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第31話 最果ての吹き溜まり『ラスト・ドロップ』

今日もページを開いていただき、ありがとうございます。

迷いの峡谷を完全に抜け、いよいよ未知の大陸へ!

……と思いきや、そこに広がっていたのは、想像とは少し違う光景でした。

石のカイロの温もりに包まれた、初めてのキャンプの夜が明けた。

断熱壁とキャンバスの屋根に守られたアルバトロス号の船内で、僕たちは凍えることなく、清々しい朝を迎えることができた。


「……んーっ! よく寝た!」


リゼが大きく背伸びをして、分厚い毛布から這い出してくる。

昨夜の夜語りで互いの本音をぶつけ合ったせいか、四人の間には、今までよりもずっと柔らかくて、確かな信頼の空気が流れていた。


「レオ、外の風が少し変わったよ。峡谷の出口が近いみたい」


シェリルが窓ガラスに額を押し当て、外の気流を感じ取って言う。


「よし。それじゃあ、未知の大陸へ向けて出発の準備だ」


僕は操縦席に座り、まだ冷え切っているコンソールパネルのスイッチを順番に弾いていった。

メイン電源オン。燃料ポンプ作動。コックを開き、キャブレターへ粗悪なエタノールを送り込む。

船尾のトラクターエンジンは、一晩の極寒で完全に冷え切っている。チョークを引き、スターターのレバーを力強く引いた。


キュルルルッ……ドボボボボッ……プスン。


「まだ寝ぼけてるな。カイル、スーパーチャージャーの駆動ベルトのテンションはどうだ?」

「張りは規定値通りだ! だが、冷気でゴムが硬くなってる。最初は吸気圧を絞って、ゆっくり回してくれ!」


船尾の点検ハッチから顔を出したカイルが、油まみれの手で合図を送る。

僕はスロットルを微調整し、再度スターターを引いた。


キュルルッ……ドォォォン!!

ドッドッドッドッ……!


今度は見事に火が入った。腹の底に響くような重低音が船体を揺らし、分厚い壁の向こうで巨大な鉄の心臓が鼓動を始める。


「油圧正常! 冷却配管への冷却液の循環も問題なし。浮遊石のシリンダー、キンキンに冷えてるわよ!」


リゼが計器盤の針を指差し、元気よく報告する。

暖機運転を終え、僕は操縦桿をしっかりと握りしめた。


「アイアンポートを出て最初のフライトだ。行くぞ!」


僕はスロットルレバーを、一気に半分まで押し込んだ。


ドババババァァァン!!


エンジンの回転数が跳ね上がり、自作のスーパーチャージャーが『ヒュイイイィィィン!』という甲高い過給音を奏で始める。大量の圧縮空気がエンジンに叩き込まれ、新調した金属プロペラが猛烈な勢いで空気を切り裂いた。


「うおおっ!」


背もたれに強烈な(重力加速度)が掛かる。

アルバトロス号は岩棚を力強く蹴り出し、矢のようなスピードで再び迷いの峡谷の暗雲の中へと飛び込んだ。

これまでの吹きっさらしの甲板では、スピードを出せば出すほど風圧と寒さで息ができなくなり、目を開けて景色を見ることすら困難だった。

だが今は違う。

分厚いジュラルミンの壁とキャンバスの屋根が暴風を完璧に切り裂き、船内には心地よいエンジンの振動と、くぐもった風切り音だけが響いている。

視界が開けたことで、窓枠を流れていく黒い岩肌の景色が、とんでもないスピードで後方へとすっ飛んでいくのがはっきりと見えた。


「すごい速さ……! 今まで風圧に耐えるのに必死で気付かなかったけど、私たちの船、こんなに速く飛べたのね!」


リゼが窓ガラスに顔をくっつけて歓声を上げる。


「レオ、右十度の方向に大きな乱気流の渦がある! でも、そのすぐ左下なら風がまっすぐ抜けてるよ!」

助手席のシェリルが、目を閉じたまま外の気流を読み取って叫ぶ。


「了解! カイル、そのルートの空間座標と、岩壁までのクリアランスは!?」

「左下への降下角十五度! 岩壁との距離は三十メートルあるが、突風の跳ね返りを考慮してスロットルを二つ絞れ!」


三人の声が、船内に飛び交う。

僕はカイルの指示通りにスロットルを微調整し、シェリルの示した「見えない風の道」へと操縦桿を切り込む。


ギュオオオオッ!


船体が滑らかに傾き、アルバトロス号は黒い岩柱と岩柱の狭い隙間を、まるで縫い針のように正確にすり抜けていく。

計器が死んでいるこの峡谷で、僕たちは完全に「手」と「目」と「脳」を同調させていた。船と人間が一体化し、空のうねりを乗りこなす圧倒的な全能感。

操縦桿を通して伝わってくるプロペラが空気を噛む感触が、たまらなく心地よかった。


「抜けるぞ! しっかり捕まってろ!」


前方に、重苦しい暗雲の切れ目が見えた。

僕はスロットルを全開にする。金属プロペラが悲鳴を上げ、アルバトロス号の機首が、分厚い暗雲の壁を鋭く引き裂いた。


パァァァァッ……!


