第六話 生まれつくということ——ヒビ・タール
僕は、人が燃えるのが好きだ。
燃えながら踊る人間を見ているのが何よりも楽しい。
「今日も楽しかったね」
相方のクインを見ると、
「最悪だよ。私の出番がなかった」
と、怖いことを言われた。
地べたに転がる数十の消し炭を眺めた。第二都市でクーデターを目論む崇高な理念の集団を炭にしてやった。呆気ない。どんな立派な理想があろうが、燃やされたら意味がない。
僕の能力は「炎」、すべてを焼き払う炎を操ることができる。
二十年前、僕は王国の第五都市に生まれた。父と母は僕が物心つく前に流行り病で死んだ。二人暮らしの祖父には何度も「能力を持っていることは隠せ」と言い聞かされてきた。
絶対に、稀人であることはバレちゃいけない。
第五都市を治める上級調弦官ヌフガ・バレレという男は「寄り添う統治者」と呼ばれていた。誰よりも第五都市の平和を願い、当たり前のように街に降りてきて民の声を聞いてくれる良君だった。
バレレ様のお陰で、第五都市はとても平和で裕福な街だった。貧しい僕でも七歳から十二年制の学校に行けるくらいに。
八年生のある日、転校生が来た。
「ウエン・クインです」
そっけなく自己紹介を終えたクインは、僕の隣の席になった。ショートヘア以外にこれといった特徴のないどこにでもいる少女だった。
「僕はヒビ・タール。よろしく」
僕の挨拶は、無視された。
クインの左腕には、いくつもの古い切り傷の跡があって、右腕には犬かなんかの古い咬み傷があった。傷だらけの両腕を隠さないクインがかっこいいなと思った。
二週間が過ぎたある日の休み時間、
「ヒビ。あんたはクインのことをどう思う?」
と、アヒワ・ミサに訊かれた。
「え?」
正座のまま聞き返すと、腕を蹴られた。
「クインだよ」
「愛想がないな、とは思います……」
恐る恐る言うと、ミサは満足そうな顔をした。イジメられている僕でさえ見惚れてしまう、学校一の美少女で権力者の娘のミサには、誰も逆らえない。
「タールにまで嫌われるなんて、よっぽどイヤなヤツなんだな」
次の日から、ミサのターゲットは僕からクインに変わった。
僕は傍観者どころか、ようやくイジメから解放されてホッとさえしていた。
ある日の放課後、帰り道で鼻血を出したクインに出くわしてしまった。
「大丈夫?」
「……拭かせてよ」
言って、クインは鼻血を僕のシャツでゴシゴシと執拗に拭いた。
抵抗できないまま頭のおかしい女だと思っていると、
「私のなにが悪いんだ?」
と、クインに訊かれた。
「私には人の感情が分からない。ただ、ほっといてほしいだけ」
無表情だけど、切実な言葉だった。
「どういったらいいか分からないけど、クイン、きみには魅力があるんだよ」
「魅力?」
クインが首を傾げる。
「ミサは、きみが来るまでいちばんだった」
「だから私はあの女の手下の男に殴られたのか?」
「多分、そう」
「そうか」
言って、クインが僕をまっすぐに見た。
「私とあの女、どっちが魅力的?」
「そ、それは……」
一般的に考えたら、ミサは誰の目から見てもカワイイ。だけど、なんて言ったらいいのか、クインは気づいたら目で追ってしまっている奇妙な女の子だった。
「お前、稀人だろう?」
不意に言われて、電撃が走った。
誰にも知られてはいけない秘密。
慌てる僕の肩に両手を回して、クインは僕にキスをした。
「嬉しい。初めて稀人に会った」
唇を離したクインは——笑っていた。
「な、なんで僕が稀人だと分か……と、思ったの?」
「稀人はいつも泣きそうな顔をしてるんだって、友だちが言ってた」
妙な説得力があった。心のどこかで、僕も稀人に出会いたかったんだと思う。
「で、お前の能力は?」
「……『炎』、炎を操ることが出来る」
言って、僕は右手の人差し指から小さく火を出した。
「ウッ……ウハハハハハハッ!」
