第6話 炎を吐く心臓
連載にお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
リゼの燃料でパワーアップしたエンジン。しかし、熱量が凄まじく……。
今日は少し「熱い」展開になります。
夕暮れの工房に、カイルの神経質な声が響き渡っていた。
「違う! そこは3ミリ詰めろと言っただろ! バルブのクリアランスが甘いと、圧縮漏れを起こす!」
「うるせえな! こんなもん感覚でいいんだよ、感覚で!」
「その野蛮な感覚が機械を殺すんだ! 貸せ、僕がやる!」
カイルはレオの手からスパナを奪い取ると、恐ろしい手際でエンジンの調整を始めた。
先ほどアカデミーから連れてこられたこの「天才」は、工房に入るなり顔をしかめ、「汚い」「整理整頓がなってない」とひとしきり文句を言った後、すぐにエンジンの分解を始めたのだ。
「……ねえレオ。あいつ、本当に大丈夫なの? なんかすごく偉そうなんだけど」
リゼが木箱に腰掛け、不安そうに囁く。その横では、シェリルが興味深そうにカイルの作業を見つめている。
「大丈夫だ。口は悪いが、腕は確かだ。……見てみろよ、あの手つき」
レオが顎でしゃくる。
カイルの指先は、まるでピアノを弾くように繊細に、複雑なカムシャフトや吸気弁を調整していく。
レオの整備が「力強い打撃」だとしたら、カイルの整備は「精密な手術」だった。
「よし……。吸気タイミングの補正、完了。圧縮比も限界まで上げた。これで理論上は、あの燃料のカロリーを余すことなく爆発力に変えられるはずだ」
一時間後。
カイルは額の汗を拭い、満足げに工具を置いた。
目の前にあるのは、外見こそツギハギのままだが、中身が生まれ変わったトラクターエンジンだ。
「燃料を入れるぞ。リゼ、例のやつを」
「あいよ。……震えないでよ、私の全財産なんだから」
リゼがキャニスターを持ち上げ、タンクに注ぎ込む。
トクトク……という音と共に、甘く危険な揮発臭が漂う。高純度バイオ・エタノール。「黄金の血」が、鉄の心臓に満たされていく。
「ねえ、カイル君。ひとつ聞いていい?」
給油を見守りながら、シェリルが手を挙げた。
「エンジンのパワーを上げるのは分かったけど、それでどうして『石』が浮くの? エンジンはプロペラを回すためのものでしょ?」
もっともな疑問だ。
カイルは眼鏡を拭きながら、作業台の上の【浮遊石】を指差した。
「いいかい。この石は、普段は眠っている。ただ置いてあるだけじゃ、自分の重さを消すくらいしか能がない」
「うん」
「こいつを目覚めさせるには、強い刺激……つまり『振動』が必要なんだ。石をガンガン叩いてやると、驚いて本気を出す。その『本気』が浮力になる」
カイルはエンジンの巨大なシリンダーを叩いた。
「このエンジンは、プロペラを回すと同時に、その爆発的な振動で石を叩き起こす『目覚まし時計』なんだよ。……ただし、レオの設計は乱暴すぎる」
「乱暴?」
「普通の目覚まし時計どころか、耳元で銅鑼を鳴らすようなもんだ。叩けば叩くほど石は力を出すが、やりすぎれば……」
「……キレる?」
「ご名答。だから、ギリギリの調整が必要なんだ」
カイルはニヤリと笑い、レオに合図を送った。
「準備はいいか?」
レオがゴーグルを装着し、スロットルレバーに手をかけた。
緊張が走る。
リゼが耳を塞ぎ、シェリルがガラス管の中の石を凝視する。
「始動!」
レオがクランクを一気に回した。
キュルルッ……
ズドンッ!!
空気が破裂したような初爆音。
次の瞬間、ズドドドドドォォォォォ……! という重低音が工房の床を揺らし始めた。
今までとは桁違いの回転数。排気管から噴き出す炎は、不完全燃焼の赤色ではなく、青白く澄んでいる。
「回転数、安定! 吸気圧、正常!」
カイルが叫ぶ。「行けるぞ、レオ! もっと石を叩け! スロットルを開けろ!」
「おおおおッ! 起きろォォォッ!!」
レオがレバーを押し込んだ。
エンジンの咆哮が一段と高くなり、その激しい振動がフレームを伝って石を揺さぶる。
その時だ。
キィィィィィィィン――!!!
爆音を切り裂いて、耳をつんざくような高周波が鳴り響いた。
ガラス管の中の浮遊石だ。
強烈な振動を浴びて、今まで見たこともないほど強く、眩い光を放ち始めている。
ガキンッ! バキバキッ!
