第36話 勝ち取った報酬と野良犬の宴
いつも温かい応援、ありがとうございます。
命懸けの仕事の後は、最高に美味しいエールの時間です。
そして、リゼの交渉術がまたもや火を噴きます。
無事に迂回ルートを抜け、アルバトロス号が『ラスト・ドロップ』の空域に帰り着いた頃には、すっかり夜も更けていた。
眼下には、岩肌にへばりつくように広がる無秩序なスラム街が、安酒場や粗悪なランプの灯りで鈍く浮かび上がっている。
エンジンオイルの焦げる匂いと、生活の入り混じった重たい煙の匂い。
ギルドの綺麗な街なら顔をしかめるようなその匂いが、雷雲と落雷、そして石の暴走という死線を潜り抜けてきた僕たちにとっては、たまらなく「生」を感じさせる匂いだった。
「……着いたわよ。私たち、本当に生きて帰ってこれたのね」
後部座席でリゼが、煤で汚れた顔をほころばせながら窓ガラスにへばりつく。
「お疲れさん。最高のナビゲートだったぜ、シェリル」
「うんっ。レオの操縦も、すごくかっこよかった」
僕はスロットルを絞り、行きと同じ一番外れにある木と鉄骨の足場――僕たちの指定席になりつつある桟橋へと、船を静かに滑り込ませた。
ガコンッ、という鈍い着地音と共に、プロペラの回転が止まる。
ハッチを開けると、そこには分厚いコートを着込んだ顔役のガランと、ザックをはじめとする空賊の連中が、寒空の下でズラリと待ち構えていた。
「……お前らの野良犬特急便、本当にやり遂げちまうとはな」
ガランが咥えていた葉巻を地面に捨て、ブーツで踏み消した。
その顔には、ヒヨッコを見るような侮蔑の色は微塵もなく、ただ純粋な驚きと賞賛があった。
「へっ、だから言ったろ。野良犬を舐めるなって」
僕がタラップを降りながらニヤリと笑うと、ザックたちが「うおおおおっ!!」と地鳴りのような歓声を上げた。
「マジかよ! あの雷鳴の巣を、限界の荷物を積んだまま往復しやがった!」
「どんな化け物エンジン積んでりゃあんな真似ができるんだ!?」
荒くれ者たちが口々に叫びながら、僕の肩をバンバンと乱暴に叩いてくる。
「ほらほら、感動の再会は後にして! まずはビジネスよ、ビジネス!」
リゼが僕とザックたちの間を強引に掻き分け、ガランの前に進み出た。
「あんたの依頼通り、双子岩のキャンプに爆薬と食料は届けてきたわ。ガンツのおじさんにもよろしく言っておいたから。……で、約束の報酬は?」
ガランは苦笑いしながら、小さな革袋をリゼに向かって放り投げた。
チャリンッ、と鈍い金属音が鳴る。
「依頼達成の報酬、金貨十枚だ。確認しな。……それと」
ガランは顎でアルバトロス号の荷台をしゃくった。
「ガンツの奴らから、ずいぶんと泥まみれの原石を預かってきたみたいだな。不純物は多いが、この街じゃあ使い捨ての動力として需要がある。俺の息のかかった闇商人に一括で換金させてやってもいいぞ? まぁ、仲介手数料は少しもらうがな」
ガランの提案に、リゼはふふんと鼻を鳴らした。
「結構よ。そんな美味しい取引、あんたに中抜きさせるわけないじゃない。自分たちで最高値で売り捌いてくるわ」
そう言うと、リゼは後ろを振り返った。
「カイル、あんたは知識担当でついてきなさい。レオとシェリルはここで船の点検と、残りの石を台車に積む準備をしておいて。商談がまとまったらすぐに運ばせるから」
「おう、任せとけ。限界まで回したエンジンの機嫌をとっておく」
僕が答えると、リゼは荷台の原石のサンプルをいくつか麻袋に詰め、カイルを引き連れて街の奥へと消えていった。
