第9話 戦車の心臓を奪還せよ
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崩れ落ちそうな鉄骨の中、命がけのサルベージ。
「間に合うか!?」というドキドキ感を共有できれば嬉しいです。
目の前にそびえるのは、見上げるほどの「鉄の山」だった。
無数の廃棄物が積み重なり、長い年月をかけて地層のように圧縮された、鉄屑の急斜面。
その頂上付近、今にも雪崩を起こしそうな不安定な場所に、異様な巨体が突き刺さっていた。
赤錆に覆われた装甲板。象の鼻のように虚空へ突き出した主砲。
かつての大戦で地上を蹂躙した陸の王者、「蒸気戦車ティーガー」の残骸だ。
キャタピラを失った車体は、まるで化石のようにゴミの地層にめり込み、かろうじてバランスを保っている。
「……正気かよ」
カイルが首が痛くなるほどの角度でそれを見上げ、力なく呻いた。
「あんな不安定な場所まで登るのか? 自殺志願者じゃないんだぞ」
「登らなきゃ手に入らないだろ。あの戦車のメインエンジンには、とびきり上等な『冷却コンプレッサー』が眠ってるはずだ」
僕は愛用の工具袋のベルトを締め直し、手近な鉄骨に足をかけた。
「コンプレッサー……圧縮機か」
「ああ。戦車の狭い車内で、大出力エンジンの排熱を処理するためのバケモノみたいな代物さ。そいつがあれば、僕たちの飛行機のエンジンも冷やせる」
「理論は分かるが……」
カイルは溜息をつきながらも、僕の後を追って鉄屑の山を登り始めた。文句は言うが、逃げ出さないのがこいつのいいところだ。
直射日光で焼けた鉄板が、掌をジリジリと焦がす。
足場は最悪だ。踏み込むたびに、足元のパイプや建材がギシギシと悲鳴を上げ、錆の粉がパラパラと降り注いでくる。
「うわっ……!」
カイルの足元でボルトが抜け、カラン、カラン……と乾いた音を立てて落下していった。
「下を見るなよ、カイル。重心を低くしろ」
「言われなくても……!」
十分ほど格闘して、ようやく僕たちは戦車の車体の上にたどり着いた。
傾斜した車体は、油と土埃の匂いがした。半世紀前の兵器だが、装甲の厚みは圧倒的だ。
僕は車体後部のエンジンハッチに取り付き、バールを隙間にねじ込んだ。
「手伝ってくれ、カイル。錆びついてやがる」
「せーの、ふんっ!」
二人掛かりで体重をかける。
バキバキバキッ!
嫌な音と共に錆が剥がれ、重いハッチが少しだけ持ち上がった。そこから滑り込むようにして、僕たちは戦車の胎内へと侵入した。
中は蒸し風呂のような熱気だった。
暗闇の中、僕はヘッドライトを点灯させる。光の先には、複雑怪奇に絡み合うパイプと歯車の迷宮が広がっていた。
「すごいな……」
カイルが技術屋の目を輝かせて周囲を見回す。
「この配管のレイアウト、無駄がない。当時の職人の執念を感じるよ。……おい、あれを見ろ」
彼が指差した先。エンジンの心臓部に、鈍く黒光りする塊が鎮座していた。
大人の胴体ほどもある、鋳鉄製の塊。
太いパイプが何本も接続され、武骨な放熱フィンがびっしりと並んでいる。
「ビンゴだ」
僕は思わず口元を緩めた。
「高圧冷却コンプレッサー。こいつなら、どんな高熱もねじ伏せて、冷媒を循環させられる」
まさに、僕たちが求めていた「氷の魔剣」の心臓部だ。
「よし、外すぞ」
僕は一番大きなモンキーレンチを取り出し、コンプレッサーを固定している巨大なボルトに噛ませた。
「……ふんっ!」
全身全霊で力を込める。
だが、びくともしない。鉄と鉄が錆びついて癒着し、ひとつの岩みたいになっている。
「くそっ、固ぇ……!」
狭い足場で踏ん張りが効かない。焦るな。力任せじゃダメだ。衝撃を与えて錆を砕くんだ。
僕はハンマーを取り出し、ボルトの周囲をガンガンと叩いた。
ガキン! ガキン!
