第27話 死の迷路を駆け抜けろ
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崩れ落ちる岩壁と、荒れ狂う竜巻。
システムに頼るエリートの限界と、直感で突っ込む野良犬の意地が交差します。
「右! 岩の隙間から吹き下ろしの突風が来る!」
助手席のシェリルが、目を見開いて叫ぶ。
「了解!」
僕はスロットルレバーを握る手に力を込め、操縦桿を右へ限界まで倒した。
ギュオオオオッ!
アルバトロス号が船体を大きく傾け、巨大な黒い岩柱を紙一重でかわす。直後、僕たちがさっきまでいた空間を、目に見えない巨大な風のハンマーが通り抜け、背後の岩壁に激突して轟音を立てた。
迷いの峡谷に突入してから、どれだけの時間が経っただろうか。
ダッシュボードの計器類は完全に死んでいる。コンパスの針はコマのように回り続け、高度計の針はデタラメな数字を指してブルブルと痙攣している。磁気嵐のせいで、ここは物理法則も方向感覚も狂い果てた「死の迷路」だ。
だが、僕たちには迷いがなかった。
「次は左斜め上! 三秒後に気流が持ち上がるから、それに乗って!」
「一、二、三……今だ!」
僕はシェリルの声に合わせて操縦桿を引く。
ドバアァァァン!!
トラクターエンジンが吠え、自作のスーパーチャージャーが猛烈な勢いで空気を圧縮する。激しい振動と騒音が船体を揺らすが、極太の冷却配管が中央の浮遊石を極低温に冷やし続け、暴走を完璧に封じ込めている。
下から突き上げる乱気流に見事に乗り、アルバトロス号はサーフィンのように暗雲の渦を駆け上がった。
「すごい……! 本当に風の道が見えてるんだね、シェリル!」
リゼが後部座席で手すりにつかまりながら、興奮した声を上げる。
「見えないよ。でも、岩にぶつかる風の音の高さと、肌に当たる湿り気で……どこに空間が開いてるか、なんとなく分かるの」
シェリルは窓ガラスに額を押し付け、全神経を外の空気に集中させていた。
「おい、見ろ! ガレインの船だ!」
カイルが前方を指差して叫んだ。
少し前方の暗雲の中で、銀色に輝く流線型の機体――『シルフィード号』が、不自然な動きを見せていた。
さっきまでの、氷の上を滑るような軽やかな機動性がない。見えない壁に何度もぶつかっているように、急ブレーキと不格好なホバリングを繰り返しているのだ。
「動きが鈍ってる! どうしたんだ、あのお坊ちゃん!」
「最新鋭の『自律航法システム』が裏目に出てるんだ!」
カイルが丸眼鏡を押し上げ、早口で解説する。
「ガレインの船は、センサーで地形と気流をデータ化して飛んでいる。だが、この異常な磁気嵐と乱気流の中では、センサーに凄まじいノイズが乗るはずだ。存在しない障害物を検知して、システムの安全装置が勝手に出力を絞ってブレーキをかけてるんだよ!」
カイルの言う通りだった。
どんなに高効率なエンジンを積んでいようが、それを制御する「頭脳」が幻覚を見ていれば、パイロットの腕がどれだけ良くても船は前に進めない。数字とデータに依存した、エリート特有の脆さだった。
「……かわいそうだけど、ここで置いていくわよ! レオ、ぶち抜け!」
リゼの威勢のいい声に合わせて、僕はスロットルをさらに押し込もうとした。
だがその時、峡谷全体が「ゴゴゴゴ……!」と不気味に鳴動した。
前方の左右の岩壁から、磁気嵐の影響で巨大な岩の破片がいくつも剥がれ落ち、僕たちとガレインの行く手を塞ぐように崩落してきたのだ。
さらに最悪なことに、落下する巨大な岩の塊が周囲の空気を乱し、見たこともないほど巨大な気流の渦――荒れ狂う竜巻を生み出した。
ピタリ。
ガレインのシルフィード号が、その竜巻の数十メートル手前で完全に空中に静止してしまった。
窓越しに見えるガレインは、必死に操縦桿を動かし、コンソールを叩いているが、機体はピクリとも前へ進まない。システムが「回避不能の致死ルート」と判断し、強制的に操縦系をロックしてしまったのだろう。
「レオ! ダメだ、ブレーキをかけろ! あんな岩と竜巻の壁、突っ込んだら粉々になるぞ!」
カイルが悲鳴を上げる。
「止まったら、後ろから来る乱気流に飲み込まれて墜落する! 行くしかない!」
「でも、どこを通るのよ! 隙間なんてないわ!」
リゼが両手で顔を覆う。
「……あるよ」
助手席のシェリルが、ポツリと言った。
彼女は目をカッと見開き、崩れ落ちる岩の雨と、荒れ狂う竜巻の中心を指差した。
「あの岩と岩がぶつかる瞬間、竜巻の真ん中に一瞬だけ、真っ直ぐな『風のトンネル』ができる! そこを突き抜けるの!」
「正気か!? データ上じゃ生存確率ゼロパーセントの自殺行為だぞ!」
「データなんて関係ない!」
僕は、狂ったように回転を続けるダッシュボードの計器盤に、手元にあったボロ布をバサッと被せた。
これで、目に入る数字はゼロになった。
「俺は、俺の船と仲間の目しか信じない! しっかり捕まってろ!」
僕はスロットルレバーを限界の奥の奥まで叩き込んだ。
ドババババァァァン!!!
