるのだ。

「よろしいですか、室長」

「どうぞ始めて下さい」

「では、改めまして。我々はあるテロリストグループの背景を調査しています。調査の過程でこの案件に、軍の国家的プロジェクトに参加していたある者が関係し、このプロジェクト自体をも巻き込んで危機が拡大しているとの疑いが浮上したのです」

 佐竹は思わせ振りに言葉を切り、じろり『工場』の人間たちを見廻したが、誰一人表情を変えるものはいない。微笑を浮かべると佐竹は続ける。

「このプロジェクトは国防庁の極秘計画ブラックとして長い年月を経て、当初の目的の完結まであと一歩のところまで来ていると言う。テロリストグループは二年ほど前に壊滅したと思われたがつい半年ほど前に、実は一部が逃走を成功させ組織が存続し再び活動を活発化させていることが判明した。この逃亡にプロジェクトの一員が関係した、との疑惑があった訳ですな。私の同僚が全般の捜査をしましたが、今のところ容疑に結び付く直接の証拠は何もない。多分、証拠不十分で終わることでしょうな」

 はっと空気が張り詰めるのがわかる。『工場』が二年前のプロジェクトへ関与したのは、エンジェル側にもサイの存在が認められたからであり、四名のサイ兵器がエンジェルの逮捕執行に関わっていた。隼人も飛鳥も参加していたが実際には相手側にサイの気配はなかった。今回、エンジェル復活の裏にはあの当時、相手側のサイを見逃したからではないかとの嫌疑が掛けられていたのは『工場』側も承知していた。しかし、表立ってその嫌疑を問われることも、また、証拠不十分なる話を捜査側がするのはこれが初めてだろう。人々の反応に気を良くしたのか、少佐は四方山よもやま話でもするかの様な気安い態度で続ける。

「我々はナチスやソ連ではないよ。証拠もない者を何時までも付け回す事などしない。我が国は民主主義国家だからね」

 軽口が反対に重い現実を浮き彫りにする時がある。今の言葉は正にそれで、苦笑したのは言った本人だけだった。余り威厳を失ってもいけない。少佐は口調をがらりと変える。この男の尋問は受けたくないな、と居合わせた者に思わせる冷たい口調で、

「最近は人権擁護とか言う偏った思想をお持ちの代議士の先生が随分とご活躍の様子で、各所で様々な弛みや歪みが生じているが、軍や武警も例外ではないな。不倫あげくの拳銃無理心中やら麻薬常習やら密輸に係わる海軍士官等、マスコミを押さえ切れずに明るみに出て、ゴシップを提供するのは大抵軍や警察だ。ああ、君らの言いたい事は良く分かる。責任ある防人さきもりのゴシップほど情報に飢えた庶民には格好の餌はない、そんな奴は本当に例外で、公務員の他の部署の方が割合的にはひどい、とまあ、そんなところだろう?」

 佐竹の顔は微笑こそ浮かべてはいるが、子供なら泣き出しそうな恐ろしいものを秘めている。

「だがね、私に言わせれば、軍・警察にいるものはすべからく後ろ指を差されてはいかんのだ。当たり前だろう?誰が国を守るのだ?その守り手は一点の曇りもない事で国民の期待に応え、それが大国の狭間で対等に渡り合う我が国の力となる。国・民・軍が互いに信頼し合い、誠実に科せられた義務を負う。共産主義の国イコール党の様な一党独裁や、行き過ぎた資本主義の大企業のエゴと拝金主義で動くカイライ政府等は、一致団結した我が国の敵ではない。その根幹を揺るがす自己中心主義者、エセ平和主義者は断固排斥しなくてはならない。我々はそのためにいるのだよ」

 少佐はジロリとねめ回すが、国家の正論に対し公務員である彼らのこと、反論する者や意見する者などいる訳がない。唯一、隼人だけが少佐を見つめていたがその顔は全くの無表情、否、悟り切った顔とでも表現すべきか、どこか超然としている。その視線を臆せず受けた少佐は彼に突然話し掛ける。

