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元敏腕営業聖女は加護の力を月額サブスクにする 〜プレミアム勇者は魔王軍殲滅、無課金王子はログアウト決定〜

作者: 羽哉えいり
掲載日:2026/02/26

「さあ、聖女サクラよ。祈るがいい。世界を救うのは名誉なことだぞ!」


 きらびやかな王宮の謁見の間。

 大理石の床に立ち、ふんぞり返り傲慢な笑みを浮かべるのはこの国の第一王子ケチーニだ。

 窓の外には地平線を埋め尽くす魔王軍の軍勢。

 勇者、戦士、僧侶、魔法使い……、王国が誇る精鋭たちが私の「奇跡」を待っている。


 だが私は一歩も動かない。祈らない。

 組んだ腕を解くこともなく、冷めた視線を王子に向けた。


「お断りします。本日の無料体験枠は先ほど終了いたしました」

「……は? 無料……? なんだと?」

「ここからは『有料会員限定サービスのサブスクリプション』となります。聖女の加護をご希望の場合は速やかに利用規約への同意と、初月月謝のお支払いをお願いします」


 静まり返る謁見の間。

 ポカンと口を開ける勇者一行をよそに私は内心で毒を吐く。


(名誉? 世界平和? 寝言は寝てから言いなさいよ)


 私の前世は外資系IT企業の敏腕営業だった。

 数字が全て。契約が全て。

 クライアントの無茶振りに応え、三日三晩不眠不休でプレゼン資料を作り、ようやく取った億単位の案件。

 だけど、その祝杯を挙げる間もなく私はオフィスのデスクで心不全を起こして倒れた。

 死の間際に思ったことは一つだけ。


『あぁ、私、サービス残業のタダ働きで死ぬのか。……次は絶対に、一円も負けないで商売をしてやる』


 だから聖女としてこの世界に召喚された時、私は心に決めたのだ。

 ――無報酬の労働は罪である、世の中金と契約が全て、と。


「な、何を言っているんだ聖女サクラ! 聖女の力は神から与えられた公的なものだろう!?」


 王子が顔を真っ赤にして叫ぶ。私は溜息をつき指をパチンと鳴らした。

 空中を埋め尽くすのは現代知識の粋を集めた魔法文字のホログラム――名付けて『聖女加護・事業計画書(パワポ風)』だ。


「いいですか。安定した加護の力の供給には聖女のメンタル管理、栄養補給、および魔力修練といった膨大なランニングコストが発生します。これを『名誉』という不確かな報酬で賄うのは経営学的に見て自殺行為です。そこで……」


 私は輝く魔法文字の一節を指差した。


「一括払いではなく継続的な課金。つまり『サブスクリプション』を導入します。これにより、王国は『いつでも好きな時に』聖女の加護を受けられ、私は『安定した収益』を得る。Win-Winウィンウィンの関係ですね」

「……うぃん、うぃん?」

「簡単に言えば、金払いの悪い客に救う価値のある世界などないということです。さあ、よくご覧ください! こちらが私の『聖女加護・月額プラン』のラインナップです!」

 

 私は空中に現代のサブスクサイトを彷彿とさせる魔法のウィンドウを浮かび上がらせた。


【聖女加護サブスクリプション・プラン一覧】

①フリープラン(¥0 / 月)

 ・内容:聖女からの「おはよう」等の挨拶。

 ・制限:回復、バフ等一切なし。祈りの最中に聖女の自慢話(広告)が3分間挟まります。

②スタンダードプラン(金貨10枚 / 月)

 ・内容:軽度の傷へのヒール(かすり傷・打撲程度)、解毒(ハチに刺された等)。

 ・備考:魔王軍との実戦には向きません。

③プレミアムプラン(金貨50枚 / 月)

 ・内容:即死回避(1回/日)、全ステータス3倍バフ、24時間フルタイム・チャットサポート。

 ・特典:蘇生時のデバフ無効。勇者様専用のVIP仕様。


「金貨50枚だと!? ふざけるな、この守銭奴女! 国家予算をなんだと思っている!」


 ケチーニ王子が顔を真っ赤にして地団駄を踏んだ。

 だが、その横で青ざめていた勇者が震える手で懐から財布を取り出す。


「お、俺は……、俺は死にたくない! 背に腹は代えられない、プレミアムプランに加入する! 契約書はどこだ!」

「まいどありです。それでは勇者様、こちらの血判付きオートチャージ設定(自動引き落とし)にサインをお願いします。はい、これで完了です。即時反映されました」


 勇者の体が聖なる黄金の光に包まれ、筋肉がパンプアップしていく。

 これぞ現代の資本主義が生んだ、圧倒的な『課金の力』。


「な、なんだその光は!? 勇者だけずるいぞ! おい聖女、私にもそれだ、無料でそのバフをかけろ!」

「……はあ。殿下、先ほども申し上げましたが、本日の無料枠は終了しております。殿下はどうされますか? 本当に、このフリープランでよろしいのですね?」


 私は念押しをした。

 前世の営業時代、後から「聞いてない」とクレームを入れる客ほど厄介なものはないと学んでいる。

 契約は両者合意の上、これが鉄則だ。


「当たり前だ! 私は第一王子だぞ。加護などなくても魔物の一匹や二匹、名声だけで逃げ出すわ!」

「左様ですか。後からのプラン変更には事務手数料として金貨100枚頂戴しますが、本当によろしいのですね?」

「何度も聞くな、この失礼な女め! 無料でいいと言っているだろうが!」


(うわ、腹立つ。もっと柔らかい言い方できないわけ、このマナー講師が必要そうなジャガイモ王子……)


