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第42話 別れの杯と大陸最高峰への船出

ついに第2部最終話です!

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

目標は定まり、船の限界も越えました。

愛すべき「ラスト・ドロップ」の悪党たちと、最高の乾杯を。

翌日。

僕たちは顔役であるガランのテントを訪れ、取り戻した金貨の袋をテーブルの上にドンッと置いた。


「……なるほど。エンジンの推力に頼らず、山肌にぶつかる風の塊を利用して『帆船』のように空を滑ってきた、と」

ガランは片目の眼帯越しに、カイルが徹夜で書き上げた新しい計算書とフライトの軌跡図を見つめ、深く息を吐き出した。


「ああ。風の力を利用すれば、燃費は劇的に向上する。それに、強烈な向かい風も『迎え角』さえ間違えなければ、逆に船を押し上げる強烈な浮力に変わる。……計算上、僕たちの船はあの山脈を越えられる」

カイルが自信に満ちた声で言い切ると、テントの隅で話を聞いていたザックたち空賊が、顔を見合わせてどよめいた。


「相変わらず、最高にイカれた理屈だぜ。あの死の風に自分から乗っかろうなんて、普通の神経じゃ思いつきもしねえ」

ザックが呆れたように笑いながら歩み寄り、僕の肩をバンと強く叩いた。


「だが、お前らは実際にそれで生還し、まんまと金貨を取り戻してきた。……本当に、あの『白銀の絶望』を越えちまうつもりか?」


「当たり前だ」

僕はスレッジハンマーの柄を握りしめ、真っ直ぐにザックとガランを見た。


「目指すは、この大陸の東端にそびえる一番高い山。その頂にある『カッシーニの観測所跡』だ」

「カッシーニの観測所……?」ガランが眉をひそめる。


「二百年前に実在した、異端の天文学者の観測所よ」

シェリルが一歩前に出て、真鍮のアストロラーベを胸に抱きながら答えた。


「カッシーニはあの大陸最高峰から、誰も知らない海の向こうの星の歪みを観測した。そこには、私たちをあの海の向こう側……『幻の空域』へと導いてくれる、完全な星図が残されているはずなの。私たちの本当の旅は、それを手に入れてからが始まりなんだから」


その言葉に、テントの中は深い沈黙に包まれた。

死の山脈のさらに向こう。海の彼方。

それは、この薄汚れた吹き溜まりの街で、その日暮らしの小銭を稼いで生きている大人たちにとって、あまりにも途方もない、まぶしすぎる夢だった。


やがて、ガランがゆっくりと立ち上がり、咥えていた葉巻を灰皿に押し付けた。


「……もう、止めはしねえよ」

ガランは引き出しを開け、美しい装飾が施された一本の「短剣」を取り出し、リゼの方へ放り投げた。


「ガラン、これ……」

「俺からの餞別だ。高く売れるぜ。……お前みたいな強欲で賢いマネージャーがいなくなるのは、この街にとって大きな損失だがな。せいぜい、その無鉄砲なガキどもの手綱をしっかり握ってやることだ」

