第八話 守るということ——プリヤ・ミルザ
五大上級貴族にも入っていない中級貴族のプリヤ家として生まれた私は、貴族学校を出た後、第三都市の中級貴族に嫁ぐことが幼い頃から決められていた。
「僕はトキヤ・ガル」
貴族学校へ入学した日、私の隣の席に座ったのは上級貴族のトキヤ家のご子息だった。
「プリヤ・ミルザと申します」
強張りながら言うと、ガルが吹き出した。
なぜ笑われたのか分からなかった。
「ミルザ、友達になろう」
恐れ多い言葉だった。
「僕のことは、ガルでいい」
「でも——」
「——ガルでいい」
言って、ガルは、
「僕はみんなと友達になりたい」
と言って、笑った。
上級貴族と友達になれるなんて、夢にも思わなかった。
ガルには貴族の持つ驕りがなかった。
「僕は、調弦官試験を受けようと思っているんだ」
十二年生の時、ガルが言った。
当然のことだ。建前としていくつかの選択肢は与えられていたが、男性の貴族に調弦官候補への志願以外の選択肢はなかった。十八歳を迎えた男性貴族は調弦官を目指す。反対に、貴族の子女で「調弦官」を目指す者は異例だった。貴族学校を卒業した後、結婚するのが当たり前だった。
でも私はガルについていきたいと思った。幸い、貴族に生まれた女性が自分の意志で決められることがひとつだけある。最も王への忠誠を示せる調弦官を目指すこと。なによりも優先される意思。
私が調弦官候補を望んだ時、
「ミルザ、君には幸せになってほしいんだ」
と、ガルが言った。
私はガルを愛していたけど、ガルに人生を決められるのはイヤだった。
ずっとガルの側にいたい。
この人は、私が知る限り、最も愛にあふれた人だった。
ガルが「檻」という、強大な能力を得た日、私は王に直訴した。
「ガルのために私は生きます」
私たちの担任のカルモ・レザ先生が、
「正気か?」
と、言った。
調弦官候補学校に入ったときから嫌いな人だった。ガルを見下していたから。
「ガルは監獄街に配属される。その意味が分かるか? プリヤ・ミルザ」
貴族が暮らすには最低の環境なのは分かっている。
「レザ先生、私はあなたが嫌いです」
言って、私は人差し指をレザ先生に向けた。
「動くな」
与えられたばかりの能力を使って、レザ先生を動けなくした。
「私は、トキヤ・ガルを愛しています」
動けないままのレザ先生が、
「そんなことはどうでもいい。さっさと私を開放しろ」
と、上擦る声で言った。
「できません」
言って、私は動けないレザ先生の喉元にナイフを突き当てた。
王も、超級五将も私を止めなかった。
上から、ただ観察されている。
「トキヤ・ガルと共に監獄街へ配属されることを願います」
一度くらい、私は私の意志で選択したかった。
「×××」
「はい」
ガルの兄のミチル様が王に答えた。
「×××××」
「……分かりました」
ミチル様が私を見る。
「プリヤ・ミルザ。今きみがしていることは国家反逆罪に当たる。本来ならば死刑だ」
「分かっています」
「それでも監獄街への配属を希望するか? 今すぐにカルモ・レザを開放すればこのことは不問にする」
「かまいません。ガルの側にいられないのなら、死んだ方がマシです」
「そうか」
私の答えを聞いて、ミチル様はしばらく考え込んでいた。
「弟を想う気持ちに免じて、私の責任において彼女が監獄街へ配属されることを求めます」
ミチル様が王に言う。
本来ならばありえない。ミチル様まで罪に問われることになる。
「×××××」
王の言葉にミチル様が頷き、
「プリヤ・ミルザ中級調弦官。監獄街への配属を命ずる」
と告げた。
あれから十年。私はガルと共に監獄街を管理し続けてきた。
無邪気な子供のように寝息を立てるガルの頭をそっと撫でる。
三日前、コイケ・アマダレが黒いネズミにやられて意識不明の重体になった。私への憧れを隠そうともしない健気で勇ましい子だった。女性の調弦官は歴史上、五人しかいない。それほど貴族階級で調弦官を目指す女性は稀だった。
女性の調弦官として孤独だった私にとって、アマダレは心を許せる友だった。
ガルもアマダレも、私が守る。
西区の稀人を集めるよう、部下のギギル・ゲンゲ下級調弦官に命令した。
ゲンゲの能力は「仮死」、命の危機に際して死んだふりができるだけの能力。はじめから負けることを前提とした情けない力だが、下衆のゲンゲにはお似合いだ。
「ミルザ様、西区の稀人を集める手筈が整いました」
無遠慮にガルの寝室へ入ってきて、ゲンゲが湿り気のある笑みを浮かべた。
「お前のような虫が入っていい部屋じゃない」
言って、ゲンゲを殴りつけた。
「がぶっ!」
ヒキガエルよりも醜い声を上げて、ゲンゲが床に吹き飛ばされた。どこまでも醜い男だ。
ゲンゲの汚い襟首をつかんで寝室を出た私は、
「今日中に黒いネズミも殺人鬼どもも捕まえる」
自分に言い聞かせて、洞穴食堂へ向かった。




