第37話 作戦会議と星読みの羅針盤
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手に入れた大金を惜しげもなく注ぎ込み、アルバトロス号を「白い山脈突破仕様」へ大改造!
新しいパーツを取り付ける、男の子のロマンが詰まったワクワクの準備回です。
金貨を手にした翌朝。
アルバトロス号の船内は、冷え込む外の空気とは裏腹に、かつてないほど和気あいあいとした熱気に包まれていた。
テーブルの中央には、革袋からこぼれ出た眩い金貨の山。
それを囲むように、四人が温かいコーヒーのマグカップ片手に海図を覗き込んでいる。
「ふふふ……何度見てもいい眺めね」
リゼが金貨を一枚つまんで、頬ずりせんばかりの笑顔を見せる。
「さて、と。大金も手に入ったことだし、今後の作戦会議だ」
カイルが海図の上にペンを置き、現在の位置である辺境の街『ラスト・ドロップ』を丸で囲んだ。
「私たちがアイアンポートを出てから、南の迷いの峡谷を越えて、今は大陸の中央よりやや北の辺境にいる。……シェリル、目的地の確認を」
シェリルがこくりと頷き、海図のずっと東、大陸が途切れた「海の向こう側」を指差した。
「私たちが最終的に目指すのは、海のずっと向こうにある『幻の空域』。でも、そこへ至るための正確な星の道は、まだ誰も知らないの。だから……」
彼女の指が、海の少し手前……この大陸の東端にある一番高い山へとスライドした。
「まずは、かつて天文学者カッシーニが生涯をかけて星の歪みを観測した場所、『大陸最高峰の観測所跡』へ行かなきゃならない。そこに残されているはずの完全な星図を手に入れて、初めて海の向こうへ渡ることができる」
「なるほどな」僕は腕を組んだ。「だが、その大陸最高峰へ行くには……俺たちの目の前にそびえ立つ、巨大な壁『白い山脈』をどうしても越えなきゃいけないってわけだ」
「ギルドの連中すら恐れる、標高七千メートル級の絶対の壁ね」
リゼが少しだけ顔をしかめる。
カイルが眼鏡を押し上げた。
「笑い事じゃない。現在のアルバトロス号では、あの山脈を越えきることはできない。標高が上がれば空気が薄くなり、エンジンの燃費は極端に悪化する。単純計算で今の『三倍』の燃料を積む必要がある」
「三倍か……」僕は顎をさすった。「だったら、シルフィード号みたいにエンジンの効率を少しでも上げるしかないな」
「シルフィード号? あの、ギルドの飛行レースで競い合ったエリートの船か?」
「ああ。あいつらのエンジンは、振動と音を極限まで抑え込んで、燃料を一滴も無駄にしていなかった。俺たちのバカでかい暴力的なエンジンでも、空気が薄い高地に合わせて吸気と排気のバルブタイミングを見直し、キャブレターの燃調を極限まで薄く絞り込めば、燃費と効率は格段に上がるはずだ。足りない分は、船の側面に外付けの巨大な『増槽タンク』を増設してやる」
「寒さ対策はどうするの? 山頂付近はマイナス三十度を下回るんでしょ。凍死しちゃうわよ」
リゼが身を震わせる。
「それも考えてある。エンジンの熱でキンキンに温まった潤滑オイルを、銅パイプで船室内にぐるっと這わせるんだ。極寒の空でも半袖で過ごせるくらいの、最強の即席『オイルヒーター』を作ってやる」
「なるほど。理にかなってはいるね」カイルが手帳に素早くメモを取り、ニヤリと笑う。「僕の計算通りに配管してくれれば、熱効率は完璧だ」
「あと……私からも、一つお願いがあるの」
シェリルが少し控えめに手を挙げた。
「私に、『アストロラーベ』を買ってほしいの。一番精度の高いやつ」
