第33話 野良犬たちの修理工房
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ギルドの純正パーツがなきゃ空は飛べない?
そんな常識、レオのハンマーが叩き壊します!
無法の街『ラスト・ドロップ』の桟橋は、アイアンポートの整然とした発着場とは似ても似つかない、鉄屑の吹き溜まりだった。
岩肌から無骨に突き出した木と鉄骨の足場には、大砲を積んだ装甲船や、原型をとどめないほど継ぎ接ぎされた貨物船が、ところ狭しと係留されている。
顔に火傷の痕がある大男――ザックと名乗った三流空賊のリーダーに案内され、僕たちは彼らの船の前に立った。
「……こいつが、俺たちの『ブラック・ハウンド号』だ」
ザックが忌々しそうに顎でしゃくった先には、鈍い黒色に塗られた中型の装甲船が係留されていた。
船体の上部には、浮遊石の生み出す強烈な浮力を受け止め、船全体を釣り上げるための、煤けた灰色の分厚い気嚢が重そうに覆い被さっている。船体自体は分厚い鉄板で覆われ、いかにも荒事仕様といった造りだが、肝心のエンジンルーム周りが惨憺たる有様だった。
黒いオイルがドロドロと甲板に垂れ流しになり、焦げ臭い煙の臭いが周囲に染み付いている。
「ひどい匂い……。油と、何かが焼け焦げたような臭いが混ざってる」
シェリルが鼻をつまんで顔をしかめる。
「どれ、見せてみろ」
僕は工具箱を足元に置き、エンジンルームの分厚いハッチを開け放った。
ムワッ、とむせ返るような熱気と、さらに強烈な悪臭が顔を打つ。
「……やっぱりな」
僕は油まみれのエンジンブロックを撫でながら、酒場での見立てが正しかったことを確認した。
「シリンダーヘッドのガスケットが完全に吹き飛んでる。隙間から圧縮空気が漏れて、推力が全く出ていない状態だ」
「……それにしても、無茶な真似をしているね」
カイルがハンカチで口元を覆いながら、丸眼鏡の奥の目を細めて船の心臓部を観察した。
「これはギルドで廃棄された旧式の飛行船専用エンジンだ。本来、飛行船のエンジンは振動と熱で浮遊石が『共鳴』して砕け散るのを防ぐために、出力の低い静かな回転で回すのが常識だ。なのに、燃料の噴射量をいじって、限界以上の出力を出そうと違法改造されている」
カイルの言葉に、ザックの手下たちが少しだけ肩を揺らす。
「ああ。この重い装甲を飛ばすために、燃料をドカ食いさせて無理やり出力を上げてるんだ。当然、そんなことをすればエンジンは焼け焦げる。だから、どこかから拾ってきた大型のウォーターポンプを後付けして、無理やりエンジンを冷やしながら騙し騙し飛んでたんだろ」
僕は千切れてぶら下がっている黒いゴムの残骸を指さした。
「だが、そんな付け焼き刃の造りじゃ、すぐにガタが来る。ポンプを回す駆動ベルトが負荷に耐えきれずに千切れて、冷却機能が完全に死んでる状態だ」
(俺たちのアルバトロス号みたいに、規格外のデカいエンジンを積むために、俺とカイルが必死になって編み出した『浮遊石そのものを直接キンキンに冷やす』なんていう冷却システムの発想は、この街の連中にはないってことか)
自分たちで見つけ出した工夫が、いかに常識外れで理にかなっていたかを、僕はこんな場所で改めて実感していた。
「……冷却機能が死んでる『今の状態』で無理にエンジンを回せば、あっという間に熱と振動で浮遊石が共鳴して、気嚢ごと木端微塵に爆発するよ」
カイルが冷酷な事実を突きつけると、「見ただけでそこまで……!」と、ザックの後ろにいた手下たちが目を丸くして驚きの声を上げた。
彼らはおそらく、空を飛んでいる最中にベルトが切れ、命からがら不時着した後、原因が分からずに途方に暮れていたのだろう。
「原因が分かったところで、どうにもならねえ」
ザックがギリッと奥歯を鳴らした。
「ギルドの正規パーツなんて、この街じゃ目玉が飛び出るほど高えんだ。ガスケット一枚買うにも、俺たちの手持ちの銀貨じゃ足りねえ。……おいお嬢ちゃん、お前ら、『廃材で完璧に飛ばす』って言ったよな。どうせハッタリだろうが……」
「ハッタリじゃないわ。うちの整備士を舐めないことね」
リゼが腕を組み、ふんぞり返ってザックを一瞥する。
「レオ、やれるわよね?」
「当たり前だ。ギルドのパーツがなきゃ空が飛べないなんて決まりはないさ」