クインが嗤う。
「お前、名前は?」
「ヒビ・タール」
二度目の自己紹介。
「ヒビ・タール。お前は私の運命の人かもしれないな」
クインの言葉に、運命を感じた。
「クインの能力はなんなの?」
「私の計画に乗ってくれたら、教えてあげる。逃げたりしたら、軍に通報するからな」
次の日、僕はクインと一緒にミサをさらった。
クインが目星をつけていた廃倉庫に運び込んで椅子に縛りつけると、
「誰なの?」
と、目を覚ましたミサが言った。
「ぼ、僕だよ」
目隠しを外すと、
「……ふざけるな!」
と、自分が置かれている状況に気づいたミサが怒鳴った。
「あんたが仕組んだのか?」
睨みつけられたクインが、
「ねえ、稀人に会ったことがある?」
と、ミサの両肩に手を置いた。
「稀人? そんなの普通に生きていたら、会うことなんてないでしょ」
普通の市民にとって、稀人はその程度の存在だ。
「じゃあ、稀人の本能も知らない?」
言って、クインは思い切りミサの顔面に頭突きをした。
「ガブッ!」
可愛くない呻き声をあげるミサの曲がった鼻から血が流れ落ちる。
「稀人は生まれつき、どうしても抗えない本能を持っているんだ」
言って、何度も何度もクインが頭突きを繰り返す。
「ゆ、ゆるふぃれ……」
元の顔が分からなくなっても、ミサはまだ息をしていた。
「稀人の本能はね——」
——血で顔を真っ赤にしたクインが手を翳すと、ミサの顔が元に戻っていた。
「自分の能力を使いたくて堪らないこと」
「お願い……許して……ぜんぶ謝るから……」
「私の能力は『治癒』、人のケガを治してあげられる」
ミサの懇願を無視して能力の説明をしたクインは、
「ずっとずっと抑えつけて生きて来たんだ。でも七年生のとき、友だちをさらって、ボコボコにして治して、ボコボコにして治し続けた」
と、まともじゃない話を続けた。
「ゆる、して、くだ、さい……」
しゃくりあげながら言うミサの頭を愛おしそうに撫でるクイン。
「赦してほしいのは、私の方だよ。これから、お前にひどいことをする」
震えるミサは小便を漏らしていた。
「勘違いしないでほしいけど、私は暴力が嫌いだ。さっきお前を傷つけているときもずっと申し訳ないと思っていた。私はただ、治したいだけなんだよ」
狂った欲望を口にして笑うクインを見ながら、生きてていいんだと思った。
「私は治したい。そして——」
クインが僕を見た。
「——タールは燃やしたい」
興奮していた。
やっていいんだと思った。
そっとミサから離れたクインが笑顔で頷いた。
「赦す。何度でも燃やせ。何度でも治してやる」
クインの言葉で、僕は解放された。
日が暮れるころ、小便塗れのミサが壊れ、僕とクインも壊れた。
三年後、僕たちは捕まった。壊した人の数は覚えていない。
僕たちを捕まえたのは、超級五将のトキヤ・ミチルだった。彼の「拒絶」の前では、さすがの僕も無力だった。
死刑だな、と思った。
「××××」
王が下した判決は、僕とクインを王撰兵に任命することだった。
僕たちは自由に力を使えるようになった。反乱分子を燃やす仕事では治癒能力をあまり使えなくてクインは不満そうだったけど、幸せだった。
『タール隊、任務は終了したか?』
超級五将のナナン・モッドが「精神感応」、いわゆるテレパシーで頭に語りかけてきた。
「はい、終わりました」
『そうか。ならば至急、監獄街に向かってほしい』
「どういうことですか?」
『監獄街でコイケ・アマダレ中級調弦官が賊の攻撃により、意識不明の重体になった』
「ですが、第二都市からは急いでも十日はかかります」
『構わん。意識さえ取り戻せれば、賊の居場所が特定できる』
「分かりました」
『急げ』
ナナン超級五将の気配が頭から消える。
「なんだって?」
訊くクインを見て、
「君の出番だ」
と、僕は祝福した。




