表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/60

第38話 白銀の絶望と計算式の限界

今日も読んでくださり、ありがとうございます。

準備は万端、いざ出発!と意気込む彼らですが……。

自然は甘くありません。立ちはだかる「白銀の絶望」の真の恐怖が語られます。

アルバトロス号が『白い山脈突破仕様』に生まれ変わった翌朝。

僕たちは街を立つ前の挨拶をするため、顔役であるガランのテントを訪れていた。

テントの中にはザックたち空賊の姿もあり、彼らは朝から安い酒を煽って上機嫌だった。


「おお、野良犬特急便の旦那たちじゃねえか! 船の改造は終わったのか?」

ザックが笑いかけてくる。


「ああ。増設タンクも完璧だし、燃調も合わせた。これでどこへだって飛んでいけるぜ」

僕が自信満々に胸を張ると、ガランが書類から顔を上げ、片目の眼帯越しに鋭い視線を向けてきた。


「……で、どこへ行く気だ。これだけ稼いだんだ、この街を拠点にして、俺の下で荒稼ぎするのも悪くねえと思うがな」

「悪いが、俺たちは運び屋になるために空へ出たわけじゃないんだ」

僕の代わりに、カイルが眼鏡を押し上げて答えた。


「僕たちの目的は、この大陸の東端にある『大陸最高峰の観測所跡』だ。そしてそこから星図を手に入れ、海の向こうの幻の空域へと渡る」


その言葉が出た瞬間。

ザックの顔からへらへらとした笑いがスッと消え、テントの中の空気が氷のように凍りついた。


ガランは咥えていた葉巻を灰皿にゆっくりと置き、重い口を開いた。

「……大陸最高峰へ行くには、この街の北にそびえる『白い山脈』を越えなきゃならねえ。本気で言ってるのか」


「本気だ。船の準備も、防寒対策もできている」


「やめとけ。あそこはただの山じゃねえ。この街の連中が絶対に北へ近づかない理由を教えてやろう」

ガランは低い、凄みのある声で語り始めた。


「あそこは『白銀の絶望(ホワイト・ウォール)』と呼ばれてる。標高七千メートルを超える壁だ。……数年前、アイアンポートのギルドが威信をかけて、最新鋭の探査船を三隻、あの山脈越えに送り出したことがあった。結果はどうなったと思う?」

「……全員、墜落したってジャンク屋の親父が言ってたな」


「ああ。生存者はゼロだ。だが、問題は『なぜ落ちたか』だ」

ガランは立ち上がり、テントの隙間から見える北の白い山頂を指差した。


「雷雲や吹雪が原因じゃねえ。原因は、あの圧倒的な『空気の薄さ』だ。山頂付近じゃあ大気は地上の半分以下になる。そうなれば、どれだけ優秀なギルドのエンジンでも『酸欠』を起こして火が消える。推力を失った船は、極低温の風に晒されて浮遊石ごと凍りつき……ただの鉄クズと石っころになって、真っ逆さまに落ちていったのさ」


「……ギルドのお上品なエンジンと、俺の組んだ暴力的なエンジンを一緒にしないでくれ」

僕は怯まずに反論した。


「スーパーチャージャーで無理やり空気を押し込んでやる。燃調だって極限まで薄く絞った。酸欠になんかさせない」


「なら、計算してみな」


ガランは机の引き出しから、古びた羊皮紙の束を放り投げた。

カイルがそれを受け取る。

「それは、ギルドの探査船から送られてきた、墜落直前の高度と気圧、そして気温の観測データだ。お前のその自慢の頭脳で、自分たちの今の船の重量と照らし合わせてみろ。それでも行けるってんなら、もう止めはしねえ」


テントを出てアルバトロス号に戻るまでの間、僕たちは誰も口を利かなかった。

船に戻るなり、カイルはガランから受け取ったデータをテーブルに広げ、シェリルの新しいアストロラーベが弾き出した正確な山脈の高度と照らし合わせながら、猛烈な勢いで計算尺を弾き始めた。

カリカリカリカリッ、と神経質なペンの音だけが船内に響き続ける。


三十分後。


カイルの手が、ピタリと止まった。


「……カイル。どうだった?」

シェリルが不安そうに身を乗り出す。リゼも固唾を飲んでカイルの口元を見つめている。


カイルはゆっくりと眼鏡を外し、両手で顔を覆いながら、深く、重い溜息をついた。

「……ダメだ。ガランの言う通りだ」


「ダメって、何がだ! 俺のエンジンに不可能はないはずだぞ!」

僕が机を叩くと、カイルは充血した目で僕を睨み返した。


「物理法則を無視するな、レオ! ……標高七千メートル。そこは僕たちの想像を絶する『死の領域(デッドゾーン)』だ。大気の密度は地上の三分の一にまで落ち込む。スーパーチャージャーでいくら加圧しようが、燃焼に必要な『酸素の絶対量』が足りないんだ!」

カイルは計算の書かれた紙を乱暴に指差した。


「僕が計算した極限の燃調セッティングでも、あの高度ではエンジン出力が地上の『六割』も低下する。その上、あの|山脈の斜面に沿って吹き下ろす強烈な向かい風《カタバティック風》と、長距離飛行のために満載した増設タンクの重さが、船の足を致命的に引っ張る」


カイルの指が、海図の山頂よりわずか手前の空間を叩いた。

「山頂まであと五百メートルの空域。そこで、アルバトロス号の推進力は完全に空気抵抗と重力に負ける。……前に進めず、浮力も足りず、風に押し戻されて失速(ストール)する。墜落する確率は、計算上、九十九パーセントだ」


静寂。


さっきまでの、無敵の船を作り上げたという高揚感とワクワク感が、一瞬にして凍りついて砕け散った。


「……嘘でしょ?」

リゼが顔を真っ青にして、震える声で呟いた。


「九十九パーセントって……それ、絶対死ぬってことじゃない。レオのエンジンでも、あんたの計算でも、絶対に越えられないってこと……?」

「そうだ。これは精神論や技術の話じゃない。現在の僕たちの船のスペックと、あの山脈の物理的な壁との、絶対的な『質量の差』だ。どうあがいても、今のままでは越えられない」


僕は自分の足元にあるスレッジハンマーを見つめた。


どんなガラクタだって、叩いて直して、空へ飛ばしてきた。

雷雲も突破した。ギルドの常識も覆してきた。

だが、大自然が突きつけてきた「空気の薄さ」という目に見えない壁は、ハンマーで叩き壊すことも、気合でねじ伏せることもできなかった。


「……じゃあ、どうするのよ」

リゼが、すがるような目で僕たちを見た。


「行けないんでしょ? だったら……このまま、ここにいるしかないじゃない」

彼女の言葉に、反論できる者は誰もいなかった。


窓の外では、あの白銀の山脈が、僕たちのちっぽけな野心を嘲笑うかのように、冷たくそびえ立っていた。

お読みいただき、ありがとうございます!

物理の壁、空気の薄さ。

「墜落確率99パーセント」。カイルの弾き出した絶望的な数字の前に、流石のレオたちも言葉を失ってしまいました。

気合や根性ではどうにもならない大自然の壁。彼らはここで立ち止まってしまうのでしょうか?

絶望的なヒキで終わってしまいましたが、どうかご安心ください。

彼らがこのまま諦めるはずがありません!

明日も夜19時に更新します。絶対にお見逃しなく!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