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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第3部 地図のない海と嵐の壁
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第51話 解体と錬金術

今日も読んでくださり、ありがとうございます。

水も、燃料も、航路もある。なのに、エンジンが死んでしまった。

カイルの理論すらさじを投げる完全な絶望の中、レオがスレッジハンマーを手に立ち上がります!

カイルの絶望的な宣告が、船内の空気を完全に凍らせていた。

水がある。燃料もある。航路も見つけた。だが、それを推進力と浮力に変えるエンジンが動かなければ、僕たちは一歩もここから動けない。

何百という死んだ船が折り重なるこの鉄の墓場の頂上で、僕たちもまた、あの干からびた白骨たちと同じように緩やかな死を迎えるのだ。


帳簿を抱えたリゼの腕から力が抜け、バサッと音を立てて床に落ちた。

「嘘でしょ……? 水も、燃料も、やっと集めたのに……」


希望の星図を見つけたばかりのシェリルも、両手で口元を覆い、恐怖でガタガタと震えながら後ずさる。

僕も言葉を失ったまま立ち尽くしていた。冷たい泥のような絶望が、足元から這い上がってくるのを感じる。


「……代わりを探すしかねえ」


僕はギリッと奥歯を噛み締め、腰からスレッジハンマーを抜いた。

「俺たちはまだ生きてる。あの山の中から、使えそうな内臓を引っこ抜いてくるぞ」


そこからの部品探しは、まさに骨を削るような苦闘だった。

腐りかけた他船の甲板を踏み抜きそうになりながら、重たい瓦礫を四人がかりで退かす。リゼは手を擦りむいて血を流し、シェリルも煤で真っ黒になりながら狭い隙間に潜り込んで部品を漁った。カイルは使えそうな鉄の筒を見つけてはサイズを測り、「これじゃダメだ」と何度も頭を抱えた。


数時間後。僕たちは泥と油で全身をドロドロにしながら、ようやく一つの部品をアルバトロス号の甲板に引きずり込んだ。

それは、高級客船の残骸の底に転がっていた、重厚な造りをした真鍮製のシリンダーだった。


「おい、レオ。まさかそれを使う気か?」

カイルが絶望の底から絞り出すような声で言った。


「直径が5ミリ以上も違うんだぞ! それにパイプの接続部のネジ山だってピッチが合わない! ギルドの商用船の部品を、農耕トラクターのエンジンにどうやって合わせるつもりだ!」

カイルのような理論の天才にとって、「規格が違う」というのは、物理法則が違うのと同じくらい絶対に越えられない壁なのだ。


「図面なんかねえなら、俺の感覚(アタマ)の中に引く。工作機械がねえなら、俺の(チカラ)で削り出す」

僕はもう片方の手に荒目のヤスリを握り、真鍮の部品を分厚い鉄板の上に固定した。


そして、スレッジハンマーを大きく振りかぶった。


ガァァァァンッ!!!


鼓膜を破るような金属音が響く。


「っ……! 何をしてるのレオ!」

シェリルが悲鳴を上げて耳を塞ぐ。


「やめろレオ! 貴重な部品が使い物にならなくなるぞ!」

カイルが顔を青くして叫んだ。


僕の作業は、傍から見ればただの破壊衝動にしか見えなかったはずだ。

均等に形を整えるのではなく、あえてシリンダーの片側だけを斜めに強く叩き潰す。ヤスリをかける時も、丸い内径を一箇所だけ執拗に削り落とし、意図的にいびつな形に歪めていく。