 内心で殺意を込めた笑顔を浮かべ、私はエレガントに一礼した。


「承知いたしました。こちらはお客様の自己決定を尊重いたします。では勇者様のみ『プレミアム・フルサポート』を開始します。殿下は……、まあ適当に、そのへんで頑張ってください」

「ふん! 行くぞ、勇者よ! 聖女の力などなくても私の剣さばきの凄さを見せてやる!」


 ケチーニ王子は勇者を連れ、自信満々で戦場へと飛び出していった。

 私は彼らの背中を見送りながら手元のスマホ型魔法端末に王子のステータスを表示させる。


『ステータス:未課金(無価値)』


「さあ、見せてもらいましょうか。地獄の無料体験版を」


 私は優雅に紅茶を淹れ最前列の特等席で観戦を始めた。




 戦場は一転して資本主義の残酷な実験場と化した。

 最前線では魔王軍の幹部『深淵の騎士・デカブツ』が巨大な斧を振り回している。

 本来なら王国騎士団が何十人も犠牲になってようやく相打ちに持ち込めるレベルの強敵だ。

 だが――。


「おおおおおっ! 体が軽い! 視界がクリアだ! 世界が止まって見えるぞおぉぉ!!」


 プレミアムプラン加入者である勇者の動きは、想像以上に神がかっていた。

 聖女の過剰なバフにより彼の背後には黄金の残像が幾重にも重なっている。

 デカブツが斧を振り下ろすより早く、勇者の聖剣がその巨体を十文字に切り裂いた。


「ハハハハ! 傷を負っても一瞬で塞がる! 聖女のサブスクに入って良かったぁぁぁ! 課金最高ぉぉ!!」


 絶叫しながら敵陣へ突っ込んでいく勇者。もはや聖騎士というより重課金戦士バーサーカーである。


 一方、その数メートル後ろ。

 第一王子ケチーニは雑魚モンスターのゴブリン数匹に囲まれて、必死に剣を振り回していた。


「あだっ!? いた、痛い! 腕を噛まれた! おい聖女見ているだろう! 早くヒールだ! 傷を治せ!」


 私は戦場を一望できる高台で優雅にアフタヌーンティーを楽しみながら、手元の魔法端末をタップした。

 王子の頭上に巨大な『!』マークのホログラムが出現する。


『お知らせ:フリープランをご利用のお客様へ。現在、回復リクエストが大変混み合っております。ただいまの待ち時間は30分です』


「30分だと!? その間に私は骨になっているわ! 今すぐ治せと言っているんだ!」

「申し訳ございません、殿下。フリープランのお客様は順番待ちがルールとなっております。あ、お急ぎでしたら、こちらの広告動画(サクラの華麗なる前世の営業成績グラフ)を3本続けてご覧ください。視聴完了後に微弱な消毒魔法が予約リストに入ります」

「ふざけるな! 私は王子なんだぞ! 王族を待たせるとは何事だ!」


 私は紅茶を一口すすり、冷淡なビジネススマイルを浮かべて伝える。


「当社においてお客様の身分は一切関係ございません。あるのは『プランの差』だけです。そもそも、そのプランを自ら選んだのは殿下ご本人ですよね。私は何度も最終確認をいたしましたし、契約書にも『優先権なし』と明記されております」

「ぐっ……、だが、このままでは死んでしまう! 特例で、特例で今すぐ治せ!」

「特例は現在受け付けておりません。もし不服があるようでしたら後ほどカスタマーセンターへ書面にてお問い合わせください。返信には3ヶ月ほど要しますが」

「3ヶ月!? 貴様、本気で言っているのか!?」

「はい。本気のビジネスですから」


 王子の叫び声をBGMに、私は勇者のMPマジックポイント残量を確認する。

 課金者の命は全力で守るが、無課金者の泣き言は今はただのノイズでしかない。


 ケチーニ王子は自分を無視して無双を続ける勇者の背中を見ながら絶望に顔を歪ませた。ついでに「システム・ステータス表示」を、あえて「無課金者への嫌がらせ」としてフル活用演出してやった。