視界が一気に開け、眩しい朝の光が船内に降り注ぐ。

迷いの峡谷を完全に突破したのだ。


「やったぁ! 抜けたわよ!」

「すごい、雲の海が真っ白に光ってる……!」


リゼとシェリルが歓声を上げ、窓に張り付く。

峡谷の暗闇から一転、目の前にはどこまでも続く真っ白な雲海と、それを照らす黄金色の太陽が広がっていた。

僕はスロットルを少し緩め、巡航速度へと船を落ち着かせる。

荒れ狂う乱気流はなくなり、アルバトロス号は穏やかな海の上を滑るように、静かで安定したクルージングに入った。


「計器類、正常な数値に復帰した。磁気嵐の影響圏を完全に脱したぞ」


カイルが丸眼鏡を押し上げ、安堵の息を吐く。


「お疲れさん。最高のオペレーションだったぜ」


僕は背もたれに深く寄りかかり、窓から広がる美しい景色を眺めた。

ギルドの大人たちが「死の壁」と恐れた場所を越えた先。地図にも載っていない、誰も見たことがない美しい新天地が広がっているはずだ。


しかし。


雲海の上をしばらく滑空していると、僕たちの目に飛び込んできたのは、息を呑むような大自然でも、美しい妖精の国でもなかった。


「……なんだ、あれ」


僕の口から、間の抜けた声が漏れる。

前方の雲海から突き出している巨大な赤茶けた岩山。

その岩山の斜面に、まるで泥と鉄クズを擦り付けたような、異様で巨大な建造物の群れがびっしりとへばりついていた。

アイアンポートのような、計算された《それでも不格好だが》巨大な鉄骨の塔ではない。

墜落した飛行船の残骸、錆びたコンテナ、巨大な廃材の山を、接着剤で無理やりくっつけたような、無秩序極まりないスラム街だ。

街のあちこちからは、質の悪い石炭や廃油を燃やしているのか、どす黒い煙が何本も立ち上り、青空を汚している。


「嘘でしょ……せっかく死ぬ思いで峡谷を抜けたのに、アイアンポートより汚いスラム街じゃない!」

リゼが頭を抱えて悲鳴を上げる。


「綺麗なファンタジーの世界とは無縁みたいだね」

カイルが手帳を開き、目を細めてその巨大なスラムを観察した。


「……噂には聞いたことがある。ギルドの支配圏の端の端。法も監視も届かない、空賊や借金取りから逃げた犯罪者、落ちこぼれのパイロットたちが吹き溜まる無法の交易街。その名も『ラスト・ドロップ(最後の一滴)』だ」


ラスト・ドロップ。


なんとも縁起の悪い、だがこの荒涼とした空の現実に似合いの乾いた名前だった。


「アイアンポートの査察官みたいな奴はいないのか?」

「いないだろうね。ギルドの役人なんて、こんな無法地帯に一歩踏み入れたら、身包み剥がされて雲海へ真っ逆さまだ。ここは完全な弱肉強食、力と金だけが物を言う世界さ」


カイルが皮肉げに笑う。


「つまり、着陸料をぼったくられる心配もないってことか。上等じゃないか」


僕はフラップを下げ、その巨大なスラム街へと向かって緩やかに高度を落とし始めた。

近づくにつれ、街の異様な活気が窓越しにも伝わってくる。

空を飛び交っているのは、ギルドの白く美しい正規船ではない。大砲を積んだ物騒な装甲船や、僕たちのアルバトロス号と同じような、あり合わせの部品を継ぎ接ぎした違法改造船ばかりだ。

岩肌から突き出した無数の無骨な桟橋には、そんな怪しげな船が所狭しと係留され、荷下ろしや怪しげな取引が行われている。


「ねえ、本当にあそこに降りるの……? すごく怖そうな人たちがいっぱいいるよ」


シェリルが不安そうに僕の袖を掴む。


「ギルドの連中に『規則だ、金を出せ』って上から目線で首を絞められるより、よっぽどマシさ」


僕は一番外れにある、半分崩れかけたような空き桟橋を見つけ、スロットルを微調整しながらアルバトロス号をゆっくりと滑り込ませた。

ガコンッ、と鈍い音を立てて着陸する。キルスイッチを切り、プロペラの回転が完全に止まる。

エンジンを切ってドアを開けると、すぐに街の騒騒しい音が鼓膜を打った。

鍛冶屋のハンマーの音、男たちの怒声、怪しげな香辛料や焼けた機械油の匂い。

アイアンポートのような「整然とした抑圧」はない。ここにあるのは、危険と隣り合わせの、むせ返るような「生の活力」だった。


「ふふっ……」

隣で、リゼが低く笑い声を漏らした。


彼女の目は、恐怖ではなく、獲物を見つけた肉食獣のようにギラギラと輝いていた。


「ギルドのルールが通じないってことは、交渉次第でいくらでも安く物資が手に入るし、いくらでもボロ儲けできるってことじゃない。……私、この街、嫌いじゃないかも」

「頼もしいマネージャーだ。お前のそのえげつない交渉力に期待してるぜ」


僕が言うと、リゼは自信満々に胸を張った。


「さあ、まずは情報収集と、稼げる仕事(クエスト)探しだ」


僕はスレッジハンマーを肩に担ぎ、アルバトロス号のタラップを降りた。


「行くぞ、お前ら。野良犬には、こういう泥臭い街が一番お似合いだ!」


未知のファンタジー大陸ではなく、人間の業が煮詰まったような無法の街。

だけど、僕たちは確かに自分たちの翼で、大人の作った檻の外側へたどり着いたのだ。

最果ての吹き溜まり『ラスト・ドロップ』。

僕たちの新しい冒険の拠点が、そこにあった。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

美しいエルフの森……ではなく、空賊や犯罪者が吹き溜まる無法のスラム街『ラスト・ドロップ』。

しかし、大人のルールで縛られたアイアンポートよりも、野良犬の彼らには居心地のいい場所かもしれません。

早くもリゼの商売魂がギラギラと輝き始めましたね。

新しい拠点に到着し、ここからまた新たな物語が転がり始めます!

明日も【夜19時】に更新予定です。お待ちしております!

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