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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第3部 地図のない海と嵐の壁
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第52話 墓標への敬礼、そして再び海へ

いつも温かい応援、ありがとうございます。

エンジンが蘇り、ついに歓喜に沸く4人。

しかし、休む間もなく、足元の巨大な鉄の墓場が不気味な地鳴りを上げ始めます……!

削り出した真鍮のシリンダーが滑らかに動き、キメラ・ドライブが力強い爆音を響かせたその直後だった。


――ズズンッ……!


足元から、今までの風による軋みとは全く違う、重く、地鳴りのような振動が伝わってきた。


「なんだ!?」


僕が操縦席から身を乗り出すと同時に、アルバトロス号を固定していたガレオン船の甲板跡が、バキィッ! と鼓膜を破るような音を立てて大きく傾いた。


「きゃあっ!」


リゼとシェリルが悲鳴を上げて床に転がる。固定しきれていなかった工具箱が滑り落ち、開け放たれたハッチから雲海へと吸い込まれていった。


「カイル! どうなってんだ!」


僕は慌てて操縦桿にしがみつき、機体の水平を保とうとする。だが、傾いているのはアルバトロス号だけではない。窓の外に見える鉄の墓場――何百隻もの廃船が絡み合った巨大な「島」そのものが、不気味な音を立てながらバラバラに崩れ始めていたのだ。


「……質量バランスの崩壊だ!」

カイルが計器板のフレームに必死にしがみつきながら、血相を変えて叫んだ。


「水や燃料を大量に抜き取って、デカい部品まで引っこ抜いたせいで、島全体の質量バランスが崩れたんだ! ギリギリで保っていた磁場の網が完全に千切れた!」


カイルの絶叫を裏付けるように、山の中腹に突き刺さっていた大型の客船が、重力に抗いきれずにメリメリと引き裂かれ、真下の純白の雲海へと音もなく落ちていく。

それを皮切りに、巨大な蜘蛛の巣が解けるように、連鎖的な崩壊が始まった。あちこちで赤茶けたジュラルミンが千切れ、悲鳴のような金属音が連続して響き渡る。


「島が、沈む……!」

シェリルが青ざめた顔で窓の外を見つめた。


僕たちを支えているガレオン船の残骸も、すでに三十度近く傾いており、今にも雲海に向かって滑り落ちそうになっていた。


「レオ! 早く飛んで! 私たちも巻き込まれて落ちるわ!」

リゼが後部座席に這い上がりながら叫ぶ。


「分かってる! アンカー解除! 全速離脱だ!」

僕はスロットルレバーを限界まで押し込んだ。


直したばかりのエンジンにいきなりフルパワーをかければ、再び焼き付くかもしれない。だが、ためらっている時間は一秒もなかった。


ドバォォォォォン!!!


トラクターエンジンが狂ったように咆哮し、プロペラが猛烈な勢いで空気を掻きむしる。


「解除レバー、引いたわ!」


ガキンッ! と音を立てて、廃船に食い込んでいた四本のアンカーのうち、三本が外れた。

だが、最後の一本が、錆びついた鉄骨の奥深くにガッチリと噛み込み、外れない。


「くそっ、右舷後方のアンカーが引っかかってる! 離陸できない!」

カイルが焦燥に駆られた声を上げる。


その間にも、ガレオン船の傾きは四十五度を超え、アルバトロス号の船底がズルズルと滑り始めた。船の重量が最後の一本のアンカーワイヤーにのしかかり、バチバチと火花を散らす。

このままでは、崩れ落ちる巨大な廃船の塊に引きずり込まれ、一緒に雲の底へ沈んでしまう。


「ワイヤーを切るしかない! レオ、エンジンを……」


「遅え!」

僕はカイルの言葉を遮り、操縦桿を両脚で乱暴に挟み込んだ。


「直したばかりの心臓だぞ! このくらいでへこたれるかよ!」


僕は空いた両手でスロットルレバーと強制吸気レバーを同時に握りしめ、限界点を超えてさらに奥へとねじ込んだ。

エンジンブロックから悲鳴のような金属音が上がる。削り出した真鍮のシリンダーが強烈な圧力に耐えかねて震え、隙間から高熱の蒸気がプシューッと吹き出した。

だが、心臓は止まらなかった。僕の歪な削り出しに完璧に応え、爆発的な推力を叩き出す。

機体が、引っ張るアンカーワイヤーと真っ向から綱引きをする形になり、船体全体がメリメリと嫌な音を立てた。


「行けえええええっ!!」

僕が喉を枯らして絶叫した瞬間。


ブチィィィンッ!!!


