第25話 誇り高きエリートと銀の翼
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新しくなったアルバトロス号、いよいよ出航です。
そこへ、彼らとは対極の「美しい飛び方」をするライバルが現れます。
アイアンポートの第4街区『臨時整備区画』に、薄明るい朝の光が差し込んできた。
万年日陰のこの場所にも、朝の冷たく澄んだ空気だけは平等に降りてくる。
僕たちは、新しく生まれ変わったアルバトロス号の「船内」に集まり、出航の最終点検を行っていた。
ただの『空飛ぶ足場』だった鉄骨の床に、断熱材を挟んだジュラルミンの壁が立ち、頭上には頑丈なキャンバスの屋根が張られている。
船の中央には、心臓部であるソフトボール大の「浮遊石」が分厚いガラスの筒に守られて鎮座していた。そしてその真上には、浮遊石が生み出す凄まじい浮力を受け止めるための、最高級気密シルク製の気嚢が誇らしげに膨らんでいる。
船尾には、僕たちが命懸けでオーバーホールした農機具用のトラクターエンジンと、新調した輝く金属プロペラ。
ガラクタを継ぎ接ぎして作った、世界でたった一つの、僕たちだけの秘密基地。
それが今、本物の「船」として空へ飛び立とうとしているのだ。胸の奥から湧き上がるワクワク感で、心臓がバクバクと高鳴っていた。
「水、食料、満載! 燃料タンクも最高級のエタノールで満タンよ!」
リゼがチェックボードを抱え、弾むような声で報告する。
「計器類、正常! 自作のスーパーチャージャーに繋がる駆動ベルトのテンションも問題ない! いつでも飛べるぞ!」
カイルが丸眼鏡の奥の目をギラギラと輝かせ、操縦席の横でうずうずしている。
「トイレもピカピカだよ!」
シェリルが船尾の小さなドアを開け閉めしながら、嬉しそうに笑った。
「よし!」
僕は真新しい操縦席に深く腰を下ろし、操縦桿を力強く握りしめた。
背中にはしっかりとしたシートがあり、冷たい風を遮る壁がある。もう、吹きっさらしの甲板でガタガタ震える必要はないのだ。
「エンジン、始動!!」
僕はスロットルを限界まで押し込んだ。
キュルルルッ……ドォォォン!!
船尾のトラクターエンジンが、今まで聞いたこともないような力強い重低音の咆哮を上げた。同時に、ベルト駆動の巨大な送風機が大量の空気を圧縮し、『ヒュイイイィィィン!』という猛禽類のような甲高い過給音を奏でる。
新しく換装した金属のプロペラが空気を切り裂き、凄まじい推力を生み出した。
「うおおおおっ!?」
アルバトロス号は、まるで足に生えていた根っこを引きちぎるように、爆発的な勢いかつ、かつてないほどの安定感で鉄の台車からフワリと浮かび上がった。
「すごい……! 全然揺れない! それに、風が入ってこないから普通に会話ができるよ!」
シェリルが窓ガラスに顔をくっつけ、下ざがりしていくアイアンポートの薄暗い街並みを見下ろして歓声を上げた。
圧倒的な推力と、居住空間の確保。僕たちはついに、大人たちの理不尽な重力を振り切り、自分たちの翼を手に入れたのだ。
「アイアンポートを出るぞ! 進路、北へ!」
僕が操縦桿を引こうとした、その時だった。
『キュイイイイイィィィィン……!』
滑らかで静かな風切り音と共に、一機の銀色の飛行艇が上層から降下してきた。
空気抵抗を完全に削ぎ落とした流線型のボディに、スマートな気嚢。白銀に輝く薄い翼。
「なっ……なんだ、あの船は……!?」
カイルが窓に張り付いた。
「ギルドの警備船じゃない。信じられないほど小さい……! だが、あれだけ高出力の推進力を持っていながら、どうやって浮遊石への波動干渉を防いでるんだ!?」
銀色の機体――『シルフィード号』は、アルバトロス号の真横にぴたりと並んだ。