「アストロラーベ?」
「うん。あの白い山脈は、常に強烈な吹雪や分厚い雲に覆われているらしいの。いつもの目視だけじゃ、星が全く見えないかもしれない。でも、精密なアストロラーベがあれば、昼間や薄い雲越しでも、わずかな光や太陽の角度から星の正確な位置と高度を割り出して、私たちの現在位置を完璧に計算できるの。絶対にみんなを迷わせないから……必要なの」
彼女の力強い瞳に、リゼはパチンと指を鳴らした。
「分かったわ。私たちの命と夢には代えられないものね。カイルの完璧な計算と、レオの神業、そしてシェリルの絶対の目。これだけの金貨があれば、全部叶えてみせるわよ! さあ、買い出しに出発!」
リゼがしっかり財布の紐を握りしめ、僕たち全員を引き連れて街の裏通りにある巨大なジャンク屋へやってきた。
顔役のガランから「腕は確かだが偏屈なジジイがいる」と教えられた店だ。
油まみれのガラクタが山積みになった薄暗い店内に足を踏み入れると、奥から「誰だ、冷やかしか」とダミ声が響いた。
店の奥で、白髪交じりの頑固そうな老職人――ドルトンが、顔を油だらけにして大型の機械と格闘していた。
「冷やかしじゃないわ。長距離飛行用の軽くて頑丈な増設タンクと、最高精度の『アストロラーベ』を探してるの」
リゼが用件を伝えると、ドルトンは手を止め、呆れたように僕たちを鼻で笑った。
「長距離用のタンクだぁ? そんなもん積んで、この街からどこへ行く気だ。まさか北の『白い山脈』を越えるつもりじゃねえだろうな」
「そのまさかだよ」
僕が答えると、ドルトンは顔をしかめた。
「やめとけ、死にたがりども。あそこはただの山じゃねえ。空気が薄すぎて、ギルドの最新鋭の探査船ですらエンジンが酸欠で止まって落ちたんだ。お前らみたいなガキがボロ船で越えられる壁じゃねえよ」
「忠告はありがたいが、俺たちの船は探査船よりよっぽどタフなんだ。いいから、売り物を――」
僕が食い下がろうとした時。カイルがふと、ドルトンが格闘している機械を覗き込んで口を開いた。
「……おじさん。その機械、街の巨大な揚水ポンプの『調速機』だね。さっきから見ていたが、遠心錘のバランスが狂って回転が安定していない」
「ああん!? ガキが知ったような口を……!」
「ギルドの規格部品である新品のバネを、古いギアに無理やり組み込んだからだよ」
カイルはドルトンの怒鳴り声を冷徹に遮り、手帳の計算式を指差した。
「ギルドの新しいバネは反発係数が高すぎる。この古い揚水ポンプの回転数と、遠心力で開く錘の重量バランスが完全に崩れている。いくらネジを締めても、永遠に調整は合わないよ。僕の計算なら、張力をあと『十五パーセント』落とせば完璧に同調するはずだ」
「なっ……! 何日も悩んでた原因を、一瞬で……!」
ドルトンが図星を突かれて息を呑む。
「レオ、やれるか?」
カイルが僕の方を振り返る。
「……余裕だ。おっさん、そこの金床とバーナー、あとハンマーをちょっと貸してくれ」
僕はドルトンが止める間もなく、店の設備を勝手に借りて、その真新しいギルド製のバネを金床の上に引っ張り出した。
シュゴォォォォッ!
青白い炎でバネの金属を焼き、真っ赤に熱したところをハンマーでカンッ!カンッ!と叩いて微かに引き延ばし、すぐに油に突っ込んで焼き入れする。
「おい、何してんだてめえ! ギルドの高いパーツだぞ!」
「いいから見てな。これが野良犬の魔法だ」
僕は熱の引いたバネを調速機に組み直し、手動のクランクを勢いよく回した。
カチャカチャカチャ……ウィィィィン……!