限界点を超えた鋼鉄のワイヤーが、凄まじい音を立てて千切れた。

拘束から解き放たれた反動で、アルバトロス号は大きく機首を跳ね上げ、崩壊する足場から弾き出されるように空へと飛び出した。

直後、僕たちが乗っていたガレオン船の残骸が完全にバランスを崩し、雪崩を打って真っ逆さまに雲海へと落下していく。

数秒遅れていれば、僕たちもあの鉄屑の雨と一緒に海の底へ叩きつけられていた。


「……飛んだ。飛んだぞ!」

カイルが、計器板にしがみついたまま震える声で叫んだ。


「高度上昇! エンジン出力、安定してる! 無事だ、脱出したわ!」

リゼも床にへたり込みながら、涙声で歓喜の声を上げる。


僕は荒い息を吐きながら操縦桿を引き、機体の姿勢を水平に戻した。

眼下を見下ろすと、あんなに巨大だった鉄の墓場が、今まさに音もなく純白の雲海に飲み込まれ、消滅していくところだった。

過去の航法士たち。外の世界を夢見て、ここで力尽きた先人たちの無数の骨。

彼らの墓標は、僕たちという「次」の命へ水と燃料、そして航路を渡し終え、その役目を終えるように静かに沈んでいった。


「……ありがとう」

シェリルが窓ガラスにそっと手を触れ、完全に雲海へ沈んだその場所に向かって、小さく呟いた。

僕も操縦桿から片手を離し、油にまみれた指先を額に当てて、不器用な敬礼を送った。

彼らの失敗は無駄ではなかった。彼らが最期まで記録し続けた絶望のデータが、今、僕たちの船を導く完璧な星図となっているのだ。


「カイル、リゼ。水と燃料の残りはどうだ」


僕が静かに尋ねると、カイルは涙ぐんだ目を袖で拭い、力強く頷いた。

「タンクは限界まで満杯だ。冷却水も十分。キメラ・ドライブの調子も、驚くほど良い」


「食料もバッチリよ。あと一週間は空の上でも生き延びてみせるわ」

リゼも、帳簿を胸に抱きしめながら誇らしげに笑った。


「シェリル」

僕が最後に助手席を見ると、彼女はすでにアストロラーベを構え、群青色の空を見上げていた。


「『銀時計の座』から『風見鶏の星群』へ。……最新の磁場変動パターン、入力完了。現在地から真東、仰角二度」

シェリルは僕を振り返り、かつてないほど迷いのない、力強い瞳で言った。


「行こう、レオ。嵐の壁の向こう側へ。これが、私たちの本当の道よ」


「……ああ、行くぜ!」


僕はスロットルレバーを押し込み、満タンの燃料を新しい心臓へと送り込んだ。

ドバォォォォン!! というトラクターエンジンの力強い咆哮が、静寂の空に高らかに響き渡る。

狂った羅針盤はもういらない。引き継いだ先人たちの遺志と、完璧な星図が僕たちの手の中にある。

地図のない絶望の海。その後半戦へ向けて、アルバトロス号は荒々しくプロペラで風を切り裂きながら、真っ直ぐに真東の空へと突き進んでいった。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

質量バランスの崩壊による島の沈没。引っかかったアンカー。

限界を超えたフルスロットルでワイヤーを引きちぎる力技での脱出劇、いかがだったでしょうか。

沈みゆく先人たちの墓標に不器用な敬礼を送り、彼らの遺志を継いで再び空へ。

最高に熱い再出発になりましたね!


もし「レオの修理シーンかっこよかった!」「4人の生への執着に感動した!」と思っていただけましたら、

ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、執筆の何よりの原動力になります!

皆様の応援のおかげで、アルバトロス号は絶望の海を力強く進み続けることができます。


明日からの展開も、引き続き楽しんでいただけますように!

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