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空はまだ設計途中だった ―浮遊石と未完成の飛行船―  作者: 空木 零
第3部 地図のない海と嵐の壁
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第49話 亡霊たちの遺産

いつも応援ありがとうございます。

静まり返る鉄の墓場。白骨となった先人たちを前に、彼らは「明日の自分たち」の姿を重ねます。

しかし、野良犬たちはここで大人しく死んだりしません。

エンジンが沈黙した鉄の墓場には、風が吹き抜けるたびにギィ……、ギィ……と、ジュラルミンの骨組みが悲鳴を上げる音だけが響いていた。

極限の渇きで喉が張り付き、血の味がする。

アルバトロス号のハッチを開け、僕たちは不安定な他船の甲板跡へと足を踏み出した。


「足元に気をつけて。金属が腐食してて、いつ底が抜けるかわからないぞ」

カイルの声はひどく掠れていた。


僕たちは無言のまま頷き、工具袋とランタンを手に、幾重にも重なり合った廃船の山を登り始めた。

探すのは、生存者ではない。この死の匂いが充満する場所で、生きている人間がいるはずもなかった。僕たちが求めているのはただ一つ、先人たちが残した「水」と「燃料」だけだ。

山の中腹まで登ると、豪華な装飾が施された大型の客船から、僕たちのような継ぎ接ぎだらけの小型船まで、様々な時代の船が磁場に引かれて複雑に絡み合っていた。

それらの船の構造をよく見ると、ある共通点に気がつく。


「……どの船も、エンジン出力に対して浮遊石の数が少なすぎる。それに、装甲板が薄い」

カイルが、錆びついた船体を撫でながら呟いた。


「彼らも僕たちと同じように、ギルドの目を盗んで外の世界を目指した『野良犬』たちだ。だが、圧倒的に物資と技術が足りていない。……あの『白い山脈』を、無理やりな軽量化と特攻まがいの操縦で越えてきたんだろう」


僕たちはある中型船の、ひしゃげた操舵室へと足を踏み入れた。

そこには、三つの「白骨」が転がっていた。

一人は操縦桿を握りしめたまま。一人は計器板にすがりつくように。そしてもう一人は、空になった革袋を口に当てた姿勢で、極度の乾燥によって完全に干からびていた。


「…………っ」

シェリルが顔を背け、口元を押さえた。


僕も胃の奥から込み上げてくるものを必死に飲み込んだ。

白骨のサイズや着ている服の残骸から、彼らが僕たちとそう変わらない年齢の若者たちだったことがわかる。

彼らもまた、まだ見ぬ世界があると信じ、仲間と共に笑い合いながら、あの死の壁を越えてきたのだ。だが、狂った羅針盤と見えない空の道に絶望し、最後はこの鉄の墓場に捕まり、一滴の水も飲めずに息絶えた。


「……明日の、俺たちかもしれないな」

僕の口から、ポロリとそんな言葉がこぼれ落ちた。


六時間後、僕たちの船の燃料が尽きれば、アルバトロス号もこのゴミ山の最上段に突き刺さり、彼らと同じように緩やかな死を待つことになる。

肉体的にも精神的にも限界だった。恐怖と疲労が泥のように身体を重くし、足の力が抜けそうになる。もう、ここで横になってしまえば、どれだけ楽だろうか。


その時だった。

ドンッ! と鈍い音が操舵室に響いた。


見ると、リゼが白骨化した遺体のそばにしゃがみ込み、彼らが抱えていた革袋や、腰に下げていた工具袋を、震える手で乱暴にひったくっていた。


「……リ、リゼ? 何をしてるの?」

シェリルが止めようと手を伸ばすが、リゼはそれを鋭い視線で制した。


「探すのよ。水一滴、エタノールの一滴でもいい。使えるものは全部もらうわ」

リゼはひび割れた唇から血を流しながら、死者の懐に手を入れて小銭や方位磁針を漁り始めた。


「おい、リゼ! いくらなんでも死体から身ぐるみ剥ぐなんて……」

僕が咎めようとした瞬間、リゼが弾かれたように振り返り、僕の胸ぐらを掴んだ。


「じゃあ、あんたはここで大人しく死ぬの!?」

リゼの目は血走り、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。


「私は嫌よ! 死にたくない! こんな鉄屑の山で干からびて死ぬために、ここまで着いてきたんじゃないわ!」

リゼは僕の胸ぐらを突き飛ばし、白骨の遺体に向かって叫んだ。


「死人に口なしよ! あんたたちが残した物は、私たちが生き残るために全部使わせてもらうから! 恨むなら、こんな場所に私たちを誘い込んだ空の神様でも恨みなさいよ!」


それは、極限の恐怖と感傷を、無理やり怒りに変換して自分を奮い立たせるための、彼女なりの悲痛な雄叫びだった。

マネージャーであるリゼは、誰よりも現実を見ている。

ここで感傷に浸って立ち止まれば、確実に全員が死ぬ。だから彼女は、死者への敬意や倫理観といった地上のルールを真っ先に捨て去り、「生きるための悪鬼」になることを選んだのだ。


「…………」


カイルが静かに歩み寄り、遺体が着ていた分厚い革のコートを剥ぎ取った。


「リゼの言う通りだ。このコートの生地、アルバトロス号の気嚢の補修パッチに使える。……レオ、シェリル。ぼーっとしてる暇はないぞ。燃料が尽きる前に、この山から使える内臓を全部引っこ抜くんだ」


その言葉に、僕の中の整備士(野良犬)としての本能が目を覚ました。


「……ああ、そうだな。俺たちはまだ、死んでねえ」

僕は自分の両頬を思い切り張り飛ばし、気合を入れ直した。


「シェリル! お前は他船の航海日誌や観測データがないか探せ! カイルは機体の使えそうな部品の目星をつけろ! 俺とリゼで、片っ端からタンクを開けて回るぞ!」

「わ、わかったわ!」


シェリルも涙を拭い、床に散らばった紙片やノートをかき集め始めた。


そこからは、なりふり構わぬ略奪(サルベージ)だった。

僕とリゼは、他船の燃料タンクのバルブをスレッジハンマーで叩き壊し、底の方にわずかに残っていたドロドロの燃料を、自分たちのポリタンクへと絞り出すようにかき集めた。


機関室の奥底で、奇跡的に密閉状態を保っていた冷却水のタンクを見つけた時は、二人で泥水のようなそれを掬い上げ、狂ったように喉に流し込んだ。泥と鉄錆の味がしたが、世界で一番美味い水だった。

極限の精神状態の中で、四人の野良犬たちは生き残るために必死に這いずり回る。

先人たちの遺産を啜り、彼らの無念を踏み台にしてでも、僕たちはこの絶望の海を越えなければならないのだ。

最後まで読んでいただき、感謝です!

「死人に口なしよ! 生き残るために全部使わせてもらう!」

恐怖と絶望を怒りに変え、死者からでも物資を奪い取ろうとするリゼの執念。これぞスラムで生き抜いてきた彼女の真骨頂ですね。

綺麗事では生き残れない。泥に塗れて這いずり回る彼らの「生への執着」に、作者自身も書きながら胸が熱くなりました。

次回、この墓場に眠る「最大の遺産」を見つけ出します!

明日も夜にお待ちしています。

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