リゼとカイルは、街の裏通りにある故買屋の扉を蹴り開けた。
カウンターの奥にいた、油まみれの胡散臭い親父が顔をしかめる。
「なんだガキども。ここはガラクタの処分場じゃねえぞ」
「ガラクタじゃないわ。とびきりの『動力源』を持ち込んであげたのよ」
リゼがドンッと麻袋をカウンターに置き、中身の濁った緑色の原石を見せつけた。
親父はルーペを取り出して石を覗き込んだが、鼻で笑ってカウンターに放り投げた。
「……不純物が多いな。ギルドじゃ買い取り拒否の代物だ。まあ、うちなら銀貨数枚で引き取ってやってもいいぜ」
「足元見ないでよ」
リゼがバンッとカウンターを叩く。
「純度が低いってことは、少々のことじゃ共鳴しないってこと。安全装置なんて無視して無理やり出力を上げてるこの街の違法改造船には、『使い捨てのブースター』として最高の相性じゃない!」
「……お、お嬢ちゃん、よくそんなデタラメを……」
「デタラメじゃない」
カイルが丸眼鏡を押し上げ、冷徹な声で親父の言葉を遮った。
「この石の共鳴閾値は、ギルドの標準石の約三倍だ。つまり、限界まで燃料を食わせて過剰な振動を与えなければ反応しない。逆に言えば、冷却器すら積んでいないようなポンコツ船に積んでも、すぐには熱暴走を起こさないということだ。装甲船で逃げ切るための『数分間の使い捨て高出力』……その需要がこの街にないとは言わせないよ」
「……っ!」
親父が言葉に詰まる。カイルの完璧な理論と市場分析が、親父の買い叩きを完全に封じ込めたのだ。
「それにさ」
リゼがカウンターに身を乗り出し、悪魔のような笑みを浮かべた。
「この石の価値がわからねえなら、別の店に行くわよ。あんたのライバル店に持っていけば、喜んで金貨を出して『最高の大砲の弾』として売り捌くだろうからね」
商魂、理論、そして威圧。
逃げ場を塞ぐ容赦ない交渉戦に、親父はついに白旗を揚げた。
「……わ、分かったよ! 相場より色をつけて買えばいいんだろ! まったく、どこの悪魔の使いっぱしりだてめえらは!」
数十分後。
連絡を受けた僕とシェリルが台車で運び込んだすべての原石と引き換えに、リゼの手には両手で抱えるほど大きな革袋が握られていた。
僕たちはガランの待つテントへと戻った。
「ガラン、石は全部で金貨百三十枚と銀貨少々に化けたわ」
リゼがドサリと袋を机に置く。ガランの片目が驚きに見開かれた。
「私たちがもらう運搬・代行手数料は売上の三割……金貨四十枚と端数の銀貨よ。残りの金貨九十枚は、ガンツのおじさんたちの分としてあんたに預けるわ。ちゃんと渡してあげてよね」
「……本当にそれだけの額を、あのタヌキ親父から引き出してきたのか。大したタマだ。……ああ、間違いなくガンツの分は預かった。次の便か、あいつらが山を降りてきた時に責任を持って渡してやろう」
ガランは金貨九十枚の入った袋を引き寄せ、面白そうに笑った。
「これで、ガランからの依頼報酬十枚と合わせて『金貨五十枚』ってことね……!」
リゼは自分の取り分が入った革袋を持ち上げようとし――「うぐっ……!?」とそのあまりの物理的な重さにバランスを崩してよろめいた。
「おっと、危ない!」
僕とカイルが両脇から慌てて袋の底を支える。五十枚の金貨と大量の銀貨が放つ、ズシリと腕の骨に食い込むような圧倒的な質量。
それは、ただの金属の塊じゃない。僕たちが命懸けで雷雲と暴走する石から持ち帰り、自分たちの足と知恵で勝ち取った「命の対価」そのものの重さだった。
「ふふふ、あはははは! 重い! 最高に重いわ!!」