「……ふふっ。言われなくても、私がきっちり管理してあげるわよ。あんたも、私がいなくなったからって安い商談で買い叩かれないようにね」


リゼは短剣を腰のベルトに差し込み、不敵に笑い返した。


「おい野郎ども! 今日は仕事なんかしてる場合じゃねえぞ!」

ザックがテントの入り口に向かって大声を張り上げた。


「俺たちの誇り高き野良犬特急便が、ついにこの街を旅立つんだ! ありったけの酒と肉を持ってこい! 盛大な壮行会を開くぜ!!」

「うおおおおっ!!」


その一声で、街中のならず者たちが桟橋に集結し始めた。



その夜の『ラスト・ドロップ』の宴は、狂乱と呼ぶにふさわしいものだった。

桟橋のあちこちに焚き火が焚かれ、分厚い肉が豪快に焼かれる。

僕たちは大人たちに囲まれ、何度も何度も木の実のジュースで割ったエールのジョッキをぶつけられた。


「レオ! お前なら絶対に行ける! あのお上品なギルドの連中をギャフンと言わせてやれ!」

「カイル先生、先生が残してくれた揚水ポンプの設計図、家宝にするぜ!」

「リゼ嬢ちゃん、あんたに値切られたこと、一生忘れねえからな!」


顔に傷のある大男たちが、涙目で僕たちに別れを告げてくる。

アイアンポートではゴミのように扱われていた僕たちが、この最果ての街では、間違いなく誰かの役に立ち、誰かに認められていた。


「……悪い気はしないね」

カイルが焚き火のそばで、珍しく口元を緩めてジョッキを傾けている。


「うん。みんな、本当はすごく優しくて、いい人たちばかりだね」

シェリルも嬉しそうに微笑んだ。


「へへっ。野良犬には、こういう泥臭い宴が一番似合うぜ」

僕は骨付き肉にかじりつきながら、夜空を見上げた。星一つ見えない分厚い雲の向こうには、僕たちを待つ絶対の壁がある。だが、胸の奥にあるのは恐怖ではなく、燃えるような冒険心だけだった。



そして、翌朝。


刺すような冷たい風が吹く桟橋には、巨大な銀色の翼を休めるアルバトロス号と、それを取り囲むように、街のほとんどの人間が見送りに集まっていた。

船体の左右には、満タンの燃料が詰まったジュラルミン製の増槽タンクが朝日を反射して鈍く光っている。

僕たち四人は、リゼが市場で買い占めてきた極厚の白熊のコートを着込み、顔の半分をマフラーとゴーグルで覆う完全な「極寒仕様」だ。


「準備はいいか、お前ら」


僕が操縦席に座りながら振り返ると、三人が力強く頷いた。


「いつでもいけるわ。燃料の残量も、食料の備蓄も、計算通り完璧よ」

リゼが帳簿を片手に胸を張る。


「オイルヒーターの循環パイプ、圧力正常。浮遊石の冷却システムも問題ない」

カイルが計器板の数値を読み上げる。


「アストロラーベのセッティングも終わったよ。風の道は、私が絶対に見つける」

シェリルが助手席で、真鍮の計器を両手でしっかりと抱きしめた。


「よし」

僕は窓を開け、外で待つザックたちに向かって右手の親指を立てた。


「世話になったな、おっさんたち! 最高の街だったぜ!」


「おう! 死ぬんじゃねえぞ、ヒヨッコども!!」

ザックが拳を突き上げ、ガランが静かに頷く。


群衆から、割れるような歓声が上がった。


「アルバトロス号、抜錨!」


僕はスロットルレバーを力強く押し込み、エンジンのスターターを引いた。


キュルルルッ……ドバォォォォォン!!!


トラクターの暴力的なエンジンが咆哮を上げ、青白い炎を排気管から吐き出す。

猛烈な振動が船体を揺らし、ガラス管の中の浮遊石が激しく共鳴して、眩い青の光を放ち始めた。

分厚い気嚢がパンパンに膨れ上がり、重い船体がゆっくりと地面から足を引き剥がす。


「行くぞ!!」


スーパーチャージャーの甲高い過給音が響き渡り、巨大な金属プロペラが空気を切り裂く。

アルバトロス号は、ならず者たちの歓声と見送りの手を背に受けながら、ラスト・ドロップの桟橋を力強く蹴り出した。


目指すは北。

天を衝く白銀の絶壁――『白い山脈』の頂に眠る、カッシーニの観測所跡。

誰も越えたことのない死の壁へ向かって、僕たちは一直線に空へと昇っていった。

第2部「大陸の風、鉄の街」、これにて完結です!

最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました!


アイアンポートの底辺から逃げ出し、ラスト・ドロップで「自分たちの力」を証明した4人。

大自然の壁に一度は心が折れかけましたが、彼らは再び北の空――『白い山脈』へと機首を向けました。


泥臭い宴で見送ってくれたザックやガランたちのためにも、野良犬特急便は絶対に止まりません。

ここから物語は、『第3部 地図のない海と嵐の壁』へと突入します。


もし、ここまでの第2部を読んで「最高に熱かった!」「4人の絆に感動した!」「続きが読みたい!」と思っていただけましたら、

ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】から評価や、ブックマークをいただけますと、第3部執筆の何よりの原動力になります!


皆様の応援に支えられて、アルバトロス号はここまで飛ぶことができました。

明日からの第3部も、引き続き楽しんでいただけますように!

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