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稀人ラ・ラ・ラ  作者: ノコギリマン
第一部 監獄街編
5/8

第五話 尽くすということ——コイケ・アマダレ


 私が監獄街に赴任したのは五年前のことだった。


 厳しい選抜過程を経て中級調弦官になれた私は、


「監獄街の任に就きたいです」


 と、恐れながら王に申し上げた。


「×××」


 王の言葉を聞いて、ハイジマ・モン超級五将が、


「何故だ?」


 と、仰られた。


「私はプリヤ・ミルザ中級調弦官を尊敬しています。長いこといなかった女性

の調弦官になられた方だからです。ミルザ様のもとで王への忠義を尽くしたく存じます」

「××××」

「……面白い。やってみろ」


 黒い霧に包まれた王の表情は分からない。だが、ハイジマ超級五将は私を見ていた。


 女として、この国のために尽くす覚悟が私にはある。


 幸運なことに監獄街に赴任できた私は、通された執務室で憧れのプリヤ・ミルザ中級調弦官とお会いすることができた。


「この度、監獄街に配置されました、コイケ・アマダレです」

「聞いたが、希望したそうだね。監獄街なんて、調弦官なら関りたくない街だろう?」

「いえ、私はこの場所に来ることが夢でした、ガル様」

「……堅苦しいな。私のことは、ガルさんでいい」

「いえ、そんなわけには——」

「——ガルさんがいいって言っているんだから、それでいいじゃねえか」


 三期上のハイジマ・テン中級調弦官が勝手にソファに座り、足をテーブルに投げ出していた。上級貴族のハイジマ一族の落ちこぼれ。落ちこぼれてなお、中級相当の稀人。血筋に胡坐をかくどうしようもない男だった。


「テンのいうことは気にするな。呼びたいように呼べばいい」


 呆れ笑いを浮かべながらガル様が言った。


「改めて確認するが、あなたの能力は?」


 今まで黙っていたプリヤ・ミルザ中級調弦官に問われた。同じ階級とはいえ、ミルザ様はガル様と同じ高貴な出のお方だった。男にも勝る巨躯。だがしゃべり方は柔らかく、まるで母性の塊のようなお方だった。


 私の憧れに間違いはなかった。


「私の能力は、『追跡』です。触れた、或いは触れられた対象者の現在位置が分かります」

「ほお」


 ガル様を差し置いて尊大なテンが笑う。


「ガルさん。こいつは使えるかもしれないな」

「……確かに、君の能力は有用だな」


 ガル様が頷く。


「私にも、皆様の能力を開示して頂きたい」


 テンへの苛立ちから、つい無礼な物言いをしてしまった。


「そうだな。知っていると思うが、私の能力は『檻』だ。空間を隔離する能力」

「私の能力は『拘束』、指を指して『動くな』と命令した対象を拘束する能力」


 ガル様とミルザ様の説明を聞きながら、テンはニヤニヤと笑っていた。


「俺は言いたくねえ。まだ信用できない」


 言って、テンは執務室を出て行った。


「テンのことは気にするな。勝手にやらせておけばいい。暫くの間の預かりだ。王都で問題を起こして左遷された可哀そうな男だ。監獄街は都合のいい雲隠れ先だな」


 ガル様が諦めたように言う。


 政治や権力の話だ。序列としてこの国の第一等貴族はハイジマ家だ。ハイジマ家は常に超級五将に入る血統だったが、トキヤ家は第四等貴族であり、上級調弦官——超級五将の補欠——を担う一族だった。ミチル様はトキヤ家の大出世頭であり、ガル様も順当に上級調弦官になりながら、「監獄街」というこの国の膿を集めた街を管理する任に就いている。


 私の出自であるコイケ家は常に中級調弦官レベルの能力を保持する、「安定して、王の力になる能力を得られる一族」だった。


 私が王から頂いた、触れた対象の現在位置が分かるという能力は、有用だが脅威にはならない程度の能力なのかもしれない。今回こそは上級相当の能力が得られるかもしれないと期待していた両親の落胆は思い出したくもない。


 この街に配属されてから三年。

 黒いネズミが現れたのは、同じ頃からだった。

 この街の秩序を脅かす異物。


 ずっと不思議だった。黒いネズミは軍の動向を知っているとしか思えない完璧な強奪を行っていた。恐らく、軍内部に情報を流している者がいる。二か月前。一計を案じた私は、ガル様の許可を取って、偽の巡回ルートと時間を軍内部に流した。


 私の作戦が実を結び、今、目の前に黒いネズミがいる。


 全身黒ずくめの男か女かも分からない奴だった。軍倉庫から出て来た黒いネズミは、物資の詰まった箱を五段重ねにしていた。ありえない。常人なら、ふたつを持ち上げるのがやっとのはずだ。分かりやすい窃盗犯であり、分かりやすい稀人だった。


「おい」


 私の声にビクリと反応して黒いネズミが私を見た。


「取り押さえろ!」


 私の命令で構えた部下が見る間もなく倒されてしまった。地べたで呻く部下たちを見て、コイツには人の命を奪うほどの覚悟はないなと思った。


「何故、ここの警備が手薄になることを知っている?」

「……罠か」


 随分と若い声だ。


「お前を逮捕する」


 黒いネズミに拳銃を向けた——


 ——瞬間、腕に痛みが走り、見るとあらぬ方向に捻じ曲がっていた。黒いネズミが既に至近距離にいる。折られた? 鳩尾に激痛が走り、吹き飛ばされる。倉庫に打ちつけられ、私は地面に崩れ落ちた。頭を強く打ったせいで、意識が朦朧としている。


 あばらに走る激痛に息をすることさえままならない。


「くそ、使い過ぎた」


 意味の分からないことを黒いネズミが言う。


 こいつは私に触れた。


 ぼやける視界に映る黒いネズミが、塀を軽く飛び越えて姿を消した。


 血反吐を吐きながら、遂に仕事を果たすことが出来る喜びに私は震えた。



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