金属プロペラが悲鳴を上げ、スーパーチャージャーが壊れんばかりの過給音を轟かせる。冷却配管が霜を吹きながら浮遊石の暴走を抑え込む。
アルバトロス号は、猛烈なスピードで死の竜巻へと突っ込んでいった。
システムにロックされて立ち往生しているシルフィード号の真横を、猛スピードで通り抜ける。
一瞬だけ、キャノピー越しのガレインとバッチリ目が合った。彼は信じられないものを見るように、目を大きく見開いていた。
僕は彼に向かってニヤリと笑い、ビシッと親指を立ててみせた。
「いっけええええぇぇぇっ!!」
直後、僕たちの船は巨大な竜巻の中心へと飛び込んだ。
ガキンッ! という音と共に、崩落する岩の欠片がジュラルミンの壁をかすめる。
だが、シェリルの読んだ「風のトンネル」は確かにそこにあった。周囲の岩がぶつかり合い、風が相殺される一瞬の真空地帯。
僕たちはそこを弾丸のようにすり抜け――。
パァァァァッ……!
突然、風切り音と重苦しい岩の圧迫感が消え失せた。
船内に、暖かくて眩しい光が差し込んでくる。
視界を覆っていた暗雲が嘘のように晴れ、目の前には、オレンジ色に輝く美しい夕焼け空が果てしなく広がっていた。
「抜けた……!」
僕は操縦桿から手を離し、背もたれに深く寄りかかった。
「やった……やったわ! 死の迷路を抜けきったのよ!」
リゼが歓喜の声を上げ、シェリルに抱きつく。シェリルも緊張の糸が切れたように、へなへなと座席に崩れ落ちて笑った。
「信じられない……。計器なしで、あの乱気流の壁を突破するなんて。物理法則の限界を超えている……」
カイルが丸眼鏡を外し、目頭を押さえながら震える声で言った。
僕たちが歓喜に浸り、後ろを振り返った、その時だった。
パァァァンッ!
重苦しい暗雲の壁を鋭く切り裂き、一機の銀色の機体が弾丸のように飛び出してきた。
ガレインの『シルフィード号』だ。
流線型のボディにはいくつもの擦り傷が刻まれ、スマートな気嚢も少し煤けていたが、その飛び方の美しさは健在だった。
「抜けてきた……! システムがロックされてたはずなのに!」
カイルが驚愕の声を上げる。
シルフィード号は僕たちのアルバトロス号にスッと横付けし、キャノピーを開いた。
ガレインの純白のパイロットスーツも少し汚れ、金糸のような髪は乱れていたが、その顔には清々しい笑みが浮かんでいた。
「……驚いたよ。システムを強制シャットダウンして、完全なマニュアル操作であの竜巻を突破する羽目になるとはね。君たちのデタラメな航跡を追わせてもらった」
ガレインは負け惜しみ一つ言わず、真っ直ぐに僕を見た。
「私の負けだ、野良犬。君たちの『意地』と、そこの彼女の『目』……見事だった」
「へっ、エリートさんもシステム頼りをやめれば、結構いい度胸してるじゃないか」
僕が笑うと、ガレインもフッと口角を上げた。
「最高の褒め言葉として受け取っておこう。私はこれから、本来の『特別調査任務』のために西の空域へ向かう。……レオと言ったな。君たちとは、いずれまたどこかの空で会う気がするよ。その時は、私のシルフィード号が勝つ」
ガレインはスマートな敬礼を残し、夕日に向かって銀色の翼を翻した。
そのまま滑らかな軌道を描き、夕闇の迫る西の空へと小さく消えていく。
「行っちゃったわね。……ちょっとだけ、見直したかも」
リゼが遠ざかる銀色の機体を見送って呟く。
「ああ。いいライバルになりそうだ」
僕は夕日に照らされる新調した壁を見回し、満足げに息を吐いた。
「でも、喜んでばかりもいられないぞ」
カイルが眼鏡を掛け直し、布を被せた計器盤の横にある燃料計を指差した。
「限界までスーパーチャージャーを回し続けたせいで、燃料の消費が激しい。それに、もうすぐ日が暮れる。このまま夜の空域を飛び続けるのは危険だ。どこかで船を休ませる必要がある」
「そうだな。エンジンの熱交換器も、一度冷やしてやらなきゃ限界だ」
僕は周囲を見渡した。
眼下の雲海から、巨大な平らな岩棚が島のように突き出しているのが見えた。風を避けるのにはちょうどいい地形だ。
「今日はあそこをキャンプ地にする。アイアンポートを出て最初の停泊だ」
アルバトロス号はゆっくりと高度を下げ、夕日に染まる静かな岩棚へと着陸した。
エンジンの爆音が止み、静寂が訪れる。
断熱材の入った壁とキャンバスの屋根に守られた、僕たちの小さな秘密基地。
未知の空で迎える初めての夜が、静かに始まろうとしていた。
読んでいただき、本当にありがとうございます!
生存確率ゼロパーセントの風のトンネルを、見事に突き抜けました!
ガレインもマニュアル操作で抜けてくるあたり、いいライバルになりそうです。
無事に死の迷路を突破した彼ら。次回は、初めてのキャンプです。
明日もまた、この空でお会いしましょう!




