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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第3部 地図のない海と嵐の壁
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第60話 長老の警告と死にゆく鳥籠

連日のご訪問、本当にありがとうございます!

助けてくれた長老から語られる、衝撃の真実。

彼らが命懸けで目指してきた「夢の国」の正体とは。

「……あの荒れ狂う乱気流の中を、エンジンも回さずに突っ込んでくるとは。とんでもない命知らずか、よほど切羽詰まった事情があったと見える」


バルカは、岩穴の入り口――絶え間なく雷鳴が轟く『嵐の壁』の方角へと、鋭い視線を向けた。


「その若い娘が大事に抱えている、星を測る道具。そして、あの狂気じみた飛び方。……お前たちは、どこから来て、何を求めてここへ来たのだ」


僕は手元の椀を置き、バルカの深い瞳を真っ直ぐに見返した。

「俺たちは、死の壁を越え、絶望の海を渡ってきた。……あの黒雲の絶壁の向こう側にあるっていう、浮遊島が折り重なる『伝説の都』へ行くためにな」


その言葉を聞いた瞬間。

バルカの顔に、明らかな動揺が走った。焚き火の炎に照らされた彼の深い皺が、ピクリと痙攣するように引きつる。

「……伝説の、都、だと?」


「ああ。カッシーニって奴が残した星図を頼りに、水と緑に溢れた夢の国を求めて飛んできたんだ。俺たちの船を直したら、あの中へ突っ込む」


僕が迷いなくそう告げると、バルカは焚き火越しに僕の顔をじっと見つめ……やがて、ひどく悲しげな、そして恐ろしいものを見るような目で目を細めた。


「伝説の都……。お前たちは、あそこがどんな場所なのかも知らずに、命を懸けてあの地獄を越えてきたというのか」

「え……?」


バルカは岩壁に立てかけられた手製の槍を力強く握りしめ、まるで何かの封印を解くかのように、震える声で告げた。


「あの嵐の向こうにあるのは、お前たちが思い描くような夢の国ではない。……聞いて驚くな。我々の先祖は、その場所から『逃げ出して』きたのだからな」


焚き火の爆ぜる音が、やけに大きく響いた。

バルカの口から発せられたその言葉の意味を、僕の脳がすぐには理解できず、ただ呆然と彼を見つめ返した。


「……待ってくれ。今、なんと言った?」

暗がりの中から、低く鋭い声がした。


寝ていたはずのカイルが、血の滲む包帯を押さえながら、ゆっくりと身を起こしていた。その隣では、目を覚ましていたリゼとシェリルも、息を呑んでバルカを見つめている。


「あの『伝説の都』から、逃げ出した……? そんな馬鹿な。あそこは水と緑に溢れ、高度な古代技術が残された完璧なユートピアのはずだ! なぜそこから逃げ出す必要がある!?」

カイルの論理的な思考が、その矛盾した事実に激しく反発していた。


「技術だと? 若き学者よ、根本的に勘違いをしているようだな」

バルカは深くため息をつき、揺らめく炎に視線を落とした。


「お前たちが伝説の都と呼ぶその場所を、我々は『天水都(アエテリア)』と呼ぶ。そこは金属も機械もない、大自然の摂理が生み出した奇跡の多島海だ。地中深くに巨大な浮遊石の原石を抱えた大地が丸ごと宙に浮き、雲を喰らう山から無数の天然の滝が降り注ぐ。人々は石と木で家を編み、風車を回し、完璧な循環農業で豊かに、穏やかに暮らしてきた」


「だったら……!」

リゼが身を乗り出した。彼女の声は微かに震えている。

「最高じゃない……! 私たちは、その水と緑のために、煤だらけの廃船島から命懸けで飛んできたのよ! なのに、なんで逃げ出す必要があるの!」


「――『あそこは美しいが、土が死にゆく鳥籠だ』」

バルカが呟いたその一言が、冷たい刃のように船内に響き渡った。


「鳥、籠……?」

「そうだ。天水都(アエテリア)は、あの分厚い嵐の壁に完全に囲まれた空間なのだ。何百年もの間、彼らは自然のサイクルの中で命を繋いできた。だが……どうしても解決できない『物理的な限界』が訪れた」

「物理的な限界って、何よ」

「大地の痩せ細りだ」


バルカの瞳に、先祖から語り継がれてきた深い哀哀の色が浮かんだ。


「吹き抜ける風に攫われ、滝の水に削られ……島の土砂は少しずつ、少しずつ雲海の底へこぼれ落ちていった。どんなに堆肥を作ってリサイクルしても、島全体の土の絶対量と、鉄分などの微量なミネラルが決定的に不足し始めたのだ」


その言葉は、僕たちの心に重く、冷たくのしかかった。


「作物が育たなくなり、木々が枯れ始め、緩やかな飢餓の足音が近づいてきた。……我々の先祖は、その死にゆく鳥籠を救うため、外界の大地から新しい『土』を持ち帰ろうと、決死の脱出を図ったのだ」


