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第28話 雲海の孤島に灯る火

連日のご訪問、ありがとうございます!

過酷なフライトを終え、岩棚での休息。

壁と屋根のありがたみを感じる、ささやかで幸せな夕食の時間です。

スロットルレバーを手前に引き、キルスイッチを切る。

プスン……と、金属の咳き込むような音を最後に、アルバトロス号の心臓が活動を止めた。

途端に、世界からすべての音が消え去ったようだった。

トラクターエンジンの腹を殴るような爆音も、自作スーパーチャージャーの甲高い過給音も、金属プロペラが空気を切り裂く風切り音もない。

夕暮れの薄暗い雲海に突き出した巨大な岩棚の上には、ただ、ヒュー……という本来の自然な風の音だけが優しく流れていた。


「……終わった。本当に、あの死の迷路を抜けきったんだな」


カイルが丸眼鏡を外し、シャツの袖でレンズを拭きながら、深く、深くため息をついた。

その顔には、極度の緊張から解放された安堵と、信じられないものを見たという疲労が色濃く張り付いていた。


「ああ。俺たちの船の勝ちだ」


僕は操縦桿から手を離し、強張っていた肩をグルグルと回した。

僕とカイルは船のドアを開けて外の岩棚に降り立ち、船尾のエンジンの点検に回った。

外の空気は、日没が近づいているせいで、すでに肌を刺すほど冷たくなっている。

酷使されたトラクターエンジンは、カンッ、キンッ、と熱膨張した金属が冷えて収縮する音を立てていた。その横で、中央の浮遊石へ伸びる極太の冷却配管には、空気中の水分が凍りついて真っ白な霜がびっしりと降りている。


「熱交換器の配管にヒビはない。スーパーチャージャーの駆動ベルトも、少し伸びているがまだ使える。……奇跡だな」


カイルがペンライトで各部を照らしながら、信じられないというように呟く。


「レオ、お前が組んだこのデタラメなシステムは、物理法則の限界スレスレで均衡を保っている。一歩間違えれば、冷却が追いつかずに浮遊石が暴走するか、エンジンが焼き切れていたぞ」

「でも、もっただろ? こいつは見た目よりずっとタフなんだ」


僕は熱い排気管を避けて、エンジンのカバーを優しくポンと叩いた。


「……だが、ガレインは違った」


カイルは夜闇に沈みゆく西の空を見つめ、ぽつりと言った。


「あいつは、システムが死んだ状況で、僕たちのデタラメな航跡を完全にマニュアル操作でトレースして追い抜いてきた。……あんな流線型の機体を、指先の感覚だけで制御するなんて。まさに化け物だ」


論理と計算を信条とするカイルにとって、ガレインの存在は、自分たちの常識を軽々と飛び越える圧倒的な壁に見えたのだろう。カイルの声には、微かな恐怖と焦りが混じっていた。


「上等じゃないか」


僕はカイルの背中を、軽く小突いた。


「あんなすげえ奴が飛んでる空に、俺たちもいるんだ。追いつけない背中じゃない。次会った時は、マニュアル操作でもきっちり勝ってやるさ」

「……お前のその根拠のない自信、時々本当に羨ましくなるよ」


カイルは苦笑いし、眼鏡を掛け直した。

二人の点検が終わる頃、背後のアルバトロス号のドアから、フワリと美味しそうな匂いが漂ってきた。


「レオ! カイル! 外寒いでしょ、もうご飯できるわよ!」


エプロン代わりの大きな布を巻いたリゼが、ドアから顔を出して手招きしている。

僕たちが船内に入ってドアを閉めた瞬間、外の冷たい世界が完全に遮断された。

風の音が消える。断熱材の入った波板パネルとキャンバスの屋根が、僕たちを冷気から完璧に守ってくれているのだ。

ランタンの温かいオレンジ色の光が、ジュラルミンの壁を柔らかく照らしている。床のラグの上では、シェリルが携帯用の小さなコンロで鍋をコトコトと煮込んでいた。


「お帰りなさい、船長さん。ちょうどスープが温まったところだよ」


シェリルが顔を上げ、花が咲くような笑顔を見せる。

鍋の中では、アイアンポートの市場で買ってきた乾燥野菜と、少しの干し肉が煮込まれ、香ばしい匂いを立てていた。

たったこれだけの空間。たったこれだけの壁と屋根。

それなのに、吹きっさらしの甲板で命綱を巻いて寝ていた数日前とは、天と地ほどの違いがあった。ここは間違いなく、僕たちの「家」だった。


「ほら、座って座って! パンも少し炙ったから、柔らかくなってるはずよ」


リゼがブリキのマグカップを四つ並べ、手際よくスープを注いでいく。

湯気がふわりと上がり、冷え切っていた顔を優しく撫でた。


「それじゃあ……」


僕たちはマグカップを手に取り、顔を見合わせた。

ガラクタを寄せ集めてアイアンポートを逃げ出し、絶望的な風車との戦いを経て、手に入れたこの秘密基地。そして今日、死の迷路を抜けて、ついに誰も知らない未知の空域へと足を踏み入れた。

不安がないと言えば嘘になる。地図もない、計器もない、頼れるのは自分たちだけ。

だが、この温かいスープの匂いと、仲間たちの顔を見ていると、どんな困難でも乗り越えられる気がした。


「俺たちの新しい家と、初めての夜営に」

「迷いの峡谷突破に!」

「美味しいスープに!」

「……無謀で狂った、僕たちの明日に」


「「「「乾杯!」」」」


ブリキのマグカップがカチン、と心地よい音を立ててぶつかり合う。


熱いスープを一口飲むと、干し肉の旨味と野菜の甘みが、冷え切った胃の腑にじんわりと染み渡っていった。


「ん〜〜っ! 美味しい!」

リゼが目を細めて頬を押さえる。


「よかった。干し肉からいい出汁が出たみたい」シェリルがほっとしたように笑う。


「……悔しいが、極上の味だ。この壁と屋根の恩恵には、金貨五十枚以上の価値があるな」

カイルもスープを啜りながら、しみじみと壁を撫でた。


外は、完全な夜の闇に沈もうとしている。

風の音だけが響く岩棚の上で、小さなアルバトロス号の窓から漏れるランタンの光は、まるで宇宙に浮かぶたった一つの星のように孤独で、そして温かかった。


「明日は、もっと遠くへ行けるかな」

シェリルが窓の外の真っ暗な空を見つめて、ぽつりと呟いた。


「ああ。行けるさ。どこまでだってな」

僕は固いパンをスープに浸しながら、力強く頷いた。


未知への不安と、それを上回る圧倒的な期待。

僕たちの長い夜が、静かに更けていく。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

温かいスープと、仲間と過ごす時間。

秘密基地での初めての夜営、書いていてとても穏やかな気持ちになりました。

ですが、ここは高度三千メートルの空の上。夜の寒さは容赦ありません。

次回、極寒の夜を乗り切るレオの「ジャンク・ハック」が炸裂します!

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