僕は工具箱を蹴り開け、中から使い込まれたスパナやハンマーを引っ張り出した。
「あんたたち、そこら辺のジャンク屋から『軟銅板』の切れ端を探してきてくれ。厚さは二ミリくらいだ。それから、持っている中で一番分厚い『革のベルト』を一本」
「あ? 銅板とベルトだと?」
「直してほしいんだろ? 時間を無駄にしたくないなら急いだ方がいい」
僕が少し呆れたように言うと、ザックは忌々しそうに舌打ちしつつ、手下たちを走らせた。
数分後。手下たちが息を切らして持ってきた薄汚れた銅板の切れ端と、ザック自身が腰から外した分厚い革ベルトを受け取る。
「カイル、シリンダーヘッドの形状とボルトの位置は確認したか?」
「ああ。ボア径とピッチの数値は出した。型紙を起こそうか?」
「いや、いらない。頭に入った」
僕はスレッジハンマーではなく、小ぶりの金槌と鏨を握りしめた。
銅板を無造作に作業台代わりの木箱に置き、迷うことなく鏨を打ち込む。
カンッ! カンッ! カンッ!
軽快な金属音が、寂れた桟橋に響き渡る。
ギルドの工場で大量生産されるガスケットは、耐熱素材を特殊な機械でプレスしたものだ。そんなものはここにはない。
だから、手作業で「切り出す」しかない。
熱で柔らかくなる軟銅板を叩き出し、シリンダーの形に合わせて完璧な密閉材を自作するのだ。
「おい、ちょっと待て! 型紙も当てずに、目分量で切り出してるのか!?」
カイルが丸眼鏡をずり落ちさせながら叫んだ。
「お前という奴は、本当に設計という概念がないのか……!」
「うるさいな。ボルトの穴の位置なんか、エンジンの顔を見りゃ手が勝手に動くんだよ」
「……おいおい、嘘だろ。あんな硬え銅板を、目にも留まらぬ速さで……しかも、一切の狂いなく切り出していくぞ……」
ザックたちが、親の仇でも見るような真剣な目で銅板を叩く僕の手元を食い入るように見つめている。
親父の工房で、物心つく前から鉄と油にまみれてきた僕の「手」は、機械の求める形を直感で理解している。
カイルの弾き出した数値を感覚で翻訳し、僕の手が狂いなく金属を成形していく。
「できた。カイル、耐熱のシーリング剤はあるか?」
「アイアンポートから持ってきた予備が少しあるが……もったいない。こんな船に使うにはコストが見合わないね」
「ケチくせえな。しゃあない、リゼ、さっき市場でなんか臭え脂買ってなかったか?」
「買ったわよ。ランプの油代わりになるかと思って安く叩き買ってきたんだけど……すごく臭いのよ、これ」
リゼが顔をしかめながら、黄色く濁った不気味な塊の入った壺を差し出した。
「上等だ。これに、そこの廃材置き場にあった石綿のクズを練り込む」
僕は脂の塊を手で直接掬い取り、石綿と混ぜ合わせて乱暴に捏ね始めた。
「……なるほど。獣の脂に石綿の繊維を練り込めば、エンジンの熱で炭化・硬化して、即席の耐熱パテとして機能する計算か。理にかなってはいるが……衛生面と臭いは最悪だな」
カイルがハンカチで鼻を押さえながら、少し感心したように、だが心底嫌そうに言った。
「へへっ、野良犬の修理に上品さは要らねえんだよ」
僕は自作の銅製ガスケットにその特製パテをたっぷりと塗りたくり、重量数十キロはあろうかというシリンダーヘッドを一人で持ち上げ、ガコンッ! とエンジンブロックに叩き込んだ。
「次! ウォーターポンプのベルトだ!」
僕はザックの分厚い革ベルトをナイフで縦に裂き、適切な幅のループを作った。
「こんな革のベルトなんかで、無理やり付けたポンプの回転に耐えられるわけねえ!すぐに千切れるぞ!」
ザックが叫ぶが、僕は無視してプーリーにベルトを引っ掛けた。
「そのままだとな。だが、少し『細工』をする」
僕はベルトの裏側に、松脂と細かく砕いたガラス片を混ぜたものを擦り込んだ。
「ガラスの粉が滑り止めになり、松脂が摩擦熱で溶けてプーリーに完全に固着する。ギルドのゴムベルトより、よっぽど頑丈に食らいつくはずだ」
すべての部品を組み上げ、油まみれになった手で額の汗を拭う。
作業開始から、わずか三十分。
魔法なんて使っていない。使ったのは、廃材の銅板と、男のズボンのベルトと、獣の脂だけだ。
「よし。……エンジン、掛けてみてくれ」
僕はスパナを肩に担ぎ、ザックに顎でしゃくった。
ザックは半信半疑の顔のまま、震える手で操縦席に乗り込み、スターターのレバーを引いた。
キュルルルッ……!