命懸けで目指してきた夢の国が、土を失い、静かに餓死を待つだけの「死にゆく鳥籠」だった。

水も、食料も、すべてを投げ捨ててたどり着いたその答えが、先人たちが絶望して飛び出した場所だったとしたら。


「嘘よ……そんなの……。じゃあ、私たちが今までやってきたことって、一体なんだったの……?」

リゼが顔を覆い、絶望的な声で呟いた。


「それに、だ」

バルカは岩壁に立てかけられた手製の槍を指差した。


「我々の先祖が乗っていたのは、お前たちのあの異質な金属の塊とは違う。重たいエンジンなど持たない。特殊な『音叉(おんさ)』を使って浮遊石の波長を完璧に操り、風を編んだ巨大な帆で受けて滑るように進む、美しく『静かな船』だった。……だが、それでもあの嵐の壁は越えられなかったのだ」


「音叉、だと……?」

カイルが眉をひそめる。


「どうしてだ。それほど高度なコントロール技術があるなら、なぜ嵐を抜けられなかった」


「船が、極限まで軽すぎたからだ」

バルカは真っ直ぐに僕たちを見た。


「そよ風で優雅に飛べる代わりに、外海を囲む嵐の暴力には絶対に耐えられない。先祖たちの船は乱気流に巻き込まれ、突風で木の葉のように引き裂かれて、この島に墜落した。……生き残った我々は、外の世界へ土を求めに行くことを完全に諦めたのだ」


「…………」


「諦めろ、『外』の者たちよ」

それが、長老としての残酷で優しい最後通告だった。


「我々の風と調和する船ですら、一瞬でバラバラになった。ましてや、お前たちのあんな重たく不格好な機械仕掛けの船では、嵐の風を真正面から受けて自重で空中分解するか、その金属が雷を引き寄せて一瞬で灰になるのが落ちだ。お前たちが追っているのは、幻だ。傷が癒えたら、大人しくこの島で我々と共に残りの土を耕すがいい」


岩穴の中に、重苦しい沈黙が降り下りた。

外では相変わらず、僕たちを嘲笑うかのように嵐の遠鳴りが響いている。


だが。


「……バルカさん。あんたの先祖の勇気には、心から敬意を表するよ」

僕はゆっくりと立ち上がり、痛む左腕を押さえながらバルカの前に立った。

「故郷を救うために、命懸けで嵐に突っ込んだんだ。最高にイカれてて、すげえ奴らだと思う」


「レオ……?」

リゼが戸惑ったように顔を上げる。


「でもな」

僕はニッと、下町の野良犬としての生意気な笑みを浮かべた。

「他人が『鳥籠だ』って言ったからって、『はいそうですか』って引き返すような利口な頭は、俺たちにはねえんだよ」


バルカが驚いたように目を見開いた。


「鳥籠だろうが幻だろうが、俺はこの目でそれを見なきゃ納得できねえ。それに、俺たちはもう帰るための燃料も水も全部捨ててきちまった。前へ進むしかねえんだよ」

「無謀だ……! あんな重たい金属の塊で、どうやってあの嵐を越えるつもりだ!」

「直すさ。俺はただのガキじゃねえ、一等整備士だ。あの嵐をぶち抜けるだけの、バカでかい推力を出すエンジンに改造してやる」


僕が言い放つと、バルカの隣で、シェリルもまた静かに、だが確固たる意志を持って立ち上がった。

彼女の胸元には、大切なアストロラーベが固く抱きしめられている。


「……カッシーニさんは、言っていました。あの都の技術と、外の世界の活力が交われば、きっと世界は変わるって。だから彼は、私にこの星図を託したんです」

シェリルのまっすぐな瞳が、バルカの深い皺の奥にある目を射抜いた。


天水都(アエテリア)の人たちが『土』を求めているなら……外の世界《大地》から来た私たちが、そこへ行く意味は必ずあるはずです」


バルカは絶句した。


絶望的な真実を突きつけられても、なお折れない二人の瞳。それは、かつてこの島に不時着し、それでも空を見上げ続けた自分たちの先祖と同じ――無謀で、愚かで、どうしようもなく眩しい輝きを放っていた。


「……勝手にするがいい。死にたがりを引き止める気はない」

バルカはポツリとそう言うと、背を向けて岩穴の奥へと消えていった。


「レオ……シェリル……」

リゼが不安そうに僕たちを見上げる。


僕は焚き火のそばに座り直し、カイルの肩をポンと叩いた。

「聞いたか、カイル。俺たちのアルバトロス号じゃ、嵐に引き裂かれるってよ」


「……ああ。屈辱的な評価だが、事実だ」

カイルは包帯を押さえながら、どこか悔しそうに、だが脳の奥底で新たな計算を始めているような、鋭い目つきで焚き火を見つめ返した。


「重たいエンジンを使わず、『音叉』で浮遊石の波長を操る静かな船……。そんな魔法みたいな航空力学が存在するなら……」


カイルの呟きが、岩穴の静寂に溶けていく。

嵐の壁をぶち抜くための、圧倒的な推力。そして、彼らの先祖が使っていたという未知の技術。

不可能を可能にするため、僕たち野良犬の最後の足掻きが始まろうとしていた。

読んでいただき、ありがとうございます!

まさかの真実。彼らが求めていた完璧なユートピアは「死にゆく鳥籠」であり、長老たちはそこから逃げ出してきた先祖の末裔でした。

しかし、絶望的な事実を突きつけられても「自分で確かめる」と不敵に笑うレオと、星図の続きを届ける使命に燃えるシェリル。

他人の言葉で引き返すような彼らではありません!

次回、不可能を可能にするカイルの「覚醒」が始まります!

明日も夜にお待ちしています。

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