スライド式のキャノピーが開き、金髪の青年・ガレインが姿を現した。
汚れ一つない純白のパイロットスーツ。その整った顔立ちには、己の腕と機体に絶対の誇りを持つ「空の乗り手」の自信が満ち溢れている。
「やあ。君たちがバルド長官の言っていた野良犬かい?」
ガレインは鋭い目で、僕たちの船を観察した。
「……ほう。驚いたな。船尾のそのうるさいエンジンから、中央の浮遊石のシリンダーへ向かって、太い配管が何本も伸びている。まさか……あのエンジンの凄まじい振動と騒音による浮遊石の暴走を、その配管から何かを送り込んで、物理的に無理やりねじ伏せているのか?」
「鉄クズじゃない、アルバトロス号だ」
僕は窓を開け、ガレインを睨みつけた。
「あんたのその綺麗なおもちゃ、そんなすげえスピードが出るエンジン積んでるのに、浮遊石を抑え込むような物々しい仕掛けが何一つ見当たらないな。よく暴走せずに飛べるもんだ」
「私のシルフィード号は、極限まで振動と音を抑え込む『高効率エンジン』を搭載しているからね。そもそも、干渉するような無駄な波動を出さないのさ」
ガレインは不敵に微笑み、僕たちの継ぎ接ぎだらけの船体を一瞥した。
「君たちのように、出た暴走を力任せに抑え込む野蛮な飛び方とは違う。……ところで、出航準備が整っているようだが、どこへ向かうつもりだ?」
「北の『迷いの峡谷』だ。そこを抜けて未知の大陸へ行く」
僕の宣言に、ガレインは一瞬目を丸くしたが、すぐに冷ややかな笑みを浮かべた。
「迷いの峡谷……正気か。あそこは磁場が狂い、計器もコンパスも死ぬ『死の迷路』だ。最新鋭の自律航法システムを積んだ私のシルフィード号でさえ、突破には極限のデータ予測が必要になる。……ましてや、そんな泥臭い船で突っ込めば、数分で岩壁の染みだぞ」
「計器の数字がすべてじゃない。俺たちには、あんたにはない『意地』と『目』がある」
僕はスーパーチャージャーをさらに唸らせた。
「……面白いな、野良犬。実は私も、調査任務でこれからそこへ向かうところだ」
ガレインは挑戦的に口角を上げた。
「ならば、試してみようじゃないか。私の完璧な『理論』と、君たちの泥臭い『意地』……どちらが先に、あの死の迷路を抜けられるか。……もし峡谷の入り口まで辿り着けたなら、そこで勝負だ」
ガレインはキャノピーを閉じると、圧倒的な加速で空の彼方へと消えていった。
無駄の一切ない、洗練された本物の飛び方だった。
「感じ悪い男! 私たちの船を野蛮だなんて!」
リゼが怒鳴るが、カイルの顔は青ざめていた。
「レオ、彼は本物だ。浮遊石を抑え込む仕掛けがないのにあの機動性……よほど効率の良いエンジンか、信じられないほど精密な操作をしているに違いない」
「心配ないよ、カイル。俺たちには、世界で一番正確なコンパス……シェリルがいる」
僕はシェリルを見た。
「うん……! 風の道なら、私が絶対に見つけるよ!」
「よし、野良犬の根性、エリートさんに見せつけてやろうぜ!」
僕はスロットルを全開にした。
スーパーチャージャーの咆哮と共に、新調した金属プロペラが力強く空気を押し出す。
分厚い壁が風を切り裂き、アルバトロス号は重苦しいアイアンポートの影を抜け出して、朝日が輝く果てしない青空へと飛び出した。
僕たちの新しい家。新しい翼。
そして、まだ見ぬ好敵手。
いざ、計器の狂う死の迷路『迷いの峡谷』へ。
大人たちの作った安全な空はここまでだ。ここから先は、本物の冒険が待っている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
エリートパイロット、ガレインと『シルフィード号』。
ギルドにもあんな凄い奴がいるんですね。
次なる舞台は、計器が狂う「死の迷路」迷いの峡谷です。
明日から、峡谷でのレースが始まります。お楽しみに!