重苦しい始動音が鳴る。
頼む、息を吹き返してくれ。僕はエンジンの鼓動に全神経を集中させた。
一瞬の静寂の後。
ドォォォォォン!!
腹の底を揺らすような、力強い爆発音が響き渡った。
ドッドッドッドッ……!
黒い煙を吐き出しながらも、ブラック・ハウンド号の改造エンジンは、まるで冬眠から目覚めた獣のように、規則正しく力強い咆哮を上げ始めた。
シリンダーの隙間からの空気漏れは完全に消え、革ベルトはプーリーにガッチリと食らいつき、勢いよく冷却ポンプを回してエンジンの熱を奪っていく。
「……動いた……」
手下の一人が、へたり込んで呟いた。
「マジかよ……完璧じゃねえか……。ギルドの正規パーツを一つも使わずに、たった三十分で、あの死にかけのエンジンを蘇らせやがった……!」
ザックは操縦席から身を乗り出し、信じられないものを見るような目で僕を見下ろした。
その目には、酒場で僕たちを「迷子のヒヨッコ」と見下していた面影は微塵もなく、ただ圧倒的な技術に対する「畏怖」だけが浮かんでいた。
「ふんっ。どう、これがうちの天才整備士の腕よ」
リゼがドヤ顔で胸を張り、ザックに向かって手を差し出した。
「約束通り、銀貨二十五枚。それと、修理中の食事と水……はもういいから、代わりにまともな食材を現物で寄越して。それから」
リゼは悪魔のような笑みを深めた。
「あんたが言ってた『雷雲空域の物資輸送』の仕事、私たちに紹介してもらうわよ。命の保証はないけど金貨十枚になるって言ってたわよね?」
ザックはゴクリと唾を飲み込み、もはや完全にリゼのペースに呑み込まれていた。
「……ああ、分かった。お前らみたいなイカレた腕の持ち主なら、顔役の親父も文句は言わねえだろう。俺が話を通してやる」
ザックは大人しく皮袋から銀貨を取り出し、リゼの手に握らせた。
チャリン、と重みのある銀の音が響く。
この無法の街での、初めての「稼ぎ」だった。
「お疲れ様、レオ! すっごくかっこよかったよ!」
シェリルが駆け寄り、油で真っ黒になった僕の顔をハンカチで優しく拭いてくれた。
「へへっ、まあな」
「フン。直感だけでハンマーを振り回す野蛮人に褒められても嬉しくないな。型紙も作らないなんて、整備士としては三流だ」
カイルはそっぽを向きながら文句を言ったが、眼鏡の奥の目は少しだけ細められていた。
僕たちは、稼いだばかりの銀貨の入った袋をリゼが掲げるのを見上げながら、意気揚々と自分たちの船――アルバトロス号へと戻っていった。
背後では、ザックたちが神様でも見送るような目で僕たちの背中を見つめていた。
上空を見上げれば、無数の気嚢がひしめくように空を覆っている。ギルドの庇護も、安全な壁もない、最果ての街。
だが、ここには僕たちの「力」を試せる、果てしないクエストが広がっている。
野良犬たちの冒険は、まだ始まったばかりだ。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
廃材と男のベルトと獣の脂で、見事に死にかけのエンジンを蘇らせました。
ザックたちが畏怖の目を向けるこの瞬間、書いていてとても気持ちよかったです。
最初の報酬を手にし、彼らはこの街の「大仕事」へ挑みます。
明日も夜に更新します。お楽しみに!




