第七話 生き残るということ——ママ・マリア
「ラズが帰ってきました」
右腕のゲアに言われ、私は痛む腰を上げて応接室に向かった。
長い廊下だ。私たちディバロのアジトは、捨てられた貴族学校だった。長すぎて膝と腰が痛くてしょうがない。
「ママ・マリア、すいません」
教室に入ると、ラズとその手下たちが一斉に頭を下げた。
「生きててくれりゃいいよ」
言って、私はソファに痛む腰を下ろした。
「幸福商会か?」
「はい。シマを獲られました」
幸福商会。私が五十年近い年月を経てようやく統治した南区を乗っ取ろうとしている小規模な組織だ。
私が監獄街に取り残されたのは五十年前、突如として現れた「最後の王」を名乗る男に王都を乗っ取られたときだ。
ずっと王都だったこの街は新たな王に捨てられて、監獄街になった。今までいろんな獄長がいて、どれも街から抜け出せない能力の持ち主だった。六人目の獄長は、物理的に監獄街を鉄格子で覆った。
私は監獄街の歴史だ。多くの仲間の犠牲の上に私は生き残っている。
「ママ・マリア、応援してください」
ラズが言う。
「がんばれ。がんばれ。がんばれ」
ラズと手下たちの頭を撫でてやると、元気を取り戻して、
「ママ・マリアのために頑張ります!」
と、口々に言った。
私の能力は『応援』、人を励まして元気にするだけの能力。
私の人生は、他者を応援するためにある。ディバロのメンバーは頑張ってきた。頭を撫でてあげることもできずに死んでいった子たちもいる。すべては南区の安定のためだ。
「幸福商会にやられたなんて、情けなくないのか?」
ソファにふんぞり返るハイジマ・テンに言われたラズが、
「うるせえな、王の犬には言われたくねえよ」
と、怯まずに言う。
ラズは頭の悪い子だった。いや、ラズに限らずディバロに頭のいい子はいない。私は、もうすぐ死ぬ。直感だが分かる。右腕のゲアは、後継者には向いていない。
ラズをバカにして笑うハイジマ・テンは、三年前に監獄街に赴任してきた中級調弦官だった。貴族階級の事情は分からなかったが、テンはかなり上の貴族らしい。
「クズどもを束ねられるなんて、偉いババアだな」
半年前、ディバロの息のかかった食堂でテンと出会った。場違いな軍服を着た男にババア呼ばわりされて、逆に私は興味を持った。
「私に何の用だ?」
十数人の屈強な男たちを従えた私を見据えて、
「俺は『最後の王』を殺したいと思っている。手を貸してくれないか?」
と、バカげた提案をするテンは、本音が分からない奇妙な男だった。
「なぜ王を殺したい?」
「貴族なんていう血の縛りから、俺は自由になりたい」
「……面白い若造だ」
言って、私はテーブルに就いた。
「手始めに、監獄街を掌握する」
当たり前のような口調で、テンはとんでもないことを言った。
「どうやって?」
訊くと、テンは笑って、
「俺の能力を教えてやる」
と言った。
「俺の能力は『強化』、右手で触れた人間の能力を強化できる。だが使い勝手が悪い。強化のための燃料は対象者の寿命だからだ。強化の代償が大きすぎる」
それはつまり、私の寿命を使って『応援』を『強化』できるということだった。
「俺の能力は強力だが使えない。あんたの能力はあまりにも弱い。そんな俺たちが組んだら、面白くなりそうじゃないか?」
言って、テンは悪魔のような笑みを浮かべた。
「……勝算が見えないな。理想の為に死ねるほど私は若くない」
「俺には『強化』の副産物として『染み』がある。強化した対象から染み込んだ能力を一回だけ使える能力だ。他の能力者を強化すると染みが上書きされるから、これも使い勝手の悪い能力だが、俺のとっておきだ。王も軍も知らない」
「それがなんだって言いたい?」
右腕のゲアが訊く。
「調弦官になった当初、超級五将の『強化』のため俺は王宮内で勤務していた——」
——監獄街に配属される前、テンは『未来視』の能力を持つ五将に仕えていた。的中確率は六割。テンの能力で強化すると的中確率は飛躍的に伸びた。だが女は寿命を使い果たして死んだ。テン自身、『強化』の代償を知らなかった。
「『未来視』は、もう使ったのか?」
「ああ、俺とディバロが監獄街を制圧する未来が見えた」
この男の言うことをどこまで信じればいいか、悩む。
「六割の未来じゃないのか?」
「『染み』は強化した能力として使える。九割の未来だ」
「……なぜディバロを選んだ?」
「二年かけて監獄街の勢力を調べてみたが、ディバロがいちばん弱そうだった」
テンの思惑が分からなかった。ディバロは死にかけの組織で幸福商会にいずれ負ける。
「ディバロは近いうちに無くなる。それは分かっているのか?」
「幸福商会に押されているのは知っている。だがな、俺はあんたのことを尊敬している」
意外なことを言われて、意味が分からなかった。
「監獄街に収容されている稀人は弱い能力の持ち主だ。あんたの『人を応援するだけの能力』は、世界になんの影響も及ぼさない」
テンの言うことが心に刺さる。確かに私の能力には何の意味もない。ただ稀人というだけで、私は監獄街に五十年も縛りつけられてきた。
「気に食わないよな?」
テンに言われて、私は思った。
気に食わない。
テンと組むことにしたディバロは、西区を中心にして犯行に及ぶ「ピアスマン」と「ドロウイング」という二人の殺人鬼、そして監獄街全域で犯行に及ぶ「黒いネズミ」を探すことから始めた。未だに正体も分からないが、ディバロには戦力が必要だった。
「三日前、中級調弦官が黒いネズミにやられた。その調弦官の能力が『追跡』なんだ。触れた対象者の位置を特定できる」
テンが軽薄な笑みを浮かべる。
「軍に先を越される可能性があるな」
「ところが、その調弦官は意識不明の重体になっている。こっちに運が回ってきた」
言って、テンが開いた右手を突き出した。
「見舞いに行って、人の目を盗んで調弦官の腕に触れた」
なるほど。
「『染み』、か」
テンは今、一回だけ「追跡」が使える。




