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稀人ラ・ラ・ラ  作者: ノコギリマン
第一部 監獄街編
4/8

第四話 何も持たないということ——キッド


 覚えている親の教えは、「盗め」だった。


 俺は、上手くやっていた。


「ありがとう。愛しているわ」


 半身不随で動けない母ちゃんの言葉。


「よくやったな。お前なら、もっと上手くやれる」


 甲斐性無しの父ちゃんの言葉。


 よくやっている。そうだよ、俺はよくやっている。


 王都のおこぼれで成り立つ第二都市は、監獄街に次ぐ治安の悪い街だった。無能力の人間にとって、恵まれた奴らから盗むことだけが最大の反抗であり、復讐だった。


 十三の歳、俺は捕まった。下手を打った。


「私は知りません。その子が勝手にやったことです」


 半身不随で動けない母だった女の言葉。


「本当に情けないです。ちゃんと育ててきたつもりなのに」


 甲斐性無しの父だった男の言葉。


 言葉は分かるのに、意味は理解できなかった。


「最後に親御さんへ伝えたいことはあるか?」


 軍人に、憐れんだ目で聞かれた。


「お前らなんかクソだ」「ありがとう」「許さない!」色んなことを考えた。


 でも、


「愛しています。死ぬまでずっと」


 と、両親だった奴らに呪いをかけることしかできなかった。


 父ちゃんも母ちゃんも泣いていた。その涙は小便と同じ塩水だと、俺は思った。


 監獄街に送られて十年が過ぎた頃、新たに配属された獄長の能力でこの街は鉄格子で青空まで覆われた。十一年が過ぎた頃、利用できそうなガキに出会った。泥棒として生きる才能を待つ稀人だった。こいつは使える、と思った。


「なあ、キッド」


 立ちションベンする俺に、ノラが言った。


「ありがとな」


 この街にいちばん似合わないことを言いながら、ノラは泣いていた。


「なんで泣いているんだよ?」

「俺にも分からねえよ。でも、ありがとう」


 俺を親代わりにでもしているのか、このガキは?


 腹が立った。


「言っとくが、俺とお前はただのビジネスパートナーだからな」


 念押しすると、ノラは分かっているとでも言いたげに頷いて、黒い目出し帽を被った。


「仕事の時間だ」


 待ち合わせ場所に着き、払い下げの軍製トラックの前にいる男女二人組に声をかける。黒髪をひっつめた筋肉質な女。もうひとりの角刈り男はゴリラみたいにゴツかった。


「依頼内容は聞いているか?」

「泥棒のサポートだろ」


 女が怒りを抑えるように言った。


「そうだ」


 癪に障る女だな、と思った。だがここに来たってことは、使えるヤツなんだろう。


「最初に、お互いの名前と能力を教えあったほうがいいか?」


 ゴリラ野郎が訊く。


「そうしたほうがいいかもな」

「ゴリスケ。能力は『硬化』、息を止めている間だけ身体を硬化できる能力」

「リリー。能力は『弦聴』、能力者が分かる能力」

「48秒間だけ身体機能を三倍にできる能力と、微かに透視できる能力」

「無能」


 無能。それが俺の能力だった。


「お前、本当に能力者なのか?」


 俺の存在なんてどうでもいいようにリリーがノラに聞いた。


「どういう意味だ?」


 ノラが訊き返すと、


「聞こえないんだよ、ラ・ラ・ラが。それに稀人の能力は一人につき一つのはずだ」


 と、リリーは初めて聞く稀人のルールを言った。


 ラ・ラ・ラ? 能力は一つだけ?


「こいつの能力は間違いなく二つだ」


 俺の言葉も信用していないらしく、リリーは、


「そんなことより、なんでお前らは名乗らないんだ?」


 と、不満を口にした。


「俺たちはただの黒いネズミだ。呼ぶなら、俺をA、こいつをBってことにしてくれ」

「気に食わねえな」

「俺たちには生活がある。南区の人間には分からないだろうがな」


 言い終わるのを待たずに、リリーが殴りかかってきた。それを、ノラが三倍の力で止める。


 一回。あと二回。


 地面に組み伏せられたリリーが、


「なんで、ラッキーに頼んだ?」


 と、根本的なことを聞いて来た。


 ああ、この女、ラッキーに惚れているなと思った。


 俺とラッキーは、十年ちょっとの付き合いだ。


 監獄街に移送されるトラックの中で初めて出会った日、ラッキーは、


「監獄街が逃げだせない地獄なら、せめて天国に変えたい」


 と、バカげたことを言った。


 イカれた男だと思った。


 だがいつのまにか、ラッキーは無能力者なのに稀人の信頼を得て、五年前にディバロの対抗勢力の「幸福商会」を立ち上げた。魅力はいくつもあるが、ラッキーは何より顔が良かった。無能力者だが、人としてあまりにも魅力がありすぎる。


「ラッキーは俺の旧友だ。言っておくが、こっちが恩を売っているんだぜ?」


 マウントを取ると、


「そんなことより、作戦はどうなんだ?」


 ゴリスケを名乗る巨漢が割って入ってきた。


「Aが塀を越える。そして盗んだ物資を塀越しに投げてもらう」


 俺は軍倉庫を囲う塀を手のひらで叩きながら説明した。


「そんなことが出来るのかよ?」


 ノラに組み伏せられたままのリリーが疑いの目を向ける。


「言ったよな、こいつは48秒間だけ身体能力を三倍にできるって」


 ダメ押しのように、俺は塀をまた叩いた。


「塀を飛び越えるのも、物資を放り投げるのもできる」

「信じられねえ……」


 説明を聞いても、リリーは疑いの目を向けたままだった。


「……じゃあ、やってやるから見ていろよ」


 リリーを抑えつけながらノラが言った。あまり自分からは主張しないヤツだが、俺たちの生き方を否定されたような気がしてムカついたんだろう。


「やってみろよ」


 地べたに顔を抑えられたままリリーが言う。目は死んでない。大した女だ。


「やれ」


 俺の命令に頷いて、ノラがリリーの拘束を解いたかと思うと、高い塀を飛び越えた。


「マジか、すげえ」


 ゴリスケが言って、リリーの手を取って立たせた。


「Aが、塀越しに物資を投げてくるから、お前たちはそれを荷台に積んでいけ」


 十秒。

 二十秒。

 三十秒。


「おい、本当に大丈夫なのか?」


 ノラに掴まれていた右腕を回しながら、リリーが訊いてきた。


「あいつを見くびるなよ」


 言いながら不安になっていると、一つ目の物資が塀越しに降ってきた。


 二つ目。三つ目。四つ目。五つ目。


 大量だ。


 四十秒。


 その時、兵士の怒号が聞こえ、銃声が鳴り響いた。


「おい、バレたんじゃねえか?」


 リリーが焦り声をあげる。


 暫くして塀の向こうが静かになり、ノラが塀を飛び越えて来た。


 血まみれだった。


「ヤバい。八回も使っちまった」


 言って、ノラは膝から崩れ落ちた。


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