高い音が響くたび、錆の粉が舞い散る。
ズズッ……。
その時、足元から不気味な振動が伝わってきた。
僕たちは顔を見合わせた。
「今の揺れ、なんだ?」
「……まさか」
カイルが青ざめた顔でハッチの外を指差す。
「この戦車自体が、重みで沈んでるんじゃないか?」
その懸念を裏付けるように、ミシッ、ミシミシッ……と、戦車を支えている鉄屑の山全体がきしみ始めた。
まずい。長年のバランスが、僕たちが乗り込んだ重みとハンマーの振動で崩れかけている。
「急ぐぞカイル! ここが崩れる前に、こいつをもぎ取る!」
「無茶言うな! そんな重いもの、無理やり外した瞬間に反動で――」
「やるしかないんだよ!」
僕は再びレンチに体重を乗せた。血管が切れそうなほど力を込める。
ギギギ……ギャリッ!
錆が砕け、ボルトが半回転した。いける。
僕は次々と固定ボルトを緩めていく。最後の一本。
「カイル、支えてくれ! 外れたら落ちるぞ!」
「分かってる!」
カイルがコンプレッサーの下に手を差し入れる。
最後の一回し。
ガコンッ!
固定が外れ、二十キロ近い鉄の塊がグラリと傾いた。
「ぐっ、重ぇ……!」
カイルが顔を歪める。僕も慌てて抱え込む。
その瞬間だった。
ズズズンッ!!
戦車が大きく傾いた。
「うわっ!?」
世界が斜めになる。外の景色がガクンと下がった。鉄屑の山の一部が崩落を始めたのだ。
「走れッ!!」
僕たちはコンプレッサーを二人で抱え、傾いた床を蹴ってハッチへ飛び出した。
足元の鉄屑が雪崩のように崩れていく。
その中を、僕たちは転がるようにして駆け下りた。背後で、あの巨大な戦車が、ズズズと音を立ててゴミの海へ沈んでいく轟音が響く。
土煙を上げて、安全な地面に転がり込む。
二人とも泥だらけで、息は絶え絶えだ。
だが、僕たちの腕の中には、確かな重みがあった。
「……はは、死ぬかと思った」
カイルが大の字になって空を見上げる。
僕は抱え込んだコンプレッサーを撫でた。油と錆の匂い。だが、その冷たい金属の感触は、頼もしい未来の予感に満ちていた。
「手に入れたぞ。……これで、飛べる」
手の中には、泥と油にまみれた真鍮のバルブ。
夕陽を反射して、それは黄金のように輝いて見えた。
「……野蛮なやり方だ」
へたり込んだカイルが、荒い息を吐きながら言った。眼鏡がずれている。
「だが、計算通りだ。それならエンジンの圧力に耐えられる」
「へへっ……そうだろ?」
僕は起き上がり、その部品を掲げた。
これは単なる鉄屑じゃない。
熱を支配し、空への道を切り開くための「氷の魔剣」だ。
「帰るぞカイル。……明日から忙しくなるぜ」
「簡単に言うな。こいつを組み込むには、エンジンの吸気系を根本から設計し直さなきゃならない。配管の取り回し、圧力計算、耐久テスト……まともに動かすまで、最低でも一ヶ月はかかるぞ」
カイルが溜息混じりに、けれど楽しそうに膨大な作業工程を並べ立てる。
一朝一夕じゃ終わらない。
泥と油と、鉄屑にまみれる日々が始まるんだ。
「上等だろ? 最高の夏になりそうだ」
僕たちは戦車を滑り降り、並んで歩き出した。
体中泥だらけで、筋肉痛でボロボロだ。
けれど、帰り道の僕の足取りは、羽が生えたように軽かった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
泥だらけになって手に入れた「最高の剣」。
レオのガッツに拍手を送っていただければ幸いです。
次回、いよいよカイルが合流し、船が形になり始めます。
明日も夜にお会いしましょう!