リゼは僕たちに支えられながらも、袋に頬ずりせんばかりに恍惚とした表情を浮かべている。
「……お前みたいな強欲な娘がこの街で商売を始めたら、俺たちもウカウカしてられねえな」
一部始終を見ていたガランが、心底呆れたように、しかし可笑しそうに笑った。
「おい、稼ぎの話は終わりだ! 今日は俺の奢りだぜ!」
ザックが大きな木樽を肩に担ぎ上げて、満面の笑みで進み出てきた。
「生きて帰ってきたら奢るって約束だったからな! この街で一番高い、極上のエールだ!」
木樽の栓が抜かれ、甘い香りのする琥珀色の酒が次々とジョッキに注がれる。
顔に傷のある大男たちと、煤にまみれた十六歳の僕たちが、ジョッキをぶつけ合って笑い合う。
「レオ、飲んでる? すっごく美味しいよ!」
シェリルが、少し顔を赤くしながら木の実のジュースで割ったエールを僕に差し出してくる。
「おう、サンキュー」
冷たい酒を喉に流し込むと、疲労しきった体に心地よい熱が広がっていった。
「いや、本当にお前らには恐れ入ったぜ」
ザックがジョッキを傾けながら、珍しく真剣な顔で僕の肩を叩いた。
「ガンツの親父たちは、ギルドの連中に見捨てられて死に体だった。あのままじゃ、春まで石を抱いて全員凍え死ぬしかねえって、俺たちも半ば諦めてたんだ。……そこへ食いモンを届けた上に、自分たちで交渉して、買い叩かれるはずだった石まであんな高値で換金してきやがるとはな」
周りのならず者たちも、大きく頷いている。
「お前ら、ただの運び屋じゃねえ。あいつらの命と、俺たち野良犬の意地まで救ってくれたんだ。この街の連中はみんな、お前らに感謝してるぜ!」
ザックがジョッキを高く掲げると、桟橋に「野良犬特急便に乾杯!」という怒号のような歓声が響き渡った。
ギルドのエリートたちにバカにされ続けてきた親父の船が、こんな最果ての街で、大人たちから本気の称賛と感謝を浴びている。
胸の奥が、エールとは違う熱さでジンと熱くなった。
「さて、と……」
僕はジョッキを置き、カイルの隣に腰を下ろして、足元の金貨の袋を軽く蹴った。
「これだけありゃ、アルバトロス号をさらに化け物にできるな」
「ああ」カイルがひび割れた眼鏡の奥の目を光らせ、手帳を取り出した。
「ギルドの横流しパーツを買い漁れる。まずは長距離用の『増槽タンク』だ。今の燃料積載量じゃ、この大陸の先へは行けないからね」
「それに、シェリルのための最高精度の航法計器も買ってやらないとな。あいつの目がなきゃ、俺たちはただの鉄クズと一緒に空から落ちるだけだ」
「それと、防寒具とまともな保存食もね。……リゼに財布の紐を握られている以上、彼女の決済をどう通すかが最大の問題だが」
カイルの言葉に、僕たちは揃って、ならず者たちと大声で笑い合いながら金貨の袋に抱きついているリゼを見て、苦笑いした。
僕たちの旅は、まだ設計途中だ。
手に入れた資金と技術で、この船をどこまで遠くへ飛ばせるか。
夜の桟橋の喧騒の中で、僕たちの胸には、次の未知なる空――この大陸の最北端にそびえる『白い山脈』の向こう側への、強烈な渇望が燃え上がっていた。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
大金貨50枚! 命懸けで勝ち取った報酬の重みは格別ですね。
ギルドの底辺で笑われていた彼らが、無法の街で大人たちから本気の称賛を浴びる。作者としても胸が熱くなる夜でした。
この資金で、いよいよ船の大改造が始まります。明日もお楽しみに!