「生意気な聖女め! いい加減にしろ! さっさとその汚い手で私の傷を治せ! 王命だぞ!」


 血走った目で叫んでいるケチーニ王子。その口調からは、いまだに「聖女は無償で奉仕して当然」という腐った選民意識が透けて見えている。

 私はティーカップをソーサーに置き、今日一番の最高にビジネスライクな笑顔を浮かべた。


「……なるほど。暴言、威圧、および不当な業務強要。これらは全て明確なカスタマーハラスメントに該当しますね」


 私は手元の端末を冷徹な手つきでスワイプした。


「お客様。著しい利用規約およびコンプライアンス上の違反により、ただいまをもちましてアカウントの永久凍結、ログアウトを実施いたします」

「……は? 凍結、だと?」


 私は指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、王子の全身を薄っすらと覆っていたフリープラン特典の『聖女の守護(体験版)』――かすり傷をわずかに和らげる程度の微弱な光が、音を立てて弾け飛んだ。


「あ、あれ!? 防御膜が消えた!? おい、何をした!」

「サービスの強制終了です。無課金かつマナー違反のお客様に提供できるリソースは、我が社には一ミリもございません。それではさようなら」


 加護が消えた瞬間周囲の魔物たちが「エサだ!」と言わんばかりにケチーニ王子へ殺到した。

 今までかろうじて弾き返していた爪が、牙が、容赦なく王子の豪華な服を切り裂く。


「ひ、ひいいいっ! 助けて! 助けてくれサクラ! 悪かった、私が悪かった! 金なら払う! 金貨100枚……、いや、500枚でも払うから今すぐプラン変更してくれえぇぇ!!」


 尻餅をつき、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら王子が私へと手を伸ばして叫ぶ。

 だが私はその手を冷ややかに見下ろした。


「あいにくですが、一度凍結されたアカウントの復旧には厳格なコンプライアンス審査が必要となります。最短でも審査には2週間ほどかかりまーす」

「2週間!? 今すぐ死ぬと言っているだろうがぁぁ!」

「あ、書類の不備があればさらに延びますので、ご注意くださいね。それでは、素敵なフリーライフをお楽しみください」


 私は王子の悲鳴を聞き流しながら通信を切った。

 向こうではプレミアムプランへの課金でドーピング済みの勇者が「ヒャッハー! メンテナンスいらずだぜ!」と魔王軍の幹部をボロ雑巾のように振り回している。


 世界を救うのは名誉でも愛でもない。

 適正な価格設定と揺るぎない契約。

 それこそが、この不条理な異世界を生き抜くための現代知識という名の最強の魔法なのだ。


 戦場では断末魔の叫びが響き渡り土煙が舞う。

 気がつけば、あれほど強大だった魔王軍の幹部たちは「プレミアム勇者」の一撃によって跡形もなく消し飛んでいた。


「……ふぅ、一汗かいたぜ。マジですごいな、聖女のサブスク、プレミアムプラン。バフのキレが全然違うわ。これなら魔王も余裕で倒せるぜ!」


 勇者は自らの漲る魔力に酔いしれ、その仲間たちも「課金継続確定だな」と頷き合っている。

 一方で救護班の担架に運ばれていくケチーニ王子の姿が見えた。全身ボロボロ、服は布切れ同然。


「……あ、あの時……、ケチらずプレミアムに入って……、おけば……」


 虚空を見つめ後悔の涙を流す王子。だが契約のチャンスは二度と訪れない。ビジネスチャンスを逃す者は戦場でも市場でも淘汰されるのが道理なのだ。


 


 ――数時間後。

 私は戦場の中心で這いつくばっている瀕死状態の魔王の元へと歩み寄っていた。

 震えながら私を見上げる魔王に対し、私はいつものように魔法カードで作った自身の名刺をそっと差し出す。


「魔王様初めまして。お世話になります。本日は弊社が新しく展開しております『不戦条約、月額制サブスクリプション』のご案内のために参りました。月額金貨1000枚で、私聖女サクラが魔王城を『浄化(物理)』しない権利を付与いたします。いかがでしょうか?」

「お、お前……、そんなの……、もはや人間じゃないだろ……」


 魔王の引きつった呟きを、私は最高の営業スマイルで受け流した。





 ――それから数年後。

 王宮のすぐ隣。かつて広大な庭園だった場所には、今や王城を凌ぐ高さの白亜の巨塔がそびえ立っている。

 看板には金文字で『株式会社 聖女サクラ・カスタマーセンター』の文字。

 そこでは私が厳しい研修で叩き込んだ聖女候補生たちが、魔道具のインカムを付けて全人類からの祈りに対応していた。


「はい、お電話ありがとうございます。加護の追加ですね? ただいまお客様のアカウントを確認いたします――」


 部下たちの働きを私は最上階の執務室で見守る。

 私の椅子は王族への「特別コンサルティング料」として寄贈させた、国王の王座よりも三段階ほど高い位置に設えられた特注品だ。

 全人類、そして魔族からも集められた莫大なサブスク代。

 この圧倒的なキャッシュフローこそが現代知識を持った私の、この世界における『聖なる力』。


「……ふぅ。やっぱり、労働の後の紅茶は格別ね」


 私は優雅にカップを傾け、窓の外に広がる「平和的有料サービス」な世界を眺める。

 世の中金と契約が全て。

 残業なし、休日完備、そして年収は測定不能。

 過労死した前世の自分に教えてあげたい。

 

 ――聖女っていう仕事、やり方次第で最高にホワイトな「経営者」になれるわよ、と。



(完)

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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