「君はあの中佐の事をどう思っているのかね?新開中尉」

「一体、誰の事をお話しですか?」

「すまん、飛鳥中佐の事だ」

「勿論同僚であり上官でもありますが、姉弟のようにも感じております」

「何故かな?君の遺伝子が彼女の一部から創られたからかね?」

「そう言う事もありますが、幼い時から良くして頂いていますので、その感情からと言った方が正しいとお答えします」

「そうかね。確かに国家の最終兵器とも称される君たちだ。仲がよい事は申し分のない事だがね」

 佐竹は意味ありげに言葉を切ると、

「飛鳥中佐は国家に対し忠実と思うかね?」

 すると管理官が話に割って入り、

「これは尋問でしょうか?事件の尋問であれば公式な令状をお見せ頂けないでしょうか」

 すると室長の将軍も後を受け、

「佐竹君。君が我々のブラックをよく知っていることは証明されたよ。しかし、こう見えても新開君は陸軍の正規士官だ。尋問には正式な令状と国防本庁よりの承認を要するはずだがね?これ以上のブラックに関連する発言は上の許可無しでは難しいと考えるが、どうだろうか」


 元来、軍とその傘下はこの少佐の組織を蛇蝎の如く嫌っている。軍人や警察官を疑いの目で見てその腹を探り、軍ではないのに軍と同じ階級制度を持つ保調の事を、軍人たちはKGBやらゲシュタポやらと散々に陰口を叩き、火花こそ散りはしないが対立の構図は明確だ。

 佐竹は何か傷付けられたかの様な表情を浮かべると、

「これは申し訳なかった。何分我々の仕事は先ず疑うことから始まるのでね。悪気はないよ。この質問は、私の立場をきちんとさせてから後日改めて伺うこともあるだろう。さて、本題に入るとしよう」

 佐竹は隼人に向き合うと、

「我々は軍のブラックについては与り知らない。計画の進捗や成功は軍の責任だし、ある意味、それに参加する人員の風紀や規律も軍の責任だ。たとえ隊内での規律の乱れによって計画が損なわれたとしても我々が出張るには及ばない。君たちは君たちのルールで処罰を行なうだけだ。しかし、それが外の組織や構成員に関わり、阻害要因が複数の組織に伝播するとしたら、我々の仕事となる」

 佐竹はいっかな表情の変わらない隼人に鋭い視線を送ると、

「いいか新開中尉。恋愛に関しては法令を遵守するのであれば何ら問題はない。警察諸君がイタチごっこの様に取り締まりを繰り返す風俗犯罪ばいしゅんに関しても、だ。これは個人的意見だが、あれは取り締まろうにも絶対に根絶されないものだからね。しかしだ。君が通っていたあの女公務員は、君も知っての通りリバーサーだ。しかも政府の機密情報を扱う部署に勤務していた。君自身、軍の機密機関に於いて国家の最高機密そのものとして存在している。確かに、二人とも成人した健康な独身男女で、実際の歳が四十離れていようとそれは問題なく、その仲を裂くのは野暮の極致だよ。だが、君らが所属する組織は気に入らんらしいな」

 佐竹がちらり見遣る将軍は視線を合わそうとしなかった。それを受けて佐竹は続ける。

「いいや、正確には君が接するこの『工場』や『木更津』は目くじら立ててはいない。しかし、国防本庁はそう思ってないようだな。彼女の組織の方は最初、無視を決め込んだ様子だが、君の素性が分かると ―― と言っても君がファイブAだと言う事が分かっただけだがね ―― びびってしまい、その上の官庁も泡を喰ったらしい。そう言う次第で、君らの仲を野暮を承知で終らせる決定が下された。昨日の橋での茶番劇は余計だった。我々が君とこうして会える段取りを付けるまでに手間取ってしまってね。どうかね、これでお分りかな?」

 隼人は、ふと天井を見上げると目を瞑る。しかしそれも数秒の事、すっと視線を佐竹に合わせ言い放つ。その顔には微かに後悔する様な無念さが滲んでいた。

「よおく分かりました。このような火遊びは二度と致しません」

 明らかにほっとした空気が流れる。室長は微かに吐息をつき、管理官は額の汗を拭いた。佐竹は満面に笑みを浮かべながら、

「見事な即断即決だ。ありがとう。何よりも義務と規律を優先する若者を見るのはいつでも清々しい。いや、ありがとう、何か代わりに要求があったら話したらいい。そこの室長を始め、本庁だろうがどこだろうが何も拒まないだろう」

 少佐は片目を瞑って見せるが、隼人は無表情に戻り、呟く様に答えた。

「いや。もう、何もいりません」



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