先程まで不規則にガタついていた調速機のギアが、まるで滑らかな絹糸を紡ぐように、一定の速度で美しく回り始めたのだ。
「……嘘だろ。直感の焼きなましだけで、バネの張力をたった一度で完璧に合わせやがった……何十年も機械をいじってきた俺が匙を投げた仕事を、こんなガキどもが……!」
ドルトンが目をひん剥いて、滑らかに回る機械と僕の顔を交互に見比べた。
完璧な理論と、それを現実に落とし込む圧倒的な職人の手。不可能を可能にする僕たちの連携に、老職人は完全に圧倒されていた。
「……まいったな。こりゃあ、ただの死にたがりじゃねえらしい」
ドルトンは油まみれの手で頭を掻き、店の奥のシャッターをガラガラと開けた。
「……持ってけ。ギルドの装甲艦のお下がりである、ジュラルミン製の軽量増槽タンクだ。それから……」
彼は厳重な木箱の中から、埃を被った真鍮製の美しい計器を取り出した。いくつもの歯車と目盛りが組み合わさった、複雑極まりない天体観測儀だ。
「昔、ギルドの星読みから流れ着いた年代物だ。使いこなせる奴がいなくて埃を被ってたが、精度は特級品だ。……さっきの修理代の代わりだ。破格の金貨十五枚で両方譲ってやる」
「ありがとう、おじさん!」
シェリルが目を輝かせて、その真鍮の計器を胸に抱きしめた。
「……フン。せいぜい迷わずに、あの死の山を越えてみせな」
ドルトンはそっぽを向きながら、リゼから銀貨の入った袋を受け取った。
それからの約一週間、アルバトロス号は『白い山脈突破仕様』への大改造期間に入った。
僕とカイルは毎日油まみれになって、ドロップタンクの溶接とエンジンの燃調セッティング、そしてオイルヒーターの配管作業に没頭した。
シェリルは昼夜を問わず新しいアストロラーベをいじり倒し、複雑な計算式をノートに書き留めている。
そしてその間、リゼはただ遊んでいたわけではない。
「はい、これレオの余った古いポンコツキャブレターね。カイルの計算した最適な燃料の絞り方のメモをセットにして、銀貨三枚でどう?」
彼女は買い出しの傍ら、僕の廃パーツとカイルの知識を組み合わせた「技術セット」を、街の若い運び屋や駆け出しの空賊たちに売り捌いていたのだ。
「本当にこれで燃費が良くなるのかい?」
「ええ。うちの天才整備士と最高の頭脳のお墨付きよ。あんたたちの船、いつも無理して飛んでるからすぐガス欠になるんでしょ? これさえあれば、もう一往復多く仕事ができるわよ」
数日後、リゼの押し売りに半信半疑で金を払った空賊たちが、「本当に船の調子が良くなった!」「ガス欠にならずに命拾いしたぜ!」と大喜びで桟橋に駆け込んでくるようになった。
僕たちがただ作業をしている間に、リゼはちゃっかりと小銭を稼ぎつつ、この無法の街での「人助け」と「確かな人脈」を築き上げ、野良犬チームの評判を確固たるものにしていたのだ。
そして、一週間後。
夕日の差し込む桟橋で、僕たち四人は生まれ変わったアルバトロス号の前に並んで立っていた。
「……できた。ついに完成したぞ!」
僕が油まみれの顔を拭って叫ぶと、三人が一斉に歓声を上げた。
船体の左右には、夕日を反射して鈍く光る巨大なジュラルミン製の増槽タンクが、力強く備え付けられている。
「見てよこれ! 私たちの船、すっごく強そうじゃない!」
リゼがぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ。
「計算通りだ。これで航続距離は今までの三倍。燃調のセッティングも完璧で、オイルヒーターのおかげで船室内は氷点下の空でも春のように暖かい。……これ以上の改造は、物理的に不可能だよ」
カイルがひび割れた眼鏡を押し上げ、誇らしげに胸を張る。
「アストロラーベの調整も完璧だよ。これがあれば、どんなに厚い雲の中でも、絶対に海への道を迷ったりしない!」
シェリルも、真鍮の輝きを胸に抱きしめて満面の笑みを浮かべた。
「ああ。ギルドの綺麗な船には絶対真似できない、俺たちだけの、世界で一番タフで自由な翼だ!」
僕はスレッジハンマーを高く掲げた。
お金がない、部品がない、常識がない。そんな「できないこと」だらけの底辺から、僕たちは自分たちの知恵と手で、一つ一つ限界をぶち破り、不可能を可能にしてきたのだ。
この船なら、絶対に行ける。
夕日に赤く染まった北の空。すべてを拒絶するような白銀の壁を見上げても、もう恐怖はなかった。
ただ、早くあの空の向こう側が見たくてたまらない。胸を焦がすようなワクワク感が、僕たちの身体中を駆け巡っていた。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
増槽タンク、即席オイルヒーター、そして最高精度のアストロラーベ。
偏屈な老職人を実力で黙らせるカイルとレオのコンビネーションも最高でしたね。
リゼもちゃっかり小銭を稼いでいました。
これ以上ないほど完璧な船が完成し、いざ、北の「白い山脈」へ!……と言いたいところなのですが。
明日、彼らの前に残酷な現実が立ちはだかります。