エンジンを固定していた太いチェーンが、ピンと張り詰めて悲鳴を上げた。
浮いている。
重さ三〇〇キロの鉄塊が、まるで風船のように軽々と宙に浮き、天井へ向かって引っ張られているのだ。
「うそ……浮いた!?」
リゼが叫ぶ。「すごい! 本当に浮いたわ!」
「共鳴率、120%突破! 計算通りだ、この出力なら船体を含めても余裕で持ち上がる!」
カイルが興奮して叫ぶ。
成功だ。
これだけの浮力があれば、間違いなく飛べる。
「ははっ! 見たか! これなら行ける、これなら――」
レオが勝利を確信した、その瞬間だった。
――ジジッ。
焦げ臭い匂いが鼻をついた。
オイルの焼ける匂いじゃない。もっと危険な、何かが融解するような異臭。
「レオ! 石が変よ!」
シェリルの鋭い声。
ハッとしてガラス管を見ると、さっきまで青白く輝いていた石が、どす黒い赤色に変色し始めていた。
明滅している。ドクン、ドクンと、まるで苦しむ心臓のように。
「……熱い!?」
スロットルを握るレオの手が、熱さで弾かれそうになる。
温度計を見る。針はとっくにレッドゾーンを振り切っていた。
エンジンの熱だけじゃない。石そのものが、異常な高熱を発しているんだ。
「まずい、共鳴過多だ!」
カイルが顔色を変えて叫んだ。
「叩きすぎた! エンジンの振動が強すぎて、石がパニックを起こしてる! このままじゃ石が砕けるぞ!」
無理やり叩き起こされた石が、エネルギーを受け止めきれずに悲鳴を上げている。
「飛ぶための力」が、制御できない「破壊の熱」に変わっていく。
「切れ! レオ、エンジンを切って! 爆発するわ!」
シェリルの悲鳴。
レオは歯を食いしばり、反射的にキルスイッチを拳で叩き潰した。
プスン……。
燃料の供給が断たれ、エンジンの咆哮が不満げに途切れる。
同時に、強烈な浮力が消失した。
ドガァァァァン!!
宙に浮いていた鉄塊が、重力に捕まって作業台に落下した。
脚が折れ、工具箱が弾け飛び、ボルトやナットが散弾銃のように部屋中に撒き散らされる。
「きゃああああっ!」
「ぐっ……!」
もうもうと立ち込める白煙。
静寂が戻ってくる。
あとに残ったのは、鼻を突く焼け焦げた臭いと、キィィン……という耳鳴りのような石の余韻だけ。
「……ゲホッ、ゲホッ。……みんな、無事か?」
レオは煤だらけの顔を上げ、煙の向こうに声をかけた。
物陰で縮こまっていたリゼたちが、恐る恐る顔を出す。
「な、なによ今の……。死ぬかと思った……」
「……なんてエネルギーだ」
カイルがふらりと歩み寄り、まだ熱を帯びているガラス管を睨みつけた。
中の石は、赤黒く濁ったまま、微かに震えている。
「燃料は完璧だった。エンジンの調整も完璧だった。……だが、肝心の『翼』がエンジンの『心臓』についてこれなかった」
カイルは悔しそうに作業台を叩いた。
「パワーを上げれば、振動と熱が出る。その刺激が石を殺す。……だからといって出力を下げれば、あの重たい船体は持ち上がらない」
「八方塞がりってこと?」
「物理的に詰んでるんだよ。今の技術じゃ、高出力と石の安定は両立しない」
沈黙が落ちた。
せっかく仲間が集まり、最高の材料が揃ったのに、最後に立ちはだかったのは「物理の壁」だった。
「……冷やすしかないわね」
シェリルが冷静に呟いた。
「冷やす? 扇風機でも当てるの? さっき溶けちゃったわよ」
「そんな生ぬるい風じゃ無理よ。石が発していた熱量は、溶鉱炉並みだったわ。……それを抑え込むには、もっと劇的な冷却が必要」
シェリルは眼鏡の曇りを拭いながら言った。
「例えば、マイナス二〇度の氷の世界に放り込むとか」
「マイナス二〇度!?」
リゼが素っ頓狂な声を上げる。
今は真夏だ。氷なんて、王侯貴族のデザートくらいでしかお目にかかれない。
ましてや、エンジンの真横でそんな極寒を作り出し続けるなんて、魔法でもなきゃ不可能だ。
「……冷凍機を積めばどうだ?」
レオの提案を、カイルが即座に却下する。
「無理だ。業務用の冷凍機は重すぎるし、電気も食う。そんなものを積んだら飛べない」
正論だ。
電気もない。重い機械も積めない。
でも、冷やさなきゃ飛べない。
レオは工房の窓を開け、外の空気を吸い込んだ。
蒸し暑い、夏の夜の空気。
街の灯りが遠くに見える。
アカデミーの教科書にも、親父のノートにも、この熱を冷ます方法は書いていない。
「……いや、あるかもな」
レオの視線は、街の灯りよりもっと下。
暗闇に沈む、街の一番低い場所へ吸い寄せられた。
「レオ?」
「『鉄の墓場』だ」
その言葉に、三人が顔を見合わせる。
そこは、都市から排出された廃棄物が集まるゴミの山。
だが、過去の大戦で使われた兵器の残骸や、今はもう作れないロストテクノロジーが眠る場所でもある。
「教科書通りのやり方じゃ、この熱は冷やせねえ。……なら、教科書の外にある『何か』を拾ってくるしかねえだろ」
レオは工具袋をひっ掴み、肩に担いだ。
「待ってよレオ! 今から行く気? もうすぐ夜が明けるわよ!」
「思い立ったが吉日だ。……リゼとシェリルは休んでてくれ。カイル、お前はどうする?」
カイルはふんと鼻を鳴らし、白衣の埃を払った。
「僕は帰る。ゴミあさりなんて性に合わない。……家で、他の冷却方法がないか計算してみるさ。期待しないで待ってろ」
素直じゃない。だが、それが彼なりの協力だとレオは知っていた。
「へへっ、頼んだぜ天才様。……行ってくる」
レオは三人に見送られ、夜明け前の街へと走り出した。
目指すは、死んだ機械たちが眠る墓場。
そこに、彼らの翼を蘇らせる「氷」が落ちていることを祈って。
お読みいただき、ありがとうございます!
失敗しましたが、そのパワーは圧倒的でした。「制御さえできれば」という希望が見えてきました。
次回は、その「制御」のための鍵を探しに行きます。
舞台は鉄の墓場、スクラップ・ヤードへ。
引き続き、応援よろしくお願いいたします!