「そんな不均等な削り方で、ピストンと密着するわけがない! 何の意味があってそこを歪めているんだ!」


カイルの悲痛な叫びを背に受けながら、僕は一切手を止めなかった。


定規もマイクロメーターも使わず、ただひたすらに、手に伝わる金属の反発力と、削った時の「チリッ」という微かな音の変化だけを感じ取っていた。

頭の中に思い描いているのは、完璧な円筒形ではない。

限界まで酷使され、熱と振動でボロボロに歪んでしまったアルバトロス号のエンジンブロック。その「歪み」の形そのものだ。

僕が削り出しているのは、そのひしゃげたエンジンのクセに完全に寄り添うための、逆の「歪み」なのだ。


「シェリル! 布の切れ端でいい! 金属片を完全に拭き取れ!」


「わ、わかった!」

シェリルが自分のコートの裾をナイフで引き裂き、部品を磨き上げる。


「よし」

僕はヤスリを放り投げた。


完成した真鍮のシリンダーは、あちこちが叩き潰され、波打つように削られて、一見するとただのボコボコな鉄屑にしか見えなかった。

カイルが「あーあ、完全にダメにした」とへたり込む。


だが、僕がその不格好な部品を持ち上げ、アルバトロス号の歪んだエンジンブロックに差し込んだ瞬間だった。


スウゥッ……。

まるで空気を吸い込むような、滑らかな音が鳴った。


いびつに歪んでいたはずの真鍮の部品が、エンジン側の歪みとピタリと噛み合い、吸い付くように収まったのだ。

隙間は一切ない。ネジ穴も、あえて斜めに叩き潰した部分が、熱で曲がっていたエンジン側のボルトと寸分の狂いもなく一致していた。


「…………嘘だろ」

カイルが唖然として、その接続部を食い入るように見つめた。


「完全に密閉されている……。どうなってるんだ? まるで、最初からこのエンジンのためだけに作られた専用の特注品じゃないか……!」


理屈ではない。それは、機械の「声」を聴き、物質を力でねじ伏せる整備士(野良犬)だけが起こせる、泥臭い奇跡だった。


「カイル、点火の準備だ」


「……ああ。冷却水のバルブ、全開。燃料混合比、規定値にセット」

カイルの声が、信じられないものを見た興奮で微かに震えている。


僕はスロットルレバーに手をかけ、今度こそ、スターターを力強く引いた。


キュルルルッ……!


重苦しい回転音が響く。僕が削り出した真鍮のシリンダーの中で、ピストンが滑らかに上下する。


ボッ、ボボッ……ドバァァァァン!!!


トラクターエンジンが、割れるような爆音と共に、青白い炎を吐き出した。

激しい振動が船体を揺らし、耐圧ガラスの中の浮遊石が共鳴して、眩いほどの青い光を放ち始める。

動いた。僕たちの心臓が、再び力強い鼓動を取り戻したのだ。


「……回転数、安定! エンジン、完全に息を吹き返したぞ!」

カイルが計器板を叩き、顔をくしゃくしゃにして叫んだ。


「お前、本当にこの鉄屑を直しやがった!」


僕はその場に仰向けに倒れ込み、油だらけの手で茜色の空を指差して、ガハハッと大声で笑った。

死の淵に立たされていた絶望は、いつの間にか吹き飛んでいた。


「バカレオ! 本当に死ぬかと思ったんだからねっ!」

リゼが僕の胸ぐらを掴んでポカポカと叩きながら、大粒の涙をこぼして泣きじゃくる。


「レオ……本当に直すなんて……っ、やっぱり、凄いわ……!」

シェリルも僕の腕にしがみつき、油まみれの顔を押し付けてしゃくりあげていた。


二人とも、僕の上に覆い被さるようにして倒れ込み、涙と油で顔をドロドロにしながら泣き笑いしている。

アルバトロス号の船体は、他船から剥ぎ取った装甲板や気嚢のパッチが縫い付けられ、さらに「キメラ」のような醜い姿になっていた。

だが、僕たちにとっては、この継ぎ接ぎだらけの姿こそが、死の運命を打ち破り、先人たちの遺産を受け継いだ「世界で一番頼もしい船」だった。


「さあ、立てお前ら」

僕は身体を起こし、再び操縦席へと乗り込んだ。


「腹一杯食わせた。心臓も新しくなった。……このクソッタレな墓場から、おさらばする時間だぜ」

読んでいただき、本当にありがとうございます!

規格外の他船のパーツを、自分たちの歪んだエンジンに合わせて「いびつに」削り出す。

定規も理論も使わない、整備士の直感と腕力だけが成し得る「野良犬の奇跡」でした!

カイルが唖然とする中、再びエンジンが轟音を上げた瞬間のカタルシスを味わっていただけたなら最高です。

さあ、心臓は蘇りました。次回、この不気味な墓場から脱出します!

明日も夜に更新